交易都市への行軍
「なんだよそれ、俺も聞きたかったな」
昨日のあった事を楽しげに話す妹に、ユービスは口を尖らせた。
「すげぇ、笑ったよなぁ、アイエル」
「お兄ちゃんも居れば良かったのにね」
「よくないですよっ!!」
楽しげなジエスとアイエルに、ケティアは顔を真っ赤にしながら、右腕をブンブンと振り回す。付けているチェーンフレイルがジャラジャラと音を鳴らした。
街を出てから、もう2時間ほどになる。街はずっと後方に、見えなくなってから暫く経つが、この街での出来事は、忘れられそうも無かった。
ドルーネンへと行軍する金の獅子団。目的地の交易都市は、ここから5日ほど進んだ先にあるらしい。
「今日は、早めに野営する場所見つけないといかんからな。みんな、今のうちに、少しでも距離かせいでおくぞ」
荷馬車の上から指示を出すジエスに、団員たちは各々返事を返した。そんな中、ユービスは空を見上げる。秋空は天高く青く晴れ渡っていた。
「こんなに晴れてんのに、本当に雨降るのかよ」
ジエスの見立てでは、今日はこれから雨になるらしいが、そんな気配は一つもなかった。
「団長天気予報は、正確なんだから」
「おう、アイエルは分かってるじゃねぇか」
アイエルの言葉に、ジエスは満足気にガッハッハッと豪快に笑った。
釈然としない顔のユービスだったが、雨が降り始めたのは、野営地を定めてテントを張り終えてからだった。
ポツポツと、雨粒がテントを鳴らす。
「ほらね、降ってきた」
「なんでエルが偉そうなんだよ」
微笑ましい兄妹のやり取りだったが、母は真剣な面持ちで森の方を見つめていた。
「居やがるな」
「ええ、小物みたいですけどね」
森の暗がりの中の魔物の気配が、こちらを窺っている。
襲ってきても、問題にならない程度の相手ではあったが、ケティアは森へと足を向ける。
「まだ雨も小降りだし、ちょっと行ってきちゃいますね」
ケティアはそういうと、右手のチェーンフレイルをくるりと回した。
「オカン、俺も行くわ」
「あら、じゃあ、お願い、ユービス」
ユービスは槍を肩に担ぐと、ケティアに続いて森へと向かう。
「小遣い分は働かねぇとなぁ」
――…今、言わなきゃ!!
「…あ、あのっ!!私も連れてってもらえますか?」
そんな2人に声をかけたのは、若い女性魔法使いの、エーシエ・ユルヴィ。
何を隠そうユービスの昨日のデートのお相手だ。
思わぬ申し出だったのだろう、ユービスは珍しくキョドキョドしていた。
――あらあらぁ…
――おやおやぁ…
その申し出に、ケティアはジエスに判断を仰ぐ。
「団長、いいですか?」
「まぁ、経験積むのにちょうどいいだろ、お前さんがいいなら、連れてってやれ」
「じゃ、お願いしちゃいますね♡」
3人を見送ると、アイエルとジエスは二人でニヤけ顔を見合わせた。
「あの子もやるねぇ」
「青春てやつだな」
――そのうち、アイエルにも恋人でも出来るんだろうな…
ジエスはガッハッハッと笑いながら、そんな事を考えていた。
森をしばらく進んでいくと、3人は虫型の魔物の群れと出くわす。
割とどこにでも居るタイプ魔物で、かけ出しのソーサラーには、うってつけの相手だ。
「いけっ!!ファイアランス!!」
エーシエの詠唱で、彼女の手のひらから炎の槍が放たれる。
だが、その炎は雨によって減衰し、魔物に当たる前に、威力はすっかり無くなってしまっていた。
「雨の時と森の中は、炎よりも氷を使って!!」
「はいっ!!アイシクルエッジ!!」
ケティアの言葉に、エーシエのくり出した氷の刃は、今度は見事に魔物を仕留めて見せた。
「うん、その調子、その調子」
ケティアの言葉に、エーシエの顔は嬉しそうにパァっと明るくなる。
そう言っている間に、ケティアは4匹、ユービスは更に倍の8匹の魔物を仕留めていた。
彼女に良いところを見せようと、ユービスも張り切っているようだ。
――2人とも、可愛いなぁ…
20匹ほど仕留め終わった頃、ケティアとユービスは辺りの空気が変わった事を察する。
「きたかな」
「きやがったな」
2人がそう言った直後、茂みの奥から一際大きな魔物が3人の前へ姿を現すと、大きく唸り声を上げた。
今までの虫型と同じタイプの魔物。その大きさから見るに、どうやらこの群れのボスのようだ。
その巨大な腕を振り上げると、ボスは3人に向かってそのまま突進を始めた。
「2人とも、いきますよ!!」
「おうっ!!」「はいっ!!」
ボスの巨体を前にしてケティアは、2人は気合いを入れる。
雨はだんだんと強さを増してきていた。




