第8話 主従
「ちょっ、ちょっと!あなた大丈夫!?」
驚愕の表情のまま急いで近づいてきた母は、そのままメイドの少女から私を引き離し抱え上げる。尻尾から引き離され正気を取り戻した私がメイドの少女を改めて見てみると、虚ろな目で荒い息を吐きながら頬を紅潮させた10歳前後の猫耳メイド美少女が──
やっばい、やらかした!どう見ても事後です本当にありがとうございました!!えっどうしよう!なんかとんでもないことやっちゃった気がする!いやまあとんでもないことって言っても尻尾しか触ってないんだけども。私が内心の焦りを必死に押し隠していると、母がメイドの少女に話し掛けていた。母と一緒に部屋まで来たメイドは、入り口付近で所在なさげにあたふたとしている。
「……あ、奥…さま…」
「本当に大丈夫?一体何があったのよ」
「いえ、それが……」
そう言うとメイドの少女が事の経緯を説明し始めた。先輩と一緒に私のお世話に来たこと。私が初めて自分の力で立ち上がっていたこと。猫耳に興味を示した私が少女に抱き留められたこと。尻尾に興味を示した私に少し尻尾を触らせてあげようと近づけた結果、少しどころではなくひたすら撫でられ触られ続けたこと──
改めて聞くと何てことをしたんだ私。特に最後の尻尾の件。
そこまで聞いた母は私を腕の中で向き直らせると、私の軽く頭を小突きながら「まったくこの子は……」なんて言ってる。ごめんなさい。
「はあ……ユリシア?獣人族の尻尾は敏感なんだから、ちゃんと優しく触ってあげなきゃダメよ?」
え?それがお叱りの言葉なの?なんかちょっとズレてる気がするんだけど……
「まあいいわ、ユリシアがごめんなさいね?この子ったらなぜか耳や尻尾を持ってる子を見ると触りたがるのよね。自分に無いものが気になるのかしら?」
「いえそんな、奥さまに謝って頂くようなことでは……」
えっ?私って記憶がない時も耳と尻尾に執着してたの?
「でも本当にびっくりしたわ?ユリシアが自力で立ち上がったって聞いたから急いでここまでやってきたのに、扉を開けたらあんなことになっているんだもの」
いや、その説は大変失礼いたしました……
すると母は自分の言葉で本来の目的を思い出したのか声を弾ませる。
「そうだわっ!私はユリシアの立ち姿を見に来たのよ!どうかしらユリシア、立てる?」
そう言うと母は私をそっと床に座らせた。いや、母よ……1歳にもなっていない赤子に立てるかを聞いても言葉が理解出来るわけがないじゃない。まあ、今回は素直に言うことを聞いておこう。私はなるべく自然に装いながらそっとその場に立ち上がる。
「きゃーっ!立ったわ!ユリシアが立ったわ!」
そんなク〇ラじゃないんだから……世の母親っていうのは子供のことになるとみんなこうなるのかなぁ。前世のお母さんも私のことになると大体こんな感じだった気がする……
「ユリウスが帰ってきたら教えてあげなくちゃ!多分そろそろ帰ってくると思うからお迎えに行きましょう!」
そう言って母はまた私を抱きかかえて立ち上がる。そしてメイドの少女に休んでから仕事に戻るように告げると、扉の前にいたメイドとすれ違ってそのまま部屋を出た。
そのまましばらく廊下を歩いていると、向かいの廊下からヘレンさんが歩いてきた。
「レミリア様、旦那様がお帰りになりました」
「分かったわ、ありがとうヘレン。あ、そうだ!ヘレン!ユリシアが初めて自分の力で立ったのよ!すごいでしょう!」
「ええ、それはようございます。子供の成長は早いものですね。レミリア様の幼少の頃を思い出します」
「ちょっと、私のことは今はいいのよ。あまり思い出したくないんだから……」
「昔のお嬢様はそれはもうお転婆でしたねえ。私も色んなところに連れ回されました」
「ちょっとヘレンったら!もうそれくらいで勘弁してちょうだい。私だって悪かったって思ってるんだから……」
「ふふふ、いえいえ私としてはお嬢様の我儘を聞くあの日々もとても楽しいものでしたよ。今ではすっかり公爵家の奥方としてご立派に成長されましたが」
母とヘレンさんの二人はそんなことを言い合いながら廊下を歩いていく。眠る前の会話を聞いていたときも思ったけど、この二人ってとても仲がいいみたいだ。主従というよりは母とその娘みたいにも見える。きっとそれくらい長く関係を築いて信頼を培ってきたんだろう。私にもいつかそんな相手が出来るかなぁ。
そうしていると遠くの方から多くの人が行きかう気配と、よく通る声で指示を飛ばす男性の声が聞こえてきた。どうやら到着したらしい。今世の父親は一体どんな人物なんだろうか──




