戦いの終わり
治癒士はテントの中を見渡す。
どうやら、今の負傷兵がラストらしい。これでとりあえずは、ひと段落だ。
ようやく訪れた安堵に、治癒士は大きく息を吐いた。
「…ありがとう、本当に助かった」
「いいえ、少しでもお役に立てたなら良かったです」
その言葉にアイエルは、にっこりと笑顔を浮かべる。
少しどころじゃない。
アイエルの働きは白星の1とは思えない程の、本当に目を見張るほどのものだった。
働きの見事さもさることながら、驚くのは、その治癒の手法だった。
使う術法こそ、もっとも効果の薄い初級治癒術法であったが、そのスピードが常人の域を遥かに超えていた。
驚くべきスピードでの回復術法の連発。そして止血や縫合等の応急処置の手際の良さと的確さ。
アイエルは戦場で多くの負傷兵たちを相手にするには、実に適した治癒士だった。
――だが、しかし…
「ア〜イエルっ♪迎えに来ましたよ〜♪」
「ママ!!」
女性の声に、思いかけていた治癒士の考えは遮られた。
どうやら、アイエルに迎えが来たらしい。
テントの入口に目をやると、1人の女性(?)が立っていた。
――ママ…?
治癒士がそう思うのも無理はなかった。
入ってきた女性はアイエルよりもずっと小柄で華奢な体躯に、顔はまだ幼さの残る容貌をしていた。
さらにその辺の武具屋で揃えたような安っぽい軽装、その姿はさながら少年兵の男の子のような出で立ちだった。
ただその辺りの少年兵たちと違ったのは、失われた右腕と、その隻腕の先に取り付けられた船の錨の形をしたチェーンフレイル。それは彼女の雰囲気に似つかわしくなく、そこだけが異様に見えた。
が…
「初めまして、アイエルの母のケティアと申します。この度は、うちの子はちゃんと お役に立てましたでしょうか…?」
――しっかりお母さんしてる!?
ケティアの見た目と言葉のギャップに、テントの中がザワつく。
治癒士も兵士たちも思わず言葉を無くしてしまった。
「もー!!私だってちゃんと出来るもん!!今日だっていっぱい頑張ったんだよ!!」
そう言いながら、子供扱いに拗ねるアイエルにテント内は更にザワつく。
――いや、こっちも、ちゃんと娘だな!?
2人が並ぶと、尚更2人が親子である事に違和感しかない。
アイエルの背丈は成人女性の平均よりも高めで、メリハリのある女性的なスタイル。
母のケティアとは真逆と言っていい。
むしろ、ヒーラーの姉と新兵の妹の姉妹と言われた方がしっくりと来る。
――これ、2人とも何歳!?
テント中が呆気にとられていると、ケティアは心配そうに治癒士の顔を覗き込む。
「何か、至らぬ点がありましたでしょうか…?」
娘の働きぶりを心配する母の言葉に、治癒士はハッと我を取り戻した。
「…い、いえ、本当に助かりました。おかげで多くの兵を救う事が出来ました。本当にありがとうございます」
その言葉に、アイエルの表情は一気に明るくなった。
「ほらね!!今度もちゃんと出来たもん!!」
自慢げな娘に、ケティアも嬉しそうに微笑んだ。
「オカン…本気…出しすぎだっての…もう少し加減してくれよ…」
そんな中、全速力で走って来たのだろう、ゼェゼェと息を切らせながら、テントの入口でうなだれる若いランサーに、テント内がまたザワつく。
――オカン!?
「な〜にぃ〜?お兄ちゃん、またママに置いてかれたの?」
「うっせぇ…エルが走るの1番遅いくせに…」
「私は後衛だから、いいんだも〜ん♪」
ケティアとの競走に敗れ悔しそうなユービスと、ニマニマ顔のアイエルに、テント内の混乱はドンドンと加速していく。
――ママに、お兄ちゃん!?
――ほんとに、君たち何歳なの!?
テントにいる、治癒士と負傷兵たちの心の声が重なる。
「ユービス、アイエル、怪我してる人がいるんですから、騒いじゃだめよ」
「だって、エルがよぉ…」
「はーい、ママ♡」
見た目と中身がチグハグすぎる親子は、やり取りだけはしっかりと親子だった。
「なぁ、そろそろマジで腹減って仕方ねぇんだけど…」
そう言うと、ユービスはがっくりとその場にしゃがみ込んだ。
「そうね、団長も用意してくれると言っていたし、アイエルはお仕事の方は?」
ケティアの言葉に、治癒士はまたもハッとする。
「…ああ、残りはこちらでやっておきますので、もう大丈夫ですよ」
治癒士は、さらに感謝の言葉を繋げる。
「今回は娘さんのご助力のおかげで、多くの兵を救う事が出来ました。改めて、本当にありがとうございました。アイエルさんも、本当にありがとうございます」
そう言うと治癒士は、ケティアとアイエルに深々と頭を下げた。その様子を見て、またアイエルの顔は一気に明るくなった。
「それでは、失礼します!!ありがとうございました!!」
そう言って駆け出す妹と、やれやれとついて行く兄、一方で母の方はテントの入口まで見送りに出た治癒士に深々と一礼をして、親子3人は療院のテントを後にした。
――本当に、みんな何歳だったんだろう…?
結局、答え合わせ出来なかったモヤモヤを飲み込んで、治癒士は中へと戻る。
テントの中を見渡すと、先程頭をよぎった事がよみがえってきた。
アイエルの働きぶりは、本当に見事なものだった。
事実、彼女の手当を受けた兵士は、全員が命を取り留めている。
しかし、その裏側にあるのは、彼女のもう1つの早さ。
負傷兵の容態の程度を見切る早さだった。
恐らく彼女はそれを無意識でやっているのだろう。
――これも才能ってやつなのか。
治癒士はそこで思考を停めた。感傷的になってはいけない。ここからは心を動かしている場合ではない残務。
負傷兵たちのテントから街の医療院への移送の手配、それと…
教会への遺体の運び出しが残っていた。




