おかえり、ただいま
エーシエの退院から4日後、入院していた最後の団員が、退院の日を迎えた。
「おう、おかえり!!」
医療院の入口で、ジエスは大声で晴れ晴れしく、団員を出迎えた。
「みんなを待たせてしまって…この度は、本当に申し訳ありませんでした…」
「全くもって本当だ!!待ったぞ?この野郎め!!」
団員のおずおずとした態度に、ジエスはあっけらかんと、いつものガハハ笑いで陰鬱な雰囲気を吹き飛ばす。
「悪いと思うんなら、戦場で返してもらうさ!!お前さんが武勇伝打ち立てんの期待してるからな!!」
「…はい!!必ず!!」
ジエスは、ガッハッハッと笑う声は、青空高く響いた。
翌日、金の獅子団は早速、交易都市ドルーネンを後にし、帰路に着いた。
目指すは、金の獅子団が拠点を置く海沿いの小さな町。
漁師町チッチョルだ。
チッチョルへ向けた1週間に渡る行程は、道中幸いなことに秋晴れに恵まれ、何事もなく実に穏やかな家路となった。
久しぶりに自宅に帰れるとあって、団員たちの雰囲気も、心なしか浮かれ気味であった。
実に3ヶ月ぶりの、金の獅子団の凱旋となる。
その凱旋は、町の皆がその誉れを祝し、その苦難を労い、総出で出迎える、この上なく賑やかで、晴れ晴れしいものだった。
…と、いうことは、まったくなく。
町民たちはそれぞれ、漁師たちは漁に出たり、鍛冶師は槌を叩き、配達員は荷物を届け、商人たちは市を開き、その日常は全くもっていつも通りだった。
迎えたのは…
「ああ、あんた、おかえり」
と、素っ気なく、洗濯を干しながら、ジエスの妻のビシデの一言だけという、簡素なものだった。
「お前、もう少し、俺らを労うとかはねぇのかよ…」
がっくりと肩を落とすジエスに、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
――おおっ!!我が子たちよ、お前たちはちゃんと父ちゃんを出迎えてくれるんだな!!
「すっげぇデケぇマグロが釣れたらしいぜ!!」
「マジかよ!!触らせてもらおうぜ!!」
「あんたたち!!口の利き方、父ちゃんの真似するんじゃないよ!!」
家族の相変わらずの元気の良さに、更にがっくりと肩を落とすジエス。
そんな様子に苦笑いを1つすると、洗濯物を干し終えたビシデは肩をグイっと、ジエスの上半身を起こす。
そのまま、夫に、出迎えのキスをした。
「あんた、おかえり」
その赤い髪を風になびかせて、妻は、ゆったりと微笑む。
その笑顔に、夫の心はどんな豪華な凱旋の宴よりも満たされる。
「…おう、ただいま!!」
海風の中に、ジエスの笑い声が、ガッハッハッと響いた。
ジエスの妻、ビシデ・エルモンド。
旦那のジエスと同様、豪快で竹を割ったような性格の女性だった。
「おばさーん、ただいまー」
「おばさんじゃなくて、お姉さんだよ!!」
ジエスとビシデの元に、駆け寄るアイエルに、ビシデは言い放つ。
アイエルが駆け寄ってくると、ビシデは眉をひそめて、難しい顔する。
「…アイエル…またデカくなった?」
「どこ見てるのよ!!おばさんのエッチ!!」
その言葉にサッと胸を隠すアイエル。
ジエスとビシデは、2人してガッハッハッとたかだかに笑いあった。
「ところで、ケティアはどこだい?」
「ビーシーデー?ちゃんとここにいるよねぇ?」
額に手を当てて、キョロキョロとするビシデ。だがしかし、ケティアは目の前に立っている。
「ああ、いたいた。あまりにも小さくて分からなかったさ♡」
「あーもうっ!!早速ご挨拶だなぁ!!」
長身のビシデと小柄なケティア、いがみ合う2人。
だったが、それも一瞬で、2人は同時にプっと笑い出す。
「おかえりケティア!!」
「まったく、素直に言えないの、悪い癖だからね!!」
そんなビシデに、ケティアはイタズラっぽく、ニマニマしながら、カバンから1冊の本を取り出す。
「それに、そんな事言ってもいいのかなー?」
ピンク色の装丁の本は、表紙に可愛いイラストが書いてあった。それを見た途端、ビシデの顔色が変わる。
「ああっ!?それ!!『恋ワル』の新刊!?」
「さすがは、交易都市ドルーネン様、出回るの早いよねぇ♡」
ケティアが取り出したのは、女性向けの絵草紙『愛しき恋のワルツ』の12巻。言うなれば、少女マンガというやつだ。
地方の漁師町ではまだ売り出されていない新刊だが、ドルーネンではいち早く売り場に並んでいた。
ケティアもビシデも、このマンガの大ファンで、ショッピングの折に買っておいたのだ。
「どうしよっかなー?お土産のつもりだったんだけどなー?」
「ごめんなさい!!ケティア様!!後生ですから!!」
そう言って、ビシデはケティアを拝み倒す。
「ウソウソ、ちゃんと見せるってば〜♡」
「ありがとう〜♪本当に嬉しい〜♪」
ケティアから受け取ると、大切に本を胸に抱くビシデ。そんな彼女に、ケティアはさらにイタズラっぽく、ニマニマと言う。
「あ、そういえば、その12巻にあるシーンなんだけどね…」
「あああっ!?やめて!!ケティア!!」
ネタバレという禁忌を犯そうとするケティアを、必死で静止するビシデ。すっかりと形成は逆転していた。
その2人の姿に、ジエスとアイエルは、この上なく愉快そうに、声を出して笑いあうのだった。




