痕
――あー、美味しかった…
その日の夕食はエルモンド邸にて、団員みんなで集まり、ビシデ自慢のマグロ料理を堪能し、大いに飲み、大いに騒いだ。
大量のマグロ料理の数々は、大食いなケティアのお腹も、存分に満たしてくれた。
遠征の慰労会はまだ宴もたけなわではあったのだが、眠そうにしているアイエルに気付いて、ケティアはユービスと共に家路についたのだった。
アイエルは、今はユービスの背中で寝息を立てている。
片手しかないケティアは、アイエルをおぶるのがどうしても難しい。こういう役目はやはりユービスに御鉢が回る。
ケティアはケティアで、遠征での荷物をはじめ、ドルーネンで買い込んだ品々等、沢山の荷物をその片手に持っていた。
「中身だけは、変わんねぇなぁ、こいつ」
「そんな事ないわよ、アイエルも、ユービスも、2人とも大人になったよ」
やれやれといった顔のユービスに、ケティアは自信満々に胸を張る。
だが、ユービスはそのケティアの言葉に表情に顔を曇らせたのだった。
3人は、3ヶ月ぶりの我が家へと帰る。
入ると、その空気は淀みの一つも無く、家具にもホコリの一つも無かった。
どうやら、ビシデが空気を入れ替え、家の中を綺麗にしてくれていたらしい。
――後で何か埋め合わせしないといけないな…
ユービスはアイエルをベッドに寝かせると、リビングへと戻ってきた。
その表情は、先程と同じく曇ったままだった。
「お茶でもいれようか」
荷物を下ろしたケティアもユービスにそう言ってテーブルに促すと、キッチンで火の魔石でお湯を沸かす。
「出来たよ」
そう言って、ケティアはユービスの前に、湯気の立つマグカップを置いた。
「…何かあった?」
表情を曇らせたままの息子に、母はゆったりと訊ねる。
「…なんでもない」
「そっか…」
おそらく、エーシエと何かあったのだろう。
チッチョルへの帰路の間も、今日の宴の席でも、2人がなんとなく距離をあけていたのはケティアも気づいていた。
ケティアは、ユービスの金色の髪をポンポンと撫でる。
「…ちょ!?子供扱いすんなよな!!」
「…いいから」
「2人の事は時間をかけてもいいからね、ちゃんと2人で、乗り越えればいいのよ」
母の言葉に、息子の顔は驚きを隠せなかった。
「なんで分かんだよ…」
そう言ってから、ハッとした顔をしたユービスだが、ケティアはその様子にクスクス笑う。
「だって、母親だもん」
「どんなに苦しくても、大変でも、2人なら絶対大丈夫よ」
何も言わないユービスにケティアは頭を撫でながら、言葉を繋ぐ。
「愛してるんでしょ」
その言葉に、頭を撫でられるまま、ユービスはゆっくりと頷いた。
そんな息子に、母は穏やかに目を細めた。
その時、玄関からノックの音が聞こえた。
――こんな時間に、誰だろう?
「はーい、どなたですか?」
ケティアが玄関を開けると、そこに立っていたのは神妙な面持ちのビシデだった。
「え?どうしたの?」
「ケティア、今、ちょっとだけ出られる?」
「うん、私はいいけど…?」
訳もわからずに、困惑顔のケティア越しに、ビシデはユービスに声をかける。
「ごめんよユービス、少しケティア借りるから、留守番頼んだよ」
同じく困惑顔のユービスを残して、2人はケティアの家を後にする。
「どうしたの?」
「ちょっとね、悪いけども、付き合っておくれ」
「うん、それはいいんだけど、どこ行くの?」
「私の部屋」
エルモンド邸では、いまだ団員たちの賑やかな宴が続けられていた。
それを横目にしながら、ケティアはビシデの部屋に招かれる。
そこには、エーシエの姿があった。
「ケティアさんっ!?」
エーシエは、驚きの顔を見せた。
エーシエにとっても意外なケティアの来訪だったのかもしれないが、ケティアも何故連れて来られたのか、事態を飲み込めずにいた。
「ケティアも居た方が良いと思ったから、連れてきたのさ」
「何があったの?」
「ちょっと、この子に相談されてね…」
エーシエの事で悩むユービス。
ビシデに相談を持ちかけたエーシエ。
そこで、ケティアにもなんとなく、察しがついた。
ケティアとビシデは、ゆったりと急かす事もなく、エーシエが口を開くのを待った。
そのうち、エーシエの目からはポロポロと涙がこぼれ落ち始める。
「私、ユービス君の事、傷つけちゃって…」
涙を流したまま、エーシエは言葉を続けた。
「私…その…ユービス君の事…断っちゃって…」
そう言った途端、エーシエの涙は次から次へと頬を伝い、ポタポタと床へと落ちる。
「私、腕以外も見えないとこも傷が付いちゃってるから…それ見られるのがどうしても怖くて…」
どうやら、エーシエはユービスと体を重ねる事を拒絶してしまったらしい。
エーシエは傷の付いた自分の身体を、ユービスに見られるのがどうしても怖かったのだ。
その言葉を聞くや、ビシデはバッと着ている服を脱ぐと、その身体を露わにした。
片方の右の乳房は、魔物との戦いで大きく抉られている。
その他にも、その身体には大小いくつもの傷痕が残っている。
いきなりの事で呆気にとられるケティアとエーシエだったが、そんな中、ビシデはケティアにも促す。
「ほら、あんたも」
ビシデの言葉と行動に、ようやく、自分が呼ばれた意味を理解した。
――…なるほど、この子に示したかったのね
ケティアも、服を脱ぎ、その身体を露わにする。
失くした右腕、背中に大きく魔物の爪痕が残る身体。
ビシデ同様に、それ以外にも大小、多くの傷痕が残っていた。
戦場で傷ついた、女たち。
ビシデも、ケティアも、エーシエも、同じだった。
「夫は、この体が良いんだってさ」
そう言うとビシデはニカっと笑う。
「夫も、この体を沢山愛してくれたよ」
そう言うとケティアもビシデを真似てニカっと笑う。
「だから、大丈夫さ」
「ユービスの事、信じてあげて」
先輩たちはそっと穏やかに微笑むと、2人は後輩にまたニカっと笑って見せた。




