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私らしく生きるため、悪役令嬢を退職いたします  作者: 月雅


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6/10

第6話:営業妨害は、お断りさせていただきます


「アステリア・ソリューションズ」の評判は、もはや職人街に留まらなかった。

私が考案した「規格化された魔導コンロ」や、電池交換感覚で魔力を補充できる「汎用魔導ランタン」は、家事の時間を劇的に短縮させると王都中の主婦たちの間で爆発的なヒットを記録していた。


「ベアトリス様、本日分の在庫も完売です。注文書が積み上がって、もはや嬉しい悲鳴ですね」


社員のトーマスが、充実した顔で書類を整理している。

かつてブラックな環境で使い潰されていた彼は、今や「定時退社のためにいかに効率を上げるか」を追求する、私の頼もしい右腕になっていた。


「ええ、順調ね。ただ、供給が追いつかないのは経営上の課題だわ。次は製造ラインのさらなる自動化を……」


私が手帳に次のマイルストーンを書き込もうとした、その時だった。


工房の表で、複数の馬の嘶きと、金属が擦れる不穏な音が響いた。

扉が乱暴に蹴り開けられ、武装した騎士たちがなだれ込んでくる。


「営業中に予約もなく踏み込むなんて、マナー違反も甚だしいわね」


私は眼鏡をクイッと押し上げ、入り口を見据えた。

騎士たちの間から現れたのは、豪奢なマントを翻した金髪の男。元婚約者のカイル王子だ。

その後ろには、不安げな表情で彼に縋り付くリリアーヌの姿もある。


「ベアトリス! 貴様の勝手な振る舞いもここまでだ!」


カイル王子は、店内に並ぶ機能的な魔導具たちを忌々しげに一瞥した。

彼の顔は怒りと、そして隠しきれない疲労でひどくやつれている。王宮のシステム崩壊は相当深刻なようだ。


「殿下、わざわざのご来店ありがとうございます。ですが、うちは現在、新規の受注を停止しておりますの。修理の受付でしたら、あちらの列に並んでいただけますか?」


「ふざけるな! 貴様を『国家反逆罪』の疑いで連行しに来たのだ!」


その言葉に、作業をしていたトーマスが肩を震わせる。

だが、私の隣に控えていたレオナードが、一歩前に出た。


「……国家反逆罪だと? 聞き捨てならないな。その根拠を提示してもらおうか、小僧」


レオナードの瞳が、深紫に光る。

彼から漏れ出る圧倒的な威圧感に、先頭にいた騎士たちの膝がガクガクと震え始めた。

カイル王子も一瞬言葉に詰まったが、背後のリリアーヌに励まされるように胸を張った。


「根拠だと? 王宮の魔導具に細工をし、国家の機能を麻痺させたことだ! そして、許可なく高度な術式を民間に流布している。これは明らかな反逆行為だ!」


私は呆れて、思わずため息を漏らした。


「殿下、勘違いしないでください。王宮の術式が動かなくなったのは、私が細工したからではなく、単にメンテナンスが放棄されたからです。私が在職中に私費と私的な魔力で維持していたシステムを、退職に伴い撤去した。これは正当な権利ですわ」


「黙れ! ベアトリスの作った魔導具は、神聖な魔法の美しさを損なっているとリリアーヌも言っている! こんな卑しい道具を広めるなど、王国の文化を破壊する行為だ!」


リリアーヌが、ハンカチを口元に当てて頷く。


「そうですわ、ベアトリス様。魔法はもっと……こう、ふわぁっとした輝きがあるべきなんです。あなたの作ったものは、なんだか機械的で可愛げがありませんもの」


「『ふわぁっとした輝き』では、お湯は沸きませんし、夜道も照らせませんわよ、リリアーヌ様」


私は冷静に切り返した。

カイル王子がいら立ちを爆発させ、騎士たちに命令を下す。


「問答無用だ! この工房を封鎖し、ベアトリスを捕らえよ! 抵抗するなら容赦は……」


騎士たちが一斉に剣を抜こうとした。

だが、彼らの手が柄に触れるよりも早く、工房の床に刻まれていた「防犯用術式」が発動した。


バチンッ、という乾いた音と共に、騎士たちの体が磁石に吸い寄せられるように、工房の壁際へと弾き飛ばされた。

壁面から展開された不可視の力場が、彼らの自由を奪い、床に縫い止める。


「な、なんだこれは!? 体が動かん!」


「当店のセキュリティシステムです。不法侵入と暴力行為を検知すると、自動的に対象を無力化するように設定してありますの」


私は動じずに説明を続ける。

カイル王子だけは力場の対象から外していたが、彼は目の前の光景が信じられないといった様子で立ち尽くしている。


「ベアトリス、この程度の雑草共、今すぐ根こそぎ排除していいか?」


レオナードが、殺気を凝縮させた声で私に尋ねる。

彼の指先には、次元を切り裂くほどの黒い魔力が集まっていた。


「ダメですよ、レオ様。店内で血を流すと、明日の清掃工数が増えてしまいます。定時退社に響くでしょう?」


「……お前がそう言うなら、我慢しよう」


レオナードは不満げに鼻を鳴らしたが、それでも殺気を収めた。

彼は私の言葉を、世界の何よりも優先してくれる。


「殿下。公権力を私的に利用した営業妨害は、重大な規約違反です。これ以上騒ぎを大きくしたいのであれば、私も相応の法的手段と、王宮の全システムにおける『永久アクセス禁止措置』を講じますが、よろしいですね?」


「う、ぐ……。永久、だと……?」


「ええ。そうなれば、王宮の灯りは二度と灯らず、魔導炉は永遠に沈黙することになるでしょう」


私の言葉には、一切の虚飾はなかった。

カイル王子は顔を真っ青に染め、床に転がっている騎士たちと、圧倒的な存在感を放つレオナードを交互に見た。


「今日のところは……引き上げてやる! だが、覚えておけよ、ベアトリス! 貴様は必ず後悔することになるのだ!」


捨て台詞を残し、王子はリリアーヌの手を引いて、逃げるように工房を去っていった。

騎士たちは力場が解かれると、這う這うの体で馬車へと戻っていく。


静寂が戻った店内で、私は深いため息をついた。


「レオ様、お疲れ様。助かったわ」


「……いや。あのような無能に、お前の時間を一秒でも使わせたことが、俺には許しがたい」


レオナードは私の隣に歩み寄り、私の髪を一房、愛おしそうに指先でなぞった。


「ベアトリス。あいつはまた来る。お前を力ずくで連れ戻そうとするだろう。……いっそ、俺の城へ来るか? あそこなら、誰もお前を煩わせることはない」


「嬉しいお誘いだけど、今はまだこの会社を大きくしたいの。それに……」


私はレオナードの瞳を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。


「レオ様が秘書として守ってくれるのでしょう? だったら、私は何も怖くないわ」


レオナードは一瞬、呼吸を忘れたように目を見開いた。

それから、彼は私の手に誓いの接吻を落とした。


「……ああ。お前が笑っていられる場所を、俺が命に代えても維持し続けてみせよう」


王子の襲撃というイレギュラーはあったものの、私たちの絆は、より強固なものへとアップデートされていた。

だが、追い詰められたカイル王子が、この後さらなる愚策に走ることを、この時の私はまだ知らなかった。


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