宿での夜は更けて
「相変わらず、見事なもんだ」
「いやですね、なにも出ませんよ?」
ジエスの言葉に、ケティアはニッコリと笑顔で返す。
「いいから、早く離してくれよっ」
ジエスに羽交い締めにされているユービスは、足をジタバタとさせた。
「おお、すまんすまん」
ジエスは、ガッハッハッと笑うと、そう言ってユービスから手を離す。
不満げにブツブツと文句を言うユービス。
それも仕方ない、もう彼の出番は母の登場によってすっかり奪われしまった。
「俺だって、こんな奴らに負けやしねぇのに」
「もちろん、ユービスが負けるだなんて、ちっとも思ってないよ」
すっかり戦意を失い、折り重なって呻き声をあげている酔客たちを尻目に、ケティアは苦笑を浮かべる。
「ユービスがやったら、死んじゃう人出ちゃいますからね」
そう言って、ケティアはジエスと顔を見合わせる。
「そりゃ、そうかもしれないけどさ…」
「それに、後遺症も残らないようにするの、意外と難しいんだよ?」
サラッと怖いことを言うと、ケティアは、ハッとして店のカウンターの方に目線を移す。
宿屋の店主は腕組をしながら、この惨状を眺めていた。
――今夜はまた野営になっちゃうかな…
心の内で冷や汗を垂らすケティアだったが、その懸念は杞憂に終わった。
ケティアがボコボコにした連中は、この街でも厄介者とされている、要はゴロツキ連中だったらしい。
店主の対応は、とても寛容なものだった。
「いや、街の者がすまんかったな。特に嬢ちゃんには、嫌な思いさせて本当にすまんかった。こいつは心ばかりのお詫びだよ」
店主はそう言うと、気前よくプリンをアイエルの前に差し出した。これもこの店自慢の1品で、肉と同様に選びぬいた卵を使ったものだった。
大好きなスイーツの予期せぬ登場に、アイエルの目が大きく輝く。
「ありがとうございます!!」
「良かったね、アイエル」
「うん!!」
嬉しそうなアイエルを見て、ケティアは店主に告げる。
「…あの、マスターさん、お代はお出しするので、息子にも同じものをお願いできますか」
「なっ!?俺はプリンなんて…」
「ユービスも甘い物好きでしょ」
「おお、これは気がきかず、すまんかった」
クスクスと笑う母に、ユービスはブツブツとあれこれ言いながらも、差し出されたプリンに口をつける。
正直、甘い物は大好きでプリンに喜ぶ妹が羨ましかったのは事実だった。
「もちろん、お代は結構だよ」
幸せそうにプリンに夢中な2人に、ケティアは笑顔で言った。
「良いんですか?ありがとうございます」
頭を下げるケティアに、店主は更にワインのボトルも差し出す。
「それから、こちらもお詫びに付けとくぜ、良かったら飲んでくれ」
「あら、私にまで…?本当に良いんですか?」
ケティアに差し出されたワインも、彼女の大好物の赤ワイン。
子供たち同様に目を輝かせるケティアだったが…
「ああ、お代は結構なんだが…」
――?
「飲んでも問題ない、年齢なんだよな…?」
「大丈夫ですよ」
ケティアの容姿におずおずと訊ねる店主の言葉に、彼女はクスクスと笑いながら答えた。
「では団長も、一緒にいただきましょう」
ケティアは笑顔でジエスにグラスを差し出すと、ワインを注いだ。
「なぁ、オカン、そろそろ俺ら寝るわ」
上機嫌で1杯目のグラスを空けたケティアに、ユービスが声をかけた。ユービスの後ろでは、アイエルが眠気でうつらうつらしている。
今日は野戦療院でだいぶ頑張っていた様子だった。それも、無理もない。
ユービスもおそらく、そんな妹を気遣っているのだろう。
そんなユービスに、ケティアはクスっと笑う。
――ちゃんと、お兄ちゃんしてるなぁ
「ユービス、アイエル、おやすみ」
「うん、ママ、おやすみ〜」
「あいよ、オカン、おやすみ」
階段を登っていく2人の背中を見送ると、テーブルのグラスには、既に次のワインがなみなみと注がれていた。どうやら、ジエスがつぎたしてくれていたようだ。
「あら、団長、ありがとうございます」
「2人とも随分とデカくなったもんだな。ユービスも、だいぶ力が付いてきてるぞ。押さえつけるのが大変だった」
なみなみとつがれた2杯目のグラスに口をつけるケティアに、ジエスは豪快にガッハッハッと笑いながら言った。
その言葉に、満足気に嬉しそうに微笑む母なのだった。




