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私らしく生きるため、悪役令嬢を退職いたします  作者: 月雅


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第10話:悪役令嬢、最高の転職先を見つける


王宮での大事故から一週間が経過した。

王都の混乱は、私が提供した「復旧プログラム」と、レオ様が密かに放った浄化の魔力によって、驚くべき速さで収束へと向かっていた。


一方で、かつての婚約者であるカイル王子の末路は、実に見事なものだった。

激怒した国王陛下によって王位継承権を剥奪された彼は、現在、王都の外縁部にある下水処理施設に配属されている。

魔法を「美しさ」だけで語り、実務を卑しめてきた彼にとって、泥と悪臭にまみれた現場仕事は、何よりの教育ざまぁになっていることだろう。

ちなみに、真っ先に逃げ出したリリアーヌ様は、実家の男爵家が王宮への損害賠償を肩代わりできずに没落し、修道院で規律正しい、そして非常に「効率的な」共同生活を送っていると聞く。


「……さて、これで未処理のタスクはすべて完了ね」


私は工房の執務室で、手帳の最終項目にチェックを入れた。

窓の外には、かつての活気を取り戻した職人街が広がっている。

私の会社、アステリア・ソリューションズは、正式に「国家魔法基盤・管理機関」としての認可を受けた。

今やこの国の魔法インフラは、私の管理下にある。二度と、あのような無能によるシステム暴走は許さない。


「ベアトリス。仕事の話は、そこまでにしておけと言ったはずだ」


背後から、低く心地よい声が響いた。

振り返ると、そこには完璧な仕立てのスーツを纏ったレオ様が、銀のトレイを持って立っていた。

かつて世界を震撼させた魔王は、今や私の「専属秘書」として、完璧なタイミングでティータイムを演出してくれる。


「レオ様。ですが、新しく採用した魔導師たちの研修カリキュラムを……」


「それはトーマスに任せればいい。お前は今日、自分を甘やかすという重大な業務を忘れている」


レオ様はカップを机に置くと、私の手からペンを奪い取り、そのまま私の指を絡めるように握った。

彼の紫色の瞳が、夕陽を反射して妖しく、そして深く熱を帯びて私を見つめる。


「ベアトリス。お前は王宮を自ら退職し、自分の足でこの場所まで辿り着いた。誰の所有物でもない、自由な一人の女性としてな」


「ええ。そう決めて、私はあの日、退職願を叩きつけましたから」


「そんなお前に、改めて提案したいことがある」


レオ様が指先を動かすと、空間が微かに揺れ、一つの小さな箱が現れた。

蓋が開かれると、中には透き通った最高純度の魔石が埋め込まれた指輪が収められている。

それは、私が開発した演算回路が極小サイズで組み込まれた、世界で唯一の、そして最高に「機能的」な婚約指輪だった。


「お前が一生、何不自由なく、自分の望むままに世界を整えていけるように、俺がその基盤インフラになろう。お前の隣で、お前の人生のバグをすべて取り除き、幸福だけを維持し続ける。……俺を、お前の生涯の伴侶として、終身雇用してくれないか?」


レオ様の言葉には、魔王としての傲慢さは微塵もなかった。

あるのは、ただ一人の女性への、深く、重く、真っ直ぐな献身。

前世で孤独に働き続け、誰からも顧みられずに倒れた私が、今世で手に入れた最高の「リソース」。

それは成功した事業でも地位でもない。私の価値を正しく理解し、私自身の幸せを第一に考えてくれる、この愛おしい存在だった。


「……レオ様。要件定義は、これ以上ないほど完璧ですわ」


私は彼の手にある指輪を取り、迷わず自分の薬指へと滑り込ませた。


「雇用ではなく、対等な共同経営パートナーとしてなら、お受けいたしますわ。私の人生というプロジェクトを、一生かけて一緒に完遂させてください」


レオ様は一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、この世の何よりも価値のあるものを手に入れたような、眩しい笑顔を浮かべた。


「……ああ、お前には一生勝てそうにないな。喜んで、その契約を結ぼう」


レオ様が私の腰を引き寄せ、唇が重なる。

その口づけは、これまでのどんな魔法よりも甘く、そして未来への確かな予感に満ちていた。


一ヶ月後、私たちの結婚式が行われた。

場所は王宮ではなく、私たちの工房が見下ろせる丘の上の小さな教会。

招待客は、生き生きと働く社員たちと、私たちの技術で救われた街の人々。

そこには「美しさ」を競う虚飾はなく、ただ「真実の幸福」だけが満ちていた。


私はもう、誰かのために自分を削る悪役令嬢ではない。

私は私のために生きることを決め、そして私を愛してくれる人のために、この力を使い続ける。


悪役令嬢を自ら退職し、自らの手で掴み取った第二の人生。

そこにあったのは、冷徹な効率化の先に見つけた、誰よりも温かな溺愛の日々だった。


私の人生という名のプロジェクトは、今、最高のハッピーエンドという名の稼働を始めた。

不具合のない、完璧にホワイトな未来に向かって。


(完)



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