第3話:禁忌の森のオーバーフロー
工房を立ち上げてから数日、事業は順調な滑り出しを見せていた。
社員第一号のトーマスは、驚くべき速さで私の「規格化術式」を吸収し、今では簡単な魔導具の修理なら一人でこなせるようになっている。
「ベアトリス様、このままのペースだと、在庫の高品質な魔石が今週中に底を突きます」
朝の定例ミーティングで、トーマスが神妙な顔で報告してきた。
魔導具の心臓部となる魔石。
市販されているものは質が低く、私の「高効率回路」に組み込むには、不純物が多すぎて伝達ロスが発生してしまう。
「わかったわ。仕入れルートの確保も経営者の仕事ね」
私は手帳に『原材料の調達』というタスクを書き込み、チェックを入れた。
向かう先は決まっている。
王都の北側に広がる『禁忌の森』。
強力な魔物が棲息し、貴族たちが「呪われる」と恐れて近づかない場所だが、そこには手付かずの高純度魔石が眠っている。
私は動きやすい革のジャケットを羽織り、腰には特殊な解析ツールを下げた。
王宮の連中なら、大掛かりな騎士団を動員して「美しくない」力技で攻略するところだが、私に言わせればそれはコストの無駄だ。
適切なルートを選び、適切な術式を使えば、ソロでも十分に目的は達成できる。
森の奥深くに進むにつれ、空気中の魔力濃度が濃くなっていく。
普通の人間なら「魔力酔い」を起こすレベルだが、私は自分の周囲に『魔力中和フィルタ』を展開した。
これも前世の防塵室の仕組みを応用した、私のオリジナル術式だ。
「……おや?」
森の中央、ひときわ高い魔力反応を示す地点に差し掛かった時、私の『構造解析』が異常なアラートを検知した。
そこには、巨大な樹木の根元に横たわる、一人の男がいた。
夜の闇を溶かしたような漆黒の髪。
彫刻のように整った顔立ちは、苦痛に歪んでいる。
彼の周囲からは、紫色の濃密な魔力が、制御を失った蒸気のように噴き出していた。
「これは……ひどいスパゲッティコードね」
私は男のそばに膝をつき、即座に解析を開始した。
彼は強力な封印術を施されているが、その術式があまりにも古く、非効率極まりない。
あちこちで魔力が衝突し、回路がショートを起こしている。
例えるなら、処理能力を超えたデータを流し込まれ、熱暴走を起こしている旧式のサーバーだ。
「う、ぐ……離れろ……。俺に触れれば……呪われるぞ……」
男が薄く目を開け、掠れた声で警告してきた。
だが、私は構わず彼の胸元に手をかざす。
「呪い? いいえ、これは単なる『設計ミス』ですわ」
私は彼の体内で暴走している魔力回路に、自分の意識をダイレクトにリンクさせた。
あまりの情報の多さに一瞬眩暈がしたが、前世で数千行のバグだらけのソースコードを読み解いてきた私にとって、これくらいの整理は造作もない。
「まずはここ。冗長な記述を削除。次にこのループ処理……いえ、ここは並列処理に切り替えます」
私の指先から白い光が溢れ、男の体内の「淀み」を次々と書き換えていく。
絡まり合った古い封印を丁寧に解きほぐし、彼自身の強大な魔力がスムーズに流れるように、新しい『基幹システム』を再構築した。
数分後。
吹き荒れていた紫色の魔力はピタリと収まり、男の呼吸は劇的に安定した。
彼は驚いたように自分の手を見つめ、それから私を凝視した。
「……何をした。三百年解けなかった俺の呪縛を、こうもあっさりと……」
「呪縛ではなく、最適化です。あなたの魔力が強すぎて、古い規格の封印では支えきれなくなっていただけですよ」
私は立ち上がり、服についた土を払った。
目的の魔石を採取する時間が惜しい。
「体調が戻ったのなら、すぐにここを離れることをお勧めします。今のあなたは、非常に『効率よく』魔力を放出できる状態ですから、不用意に力を使えば山一つ吹き飛びますわよ」
私が歩き出そうとすると、ガシッと手首を掴まれた。
振り返ると、男が跪いていた。
その瞳には、先ほどまでの苦痛ではなく、熱烈な、あるいは狂信的とも取れる光が宿っている。
「名を聞かせてくれ、我が救世主。このレオナード、貴殿の御力に魂を震わされた」
「ベアトリス・フォン・アステリア。今はただの経営者です」
「ベアトリス……。素晴らしい。これほどの叡智、これほどの美しき手捌き。俺を、貴殿の配下に加えてはくれないか」
レオナードと名乗った男は、私の手を恭しく取り、指先に唇を寄せた。
「配下? あいにく、うちはホワイト企業を目指していますので、封建的な主従関係は求めていないの。もし働く気があるのなら、まずは面接に来てちょうだい」
私は彼に一枚のショップカードを手渡した。
伝説の魔王だか何だか知らないが、これだけ高出力の魔力源があれば、今後の事業展開がぐっと楽になる。
「面接、だな。必ず行こう。俺のすべてを賭けて、貴殿の事業に貢献することを誓う」
こうして、私は森で魔石だけでなく、とんでもなくハイスペックな『人材』を拾うことになった。
その頃、王宮の会議室では、カイル王子が頭を抱えていた。
王宮の噴水が止まっただけではない。
全ての魔導具が、まるで意思を持ったかのように、持ち主の命令を拒絶し始めていたのだ。
「ベアトリス! あの女、一体何をしたんだ!」
それは呪いでも何でもない。
ただ、唯一の管理者が不在になったシステムが、崩壊へと向かっているだけの話だった。




