タイムパラドックス
執事さんに連れられて裏口から大統領官邸に入ると、そのまま待合室に通された。律義にもお菓子が用意されて、近くのメイドがお茶の用意をした。
私とミュートさんは豪勢なソファに座り、その向かいでケインさんも背をまっすぐにして腰を下ろす。執事さんはドアの横で待機だ。
メイドさんがティーポットを用意して、私とミュートさんに紅茶を、ケインさんにコーヒーを差し出した。執事さんは立ったままティーカップを受け取り、いい温度ですと味見した。
私たちは緊張をほぐすかのように飲み物を口に含んだ後、ケインさんがおもむろにいった。
「単刀直入にいおう。私、ケイン・ポール・バナーは天の川銀河の地球からやってきた」
ぶふ!
飲み物を噴き出す音が聞こえた。まさかの執事さんだ!
まだ理解していない私は「ほわ?」と間抜けな声をあげ、ミュートさんは絶句している。
「時系列を追って話そう。テラのアニメに『風の谷のナウシカ』という作品を知っているかな?」
「バルスっていうやつですっけ?」
「バカ! それはラピュタだ」
そんなに怒らなくても……。アニメが溢れているんだよ。
ケインさんは自国の作品を話題にしているのか少し嬉しそうだ。
「その作品では『火の七日間』と呼ばれる、地球全土を焼き尽くす大災害が発生し、あらゆる文明が崩壊した設定がある――」
巨人兵みたいな古めかしいロボットがでてくるっけ。
「それと同じことが発生した」
その言葉は、いとも容易く紡がれた。コーヒーを口にするみたいに。
淡々と語るケインさんは、苦さを忘れたくらい無表情だった。
「ただ、全員が死んだわけじゃない。戦争を予期して、一部ではノアの箱舟のように動植物と何百人かの人間を集めて宇宙にでた。しかし、地球に残った99.9%の人間は火に焼かれたよ。私は運よく生き残った人間だが――8日後に見た光景は地獄そのものだった」
低い声の口調に、私は息をのんだ。
いつもはチョコレートに手を伸ばすはずのミュートさんも、身体が固まっている。
「絶望的な状況だが、私には故郷への想いがあった。どうにかこの星を救うことができないか。すると、奇しくも二人の同胞と出会った。
一人は優れた科学者で、もう一人は巫女だった。
大災害の影響か、私たち3人は奇跡のような能力を得た。科学者は念動力、巫女は予知能力、私は転移能力だった。
そこで科学者は、念動力で宇宙船の残骸と巨大機械のエネルギーの一部を手に入れた。だが、地表にでた代償からか、彼は間もなく命を落とした。
残された私たちは、宇宙船の改修に成功した。
巫女は預言でこういったんだよ「遥か遠くに離れた海底で、地球を救う救世主と出会う」と」
「まさか――」
ミュートさんの呼吸が止まった。
「ワープには膨大なエネルギーが必要で、巨大機械からは1回分しかなく、それを使うと地球には帰って来れない。それでも、私は預言に賭けた。
私は巫女の能力を通じて、転移先の映像を見せてもらった。誰も訪れないような、深く暗い電子機器のある基地。だが、再び地球を救うためにこのピアートへやってきたんだ」
なんてことだろうか。
初めて海底基地でケインさん遭遇したこと日。
あれから運命が巡っていたのか!
「私が来たときはもちろん誰もいなかった。預言は嘘なのだと憤ったよ。だけど、イース人の過去を調べていくうちに合点がいった。この惑星と地球は類似している。この星が蘇れば地球を元に戻す術があると。だから、彼らと同じようにコールドスリープを行い、彼らより早く起きるように設定した。地球の救世主と出会うために」
そう語ったケインさんは冷めたコーヒーを口に入れた。あんなに苦いのに、どこかおいしそうだった。
「あ、あの!」まだすべての紐が解かれてない。「ミレイヤさんたちは知っていたんですか?」
ケインさんは深いしわのある頬を動かした。
「あぁ、二人にはすべてを話したよ。だから彼女もワープ技術を欲しようしなかった。それにワープは科学ではなく能力だからね」
――そんなバカな。
あの二人は、その事実を知りながら私たちに伏せていたのか。
私たちがピアートへ来る確証はないはずだ。私とミュートさんが旅の途中で事故を起こすかもしれないのに。
「二人にお願いがある。ピアートを救ったように地球も助けてほしい」
ケインさんが深々と頭をさげた。
私は気が動転して、わわわとケインさんの肩を触る。
でも、石みたいに微動だにしない。返事を聞くまで一生そのままのようにおもえた。
「大丈夫ですから! 頭をあげてください!」
ケインさんがゆっくりと顔を上げる。その瞳は濡れていて、照明の光で輝ていた。
「その……セレモニーが終わった後、どうしようか考えていました。ほかの楽しみがなくなったし、このままトネリコに帰るのもどうかなって。だから、やりましょう。地球の再生を」
ケインさんは両手伸ばして私の手をとった。涙を流しながら力強く握られると、ありがとうと嗚咽まじりに呟いた。
隣で閉口していたミュートさんがおもむろに手をあげる。
「一ついいか? 俺たちフェアリーズの起源である【ハイコンテクスト】には地球の文明データも入っている。それは地球を出ていったノアの箱舟なのか? それとも、火の七日間が起きる前の出来事か?」
ケインさんはゆっくり首を振った。
「ブラックホールは宇宙最大の謎だ。当時の我々はそれを解くような技術はない。ノアの箱舟だって自給自足を維持するのがやっとだ。私がピアートへ来て2000年は経過したが、それでも地球の技術では無理だろう」
「だが、実際には『ルナ』という探査機から観測データが届いている」
「だとすれば遥か未来の話だ。宇宙の特異点であるブラックホールであれば、時間移動ができてもおかしくない」
ミュートさんはようやくチョコレートに手を伸ばした。包装紙を開けて黒い固形物を眺めたあと、口の中に放り込む。
「地球を再生させなければタイムパラドックスが生じるかもしれないのか」
私の心臓が高鳴った。
時間が経つごとに興奮して、理性が抑えきれない。
ケインさんと地球を救わなければ、宇宙の歴史すら変わる。
「選択肢はないみたいだな」
「はい!」
威勢よく返事をしたが、不意に大きな不安に駆られた。
それは、地球を再生するより重大なことだ。
不安でまた心臓が早鐘を打つ。
チョコレートに腕を伸ばす袖を、私は遠慮がちにつまんだ。
「どうした?」
「その……ミュートさんもついてきてくれますか?」
一瞬、彼の顔が歪み、視界が真っ暗に変わった。
ダメ、断られるのが怖くて、瞼を開くことができない。
「ピアートを初めて出発した日。ツクモが俺の船に乗り込まなきゃ、地球を救う話に行きつかなかったろ」
恐る恐る片目を開けると、呆れたように私を見ている。
「つまり、俺がツクモと出会ったのも運命の一部だ」
「じゃあいいんですか……?」
またミュートさんの顔が歪む。
私もつられて眉根をよせるが、ケインさんがくくくと堪えながら笑った。
「ミュートは素直じゃないね。彼はね、君が運命の人だっているんだよ」
「え――」憂鬱だった頭の中が、風が吹いたように澄んだ。「それって私のこと好きなんですか!」
彼はバツが悪そうに顔を背ける。
「好きにしろ……」
「はい!」
私は勢いあまってソファの上で抱き着いた。




