神話
そこからすぐに地球出発とはならなかった。
私たちの愛機であるトライズは自動操縦の際に乗っ取られたし、午後の晩餐会にも出席しなければならない。何よりもツクモ条例の改定でも、さまざまな手続きがあった。
その間、宇宙政府の首謀者であるゴルグ総督は、内部監査官に捕まった。手続きをとったのは彼の秘書であるオシヤさんで、中央の命令で監視を受けていたという。ミレイヤさんの意志は、ほかの人にも受け継がれていたのだ。
また、革命軍で私たちを捕縛したジェミさんも身元が割れて拘束された。悲しい事件だが、暴力を用いることは政治が許さない。ただ、私の発表とゴルグ総督が捕まったことを愉快そうに笑ったという。
ピアス国の支援によりトライズの整備と補給を終えた私たちは、また宇宙に旅立った。
青い星と、それを光差す衛星を見ながら、後ろの座席にいるケインさんがゴールドブラッドを持った。
「それじゃあ、覚悟はいいですか。これから天の川銀河へいきます」
「はい!」
「いつでもいい」
その返事に、背後から金色の輝きが発し、私たちは光の中へ消えた。
薄れゆく景色の中、トネリコの日々が脳裏によぎった。
漆黒のブラックホール。銀色の基地。立体映像の先生。ユーリちゃんをはじめとする仲間。まだ任期が残っているのに、全部投げ出してごめん。
いつか会いにいくから――。
意識が戻ると、光り輝く宇宙の海にいた。
私たちの銀河より少し大人しい。静寂が似合いそうな宙だ。
ただ、少し小さいが惑星が丸くくっきり見えている。
あれ? なんか違和感がある。
背後から照明のような何かがあるのだ。
首を回して背部モニターをみると1センチくらいの丸い光源がある。
「あれって太陽ですか!?」
「あぁ。宇宙では光が直接あたるから紫外線に気をつけて」
私はモニター画面を操作して、全方位モニターにシールドを展開する。透明なマシンを囲い、光と熱を和らげた。
星がくっきり映るのは、太陽が全方位に照らしているからか。
これが生命の源……。この光が地球にある海にエネルギーを与えて、細菌やバクテリアを発生させているんだ。
遍く星々の中心。それが太陽だ。
「足元をみてごらん」
ケインさんの助言に、モニターを操作して床面も外部モニターに広げる。
「わああああ!」
ピアートに勝るとも劣らない青い星だ。しかも太陽の影響で表面に白い雲が漂っていて、全貌が見えない。
運転席にいるミュートさんが、頭を動かして後ろの座席に向いた。
「どうなんだ? 何千年ぶりの故郷の星は」
「外観はそれほど変わっていなくて安心するよ」
足元を見下ろすケインさんは、慈愛に似た眼差しをしていた。
「ただいま、地球」
懐かしさと悲しみが混じったような声だ。
そうか。
この人もウラシマ効果によって過去を失ったんだ。
「まずは降りて状況を確認しましょう!」
伝説の地球探索に、緊張と興奮が混じった。
かつて青い星と呼ばれたその惑星は、その名を残したまま、けれども文明破壊の跡がくっきり残っていた。星を焼き尽くした影響で砂漠化した大地は多く、そうでない場所はむき出しの大地ばかりだった。
3日かけて地球の表面をスキャンしたが、生命が生きていくには厳しい環境だった。
建物や乗り物の残骸があちこちに残り、突然に振り出した雨は、地面に溶けて煙を立てた。強酸性の雨だ。大気は汚染され、動植物すら見当たらない。
「さすがに腐海の森はないようだな」
ミュートさんが操縦桿を握りながら地表の様子を眺めた。
「私が逃げついた場所は地下100メートルの世界だった。いまも人が生きているかも疑問だよ」
「でも、自給自足の農園とかあるんですよね?」
「仮にあったとしても、残った人類を賄うだけの量があるとはおもえない……。生き残った者同士が食料の奪い合いをした可能性もある」
ケインさんの表情は暗い。
万が一を期待して、地球に残った誰かが復興を志しているとおもったのだが、現実は厳しいみたいだ。
「プランは予定通りでいいんだな?」
「あぁ。また宇宙にあがってほしい」
トライズは垂直方向にノーズを向けると、加速して大気圏の離脱を始める。
震える船のなかで、この先の未来に身震いした。
地球再生プラン。
ケインさんが当時の地球の状況をデモンストレーションして作り上げた。まぁ、やることはいたって単純なんだが。
ピアートにぶつけた強アルカリ性の隕石シード264。じつはもう一基シード304という同タイプがある。
何をするか言わなくてもわかるだろう。
また宇宙政府のwanted(お尋ね者)だ。
英雄と犯罪者の反復横跳び。なんて悲しい宿命なんだろう。
大気圏からでるタイミングで、ゴールドブラッドが輝きだす。
さようなら平凡な日々。
私は完全犯罪者になります。
――地球に衝突する巨大隕石を空から眺めた。
落下した衝撃が空にまで響き、激しい音と巨大な津波が作られる。波は大陸に押し寄せて乾いた大地を濡らす。
隕石がまた強酸性の海に溶けるまで時間はかかるだろう。
だけど、ピアートに比べて楽なのは、太陽がいまなお生きていることだ。
残りの時間は、天の川銀河のブラックホールで過ごせばなんとかなる。本当ならトネリコにいたほうがいいけど、先生の件といい、新しく盗んだ隕石といい、私たちの処遇がどうなるかわからない。
事を終えたケインさんは、別室から一人でみるという。
自分の惑星だから感傷に浸るものがあるのだろう。
――かくいう私は少し憂鬱だ。
地球のためとはいえ、また犯罪者になってしまった。これでは里帰りもできない。
「――私って生まれたときから罪を背負っているんですかね?」
隣にいたミュートさんに愚痴をこぼした。
彼は相変わらずチョコレートを口にすると、眉根を寄せてこちらを見た。
「なんだ、地球の神話みたいなことをいって」
私がぽかんとしていると、ミュートさんは嘆息した。
「旧約聖書だ。はじめに神は天と地とを創造された」
「でも、私たちつくったわけじゃないですよね?」
「隕石を落としたんだ。知恵の実を食べて罪を犯したようなものだろ」
あぁ……そういうことか。
ただ、目の前の人はそれより甘い物を食べているけど。
私がじっと見ていると、不意にミュートさんの顔が近づいておもむろに唇を重ねた。
口内が交じり合うと、チョコレート特有の甘さが舌に伝わった。
ほんの少し頬が上気すると、顔を離して見つめ合う。
生命が失われた星の上で、一組の男女が紡ぎあった。
「私たち、なんだかアダムとイブみたいですね……」
ミュートさんは小さく笑うと、
「お前、自分が神様だって知っているか?」
「そんなロマンチックじゃないです」
ミュートさんはトライズの内壁をこんこんと叩く。
「俺がいいたいのは日本の神様だ。長い間、物を大事にしているとの乗り移るんだと」
む、なんて人だろう!
私は彼の生意気な口をもう一度ふさいだ。




