逃走
行き先が決まったところで、私は助手席に乗り、ミュートさんがシートベルトを締める。追加の席がないケインさんは、私の後ろで座席を抱きかかえて耐える方針だ。
「トライズのエンジンを点けたら、政府の人間たちは一斉に気づくはずだ。止められても無視して発進してくれ」
「はぁ……今回は穏便に出発できたとおもったのに。やっぱりこうなっちゃったか」
「船をでるたびに毎回こんな調子だったの!」
驚愕するケインさんに、ミュートさんが口元を緩めた。
「ほらいくぞ」
ミュートさんの合図に、私はエンジンの始動ボタンをタッチする。
船内の各所にライトが点灯し、エンジンが唸り声を上げた。オンライン回線となったモニターにはすぐさまピアス政府のアラームが表示される。
『発艦許可が下りていません。手続きを済ませて待機してください。繰り返します――』
ミュートさんは無視して、操縦桿の下部についている小型のハンドルを回す。これまで使わなかったけど、着陸時にタイヤを操作をするハンドルらしい。
私はマイクボタンを押してスピーカーを入れた。
『整備員のみなさん、ツクモとミュートさんのトライズは滑走路へでます。危険ですから離れてください』
ゆっくりと動き出すトライズに、さきほどより強い警告表示が出る。
『直ちに船を停止してください。繰り返します――』
私は即座に外部アクセスを遮断した。
モニターから警告が消えてスッキリだな。
トライズが格納庫を抜ける。数台の飛行機や宇宙船は見えるが、こっちに向かってくる気配はない。
「トライズ発進する」
「発進!」
私の掛け声に、核融合炉エンジンが熱を放ち、船が急加速する。瞬く間に時速300キロを超えると、トライズは船首を上げて上空へ飛び出した。
レーダーが一斉に赤い点で表示する。上空の飛行機、地上の防衛システム、軍事重要基地などおびただしい数だ。
トライズが垂直軌道を描くと、着陸用のタイヤをしまう。
そこへ高速で接近する二つの点を捉えた。私は外部アクセスを接続すると、高速軌道の一点から回線が入ってきた。
『こちらピアス空軍戦闘巡洋機。いますぐ船を減速させ空港に戻りください。指示に従わない場合は当国の危険分子として拘束します』
「こちらはフェアリーズツクモ。99条ツクモ法に置いて私たちの前から離れてください」
『ほんとか!?』
回線の先で慌ただしい声がする。
『音声ならびに肖像画面では、本人の特定はできません。そうであればなおのこと大人しく指示に従ってください』
ミュートさんの舌打ちが聞こえる。
案の定というやつだ。100年が経とうとしているピアートで、建国前の生きた人間がいると考えるのは想像しづらい。まして渦中の人間が、自分から名乗り大統領より上の権限を行使しようとしている。疑わしくなるのは当然で、私の偽物が現れてもおかしくない。
「ミュートさん、無視して逃げてください」
「100年後の戦闘機か。お手並み拝見だな」
トライズは垂直軌道から水平に流れて急加速を始める。激しいGに襲われながら、雲を切り裂く愛船の姿を捕らえる。
レーダーでは赤点が背後をとり、少しずつ接近していた。背部モニターから戦闘機のノーズが見える。ドリルのついていない、美しいフォルムだ。
地図上では海の上にいるが、港から近いほど政府の電磁レーダー範囲になる。漁業などの民間船と接触したら、被害者に顔向けできない。
「げげ」
戦闘機がぴたりと背後についた。ロックオン表示され、むこうのボタン一つで誘導兵器が発射される。
「どどど、どうしますか?」
「慌てるな。重要人物の候補をむざむざ殺すことはしないだろ。トライズのシグナルは本物だからな」
「じゃあロックオンの意味は?」
「電磁ジャック弾の一種だ。着弾すると操縦系を乗っ取られる」
「まずいじゃないですか!」
「だから振り切る」
ミュートさんが宙がえりを始めるが、戦闘機も急に減速して後ろをくっついてくる。距離が全くずれていない。
するとトライズは急に減速して、機体を水平にして垂直落下を開始した。下に強いGが生じるが、ミュートさんは涼しい顔をしている。ピアス軍の戦闘機が真上からノーズをこちらに向けている。ミサイルとは違うパルスレーザーが撃ち込まれ、モニターにいくつものノイズが発生する。
これも電子攻撃の一種か?
「さすがに技術レベルも違うか」
「トライズはいい船なのに!」
「汎用宇宙船と、戦闘特化型ではスペックが違う」
ミュートさんは一瞬の電子制御が戻った瞬間、急加速して海を目指す。
座席の後ろでケインさんのうめき声が聞こえるが、振り向く暇がない。
すぐさま戦闘機が後を追ってくる。その瞬間、トライズが煙幕を放って、一瞬視界を遮る。戦闘機が一瞬、減速した瞬間、ミュートさんは落下しながらトライズの運用パタンを切り返る。
「ちょ!船の速度が速すぎてぶつかりますよ!」
「ドリルを頭に出しているから衝撃は流れるはずだ」
また無茶なこといって!
咄嗟に防御壁のシールドを展開して衝撃に備える。
視界が海に覆われる。モニターが海に触れると運転席に激しい振動が起こった。
着水したトライズは一気沈み、すぐに背部のスクリューが回り始める。
ライトは見つかるので点灯しない。レーダーでは空の戦闘機が水面までくるものの、着水できずに浮遊した。
おそらく海軍に連絡するだろう。
私はモニターを切り替えて船のダメージレベルをチェックする。
各所不具合はでているが、軽微といったところか。またも愛機が傷だらけになって心苦しい。落ち着いたら側面のボディを撫でたいくらいだ。
船が落ち着くと、ケインさんがすぐに操舵室を離れた。おげええと声が響いてくる。
もはや通過儀礼だなぁ。
一仕事おえたミュートさんは呆れるように肩をすくめた。




