第4話:伝説の魔王は、超有能な秘書になりました
「……ベアトリス様、あ、あの……表に、とんでもない方が立っておられます」
開店準備を整えていたトーマスが、真っ青な顔で私のところに駆け込んできた。
窓の外を見ると、職人街の住人たちが遠巻きに一箇所を見つめ、怯えたように道を開けている。
そこには、仕立てのいい漆黒のコートに身を包んだレオナードが、一輪の真紅の薔薇を持って立っていた。
昨日、森で会った時よりもさらに整えられたその姿は、歩く破壊兵器と言わんばかりの威圧感を放っている。
「おはようございます、ベアトリス。面接を受けに来た」
彼が工房に足を踏み入れた瞬間、店内の温度が数度下がったような錯覚に陥った。
彼の背後で、濃密な魔力が揺らめいている。
普通の人間なら腰を抜かすところだが、私の『構造解析』は別の数値を弾き出していた。
「おはよう、レオナード。……昨日言った通り、出力が安定していますね。伝達ロス、ほぼゼロ。素晴らしいスペックだわ」
私は彼の手にある薔薇ではなく、その指先から漏れ出る魔力の波形を見て満足げに頷いた。
これほど高密度で、かつ洗練されたエネルギー源は、王宮の巨大魔力炉でもお目にかかれない。
「さあ、奥へ。面接を始めましょう」
私は彼を応接スペースへ促した。
震える手でお茶を運んできたトーマスに「彼は新しい仲間になる予定だから、そんなに怖がらなくていいわ」と声をかけるが、逆効果だったようで、彼は脱兎のごとく作業場へ戻っていった。
「さて、レオナード。あなたの特技は何かしら? うちは実務能力を重視します」
「特技……。そうだな。この世のあらゆる物質の崩壊、次元の切り裂き、そして貴殿を侮辱する者の完全なる抹消だ」
物騒極まりない。
だが、その表情は真剣そのもので、私への深い敬意がその瞳に宿っている。
私は手帳を広げ、彼の言葉を「翻訳」して書き込んだ。
「なるほど。『物理的な障害排除』と『高度な空間魔法の行使』。それに加えて、その膨大な魔力を我が社の魔導具への動力源として提供してもらえるかしら?」
「貴殿の望むままに。俺の魔力も、命も、すべては貴殿が使いこなすためにある」
彼は迷いなく答え、私の目の前で優雅に頭を下げた。
これほどのハイスペックな人材が、無給でもいいから働かせてくれと懇願している。
前世のブラック企業の社長が見たら泣いて喜ぶ光景だが、私はあえて厳しい条件を突きつける。
「いいえ。うちは正当な対価を支払います。その代わり、私の指示には絶対に従うこと。それから、無駄な殺気は顧客を遠ざけるから厳禁よ。できる?」
「……努力しよう。ベアトリスの平穏を乱す不快なノイズさえなければ、な」
こうして、伝説の魔王レオナードは、私の「秘書」として採用されることになった。
彼の実務能力は、期待を遥かに上回っていた。
一度教えた事務処理は完璧にこなし、何より私が開発中の「次世代型魔法薬抽出機」の動力源として、これ以上ない働きを見せた。
彼が指先を添えるだけで、不安定だった魔力供給がピタリと安定し、最高純度の薬液が滴り落ちる。
「素晴らしいわ、レオ。あなたの魔力制御、計算通り……いえ、それ以上ね」
私が思わず彼の腕を軽く叩いて褒めると、レオナードは一瞬呆然とした後、耳の付け根まで赤くして視線を逸らした。
「……これしきのこと、造作もない。もっと、俺を使い倒すがいい」
「ええ、期待しているわ。さて、午後は取引先との商談があるから、同行をお願いできるかしら?」
「ああ。貴殿に不埒な視線を送る者がいれば、即座に虚無へ送ってやろう」
「殺気は禁止って言ったでしょ」
そんなやり取りをしながら、私たちは工房の運営を軌道に乗せていった。
一方で、王都の中心にある王宮では、もはや隠しきれないほどの混乱が広がっていた。
カイル王子の寝室にある最高級の「温度調節ベッド」が突然暴走し、真夏のような熱気を放ち始めたのだ。
「熱い! 誰か、これを止めろと言っているんだ!」
王子の叫びに、駆けつけた宮廷魔導師たちは冷や汗を流して魔方陣を調べている。
だが、彼らが習ってきた「優雅で芸術的な魔法」では、ベアトリスが密かに組み込んでいた「高効率・自動制御プログラム」の構造を理解することすらできなかった。
「殿下、申し訳ございません! この術式、あまりに複雑で……どこを触ればいいのか全く……!」
「無能共め! ベアトリスは指先一つで直していたではないか!」
カイル王子はまだ気づいていない。
ベアトリスが「指先一つ」で済ませるために、どれほどの緻密な設計と、日々のメンテナンスを行っていたかを。
そして、その「当たり前の快適さ」が、どれほど高度な技術に支えられていたのかを。
不快な熱気に包まれながら、王子はかつての婚約者の顔を思い浮かべていた。
いつも冷静で、自分に厳しい正論ばかりをぶつけてきたあの女。
今頃、路頭に迷って泣きつこうとしているはずだ。
そう信じて疑わない王子の耳に、街で評判の「魔法革命を起こしている新しい工房」の噂が届くのは、もう少し先のことだった。




