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【証拠はいらない】好きな人ができない私がおかしい気がして

作者: Wataru
掲載日:2026/01/30

相談者は、三十代半ばの女性だった。


派手さはない。

清潔感はある。

ただ、目だけが――少し困ったように笑う癖がついていた。


「……変な相談かもしれませんが」


「ここは、だいたい変だ」


彼女は、少しだけ笑った。


「何年も」

「好きな人が、できないんです」


「失恋じゃない」


「はい」

「始まってすら、いない」


椅子の背に、ようやく体を預ける。


「周りは結婚して」

「子どももいて」

「恋愛の話も、普通にして」


「焦る?」


「……焦ります」

「でも」

「誰でもいいわけじゃない」


俺は、頷いた。


「好きになれない」


「はい」

「ときめかない」

「期待もしない」

「でも、冷めてるわけでもない」


「厄介だな」


「自分でも、そう思います」


少し沈黙。


「聞くぞ」

「今まで、好きだった人は?」


彼女は、少し考えてから答えた。


「いました」

「ちゃんと」

「何年も前に」


「忘れた?」


「忘れてません」


即答だった。


「じゃあ、埋まってるな」


「……何がですか」


「心」


彼女は、目を瞬いた。


「まだ誰かを待ってる」

「無理に入れたくないだけだ」


「でも……」

「空白が長すぎて」

「私、欠けてるのかなって」


俺は、首を振る。


「余白だ」


「余白?」


「足りないんじゃない」

「入れてないだけだ」


彼女は、黙ったまま、指先を見る。


「なあ」

「好きになれなかった時間」

「苦しかったか?」


「……はい」


「でも」

「嘘はついてないだろ」


彼女の喉が、かすかに鳴った。


「誰でもいいって、選ばなかった」

「それはな」

「弱さじゃない」


「じゃあ……」


「待ってるだけだ」


「何を?」


「自分が納得できる気持ちを」


長い沈黙。


「……余白って」

「埋めなくても、いいんですか」


「必要になったら、埋まる」


「ならなかったら?」


「それも、生きてる」


彼女は、ゆっくり息を吐いた。


「……証拠」

「いりませんでした」


「ああ」


「私」

「空っぽじゃなかった」


「最初からな」


彼女は立ち上がり、少しだけ背筋を伸ばした。


ドアが閉まる。


静けさ。


しばらくして、相棒が言った。


「……何年も好きな人ができないと、怖いわよね」


「怖いのは」

「何も感じないことじゃない」


「じゃあ?」


「感じすぎてることだ」


それ以上、言葉はなかった。


余白は、欠けじゃない。

嘘をつかなかった時間だ。


だから――

もう、証拠はいらない。

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