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私らしく生きるため、悪役令嬢を退職いたします  作者: 月雅


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第1話:本日、婚約と仕事を辞めさせていただきます


きらびやかなシャンデリアが、王宮の大広間を照らしている。

今夜は建国記念パーティーの最中だ。

本来なら祝杯をあげるべきこの場所で、第一王子カイルは、大勢の貴族たちの前で声を張り上げた。


「ベアトリス・フォン・アステリア! 貴様との婚約を、本日限りで破棄する!」


音楽が止まる。

周囲の貴族たちが息を呑み、ささやき声が波のように広がっていく。

カイル王子の隣には、しおらしく彼に寄り添う令嬢が一人。

たしか、最近男爵家から引き立てられたばかりの、愛嬌だけが取り柄の娘だったはずだ。


「……婚約破棄、でございますか」


私は手に持っていた冷えたグラスを、給仕の盆にそっと置いた。

燃えるような赤髪を揺らし、眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げる。

王子の背後で、彼の側近たちがニヤニヤと私を嘲笑っているのが見えた。


「そうだ! 貴様はあまりに可愛げがない。魔法とは神に捧げる高貴な祈り。それなのに、貴様が口にするのは常に、効率だの、工程だの、納期だの……。実務という名の卑しい行為に浸り、魔法の美しさを汚した罪は重い!」


カイル王子の言葉に、周囲の貴族たちが頷く。

この国の貴族にとって、魔力は「浪費してこそ強者の証」だ。

魔力をどれだけ無駄に使い、豪華な魔法を披露するか。それが美徳とされている。

彼らにとって、魔導具を規格化したり、メンテナンスを容易にするための設計図を書いたりする私の仕事は、職人がやるような「卑しい労働」にしか見えないのだろう。


「さらに、貴様はリリアーヌをいびり、彼女が作成した『聖なる魔法薬』のレシピを破棄したそうではないか。そのような心の醜い女は、次期王妃には相応しくない!」


リリアーヌと呼ばれた娘が、わざとらしく肩を震わせる。

私は内心で、大きなため息をついた。


レシピを破棄した?

違う。

彼女が持ってきたのは、抽出工程がデタラメで、いつ爆発してもおかしくない欠陥品だ。

それを私が「仕様の再定義」を行い、安全に運用できるように修正案を出しただけのこと。


だが、私の頭の中では、前世の記憶が鮮明にアラートを鳴らしていた。

私は思い出したのだ。

前世、日本のIT企業でプロジェクトマネージャーとして、深夜まで仕様書と戦い、クライアントの無理難題を捌き、過労で命を落としたあの人生を。


その前世の知識を活かして、この10年間、私はこの無能な王子の裏方として、全ての事務作業と魔導インフラの整備を一手に行ってきた。

私の「工程管理」があったからこそ、この国は崩壊せずに済んでいたというのに。


カイル王子、あなた、自分が何をしたかわかっているのかしら。

今、あなたは唯一の「システム管理者」をクビにしたのよ。


「ベアトリス! 何か言い分はないのか!」


カイル王子が勝ち誇った顔で私を見下ろす。

私はもう一度眼鏡を押し上げ、静かに微笑んだ。


「いいえ。殿下のお考え、確かに承りました」


私はドレスの隠しポケットから、あらかじめ用意していた一枚の書面を取り出した。

婚約破棄は想定内だ。

この日のために、私は「出口戦略」を練り上げていたのだから。


「こちらは、婚約解消の合意書。並びに、私がこれまで預かっておりました王宮魔導局・総括責任者の『退職願』でございます」


「たいしょく……ねがい?」


カイル王子が呆然とした声を出す。

私は構わず、迷いのない筆跡で書かれた書類を、彼の目の前にあるテーブルに叩きつけた。


「はい。本日をもって、私は一切の実務から手を引かせていただきます。後任の引き継ぎ資料は、私の執務室の机に置いてあります。……まあ、あのアナログな管理体制を理解できる方がいらっしゃれば、の話ですが」


「な、何を言っている! 代わりなどいくらでもいると言っているのだ!」


「左様でございますか。それは重畳。では、今この瞬間をもって、私はアステリア公爵令嬢としてではなく、一人の自由な専門職として、この場を辞去させていただきます」


私は背筋を伸ばし、周囲をぐるりと見渡した。

冷笑していた側近たちも、私のあまりの堂々とした態度に気圧されている。


「あ、そうだ。殿下。一つだけアドバイスを」


私は出口に向かって歩き出し、肩越しに振り返った。


「私が仕組んだ『魔力最適化の術式』。あれは私の退職と同時に順次、ライセンスが失効するように設定してあります。明日以降、城内の魔導具の出力が不安定になるかもしれませんが、頑張って『美しく』修理なさってくださいね」


「ライセンス……? 失効……? 何を訳のわからないことを!」


王子の怒鳴り声を背中で聞きながら、私は大広間の扉を開けた。

夜風が頬を撫でる。

なんて清々しい気分だろう。


私はその場で、窮屈だったドレスの留め具を外した。

重厚なシルクの布地が足元に滑り落ちる。

その下に着込んでいたのは、動きやすさを重視した自作の革製のズボンと、機能性に優れた白いシャツだ。

パーティー会場の出口を警備していた騎士たちが、目を丸くして私を見ている。


「ベアトリス様……それは……?」


「今日で退職ですから。仕事着に着替えただけですよ」


私はハイヒールを脱ぎ捨て、用意していた歩きやすい編み上げのブーツに履き替えた。

公爵家の馬車は使わない。

自力で、自分の足で、新しい人生の現場へ向かうのだ。


「さあ、始めましょうか」


私は夜の王都を見下ろした。

これからは誰に指示されることもなく、自分の時間を自分のために使う。

定時で帰り、美味しいお茶を飲み、無駄のない完璧な「ホワイトな生活」を構築してやる。


空には満月が輝いている。

私の第二の人生は、今、ここからキックオフされたのだ。


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