逆らう者たち
「おい、何を騒いでいる」
ドアを開けてやってきたのは、私たちを連れ出したジェミさんだ。
最初はスーツで年齢もよくわからなかったが、くたびれたシャツにジーンズ姿から私より一回り年齢がいっているのがわかる。
「私を捕らえた理由を聞いていたんです」
「協力する気になったの?」
ジェミさんは私を蔑んだような目でいう。
「……残念ながら難しいとおもいます」
「だったら力づくで従ってもらう。こっちにこい」
向こうは銃をチラつかせて私を立たせた。ここで反抗してもどうせ暴力を振るわれるのだろう。面倒だし素直に従う。
軋む廊下を歩いて隣の部屋にいくと、椅子に縛られたミュートさんがいた。ご丁寧に、背もたれに腕をくくりつけ、椅子の脚に足首が固定されている。口元はタオルで喋らないようにしていた。男性だから厳重にしているのだろうか。
ミュートさんの目は獣みたいに鋭く、隙さえあれば喉元を描き切るような冷たい殺意がある。そういえばこの人は軍の出身だったな。
ジェミさんはそんなミュートさんに不敵な笑みを浮かべた後、私に向いた。
「ツクモ様。私たちはあなたに平和的に解決してもらいたいの」
「そういうなら早く解放してください」
「あなたが条例を制定してくれればいつでもそうする。そのあとは、リゾート地でも惑星の裏側でも好きな場所にいけばいい」
「……てっきり大統領や大富豪になりたいといいだすとおもっていました」
「見損なうな! 我々はそんな低俗な悪党じゃない」
ジェミさんは後ろ向きで壁を殴った。ほかの女性陣も同じ気持ちなのか、何度も頷いている。
「ツクモ様のことは私たちもリスペクトしている。ピアートを救った英雄なら、ピアートの人々のために協力してほしいといっているんだ」
「そうおもうなら縄くらい解いてください。私はただのブラックホール研究員です。戦闘訓練はおろか、運動神経も音痴で、あなたたちにすぐ捕まります」
ジェミさんが黙って顎を動かすと、兵士の一人がナイフを出して私の手首の縄を切った。
胸に手を置いて深呼吸する。
「――私はあなた方に協力はできません」
「なぜだ」
「この星が再生できたのは、イース人たちと中央政府の尽力があったからです。決して私だけの力じゃない。どちらも欠けていたら不可能だったから、肩入れできないといっています」
ジェミさんが近づいて私の胸倉をつかんだ。
殴りかかってくるとおもったが、そうでもないらしい。
私の頭はいつになく冷静だった。
「力づくで従わせる前に、ほかに努力できることがあったんじゃないですか」
「バカをいうな。我らも訴えた。宙にいるやつらが衛星を管理している以上、こちらの要求はのめないのだ。搾取されるのはいつも我々だ」
ジェミさんは掴んでいた胸倉を押しだした。私は後ろに下がりながら、足を引いて踏ん張る。
ジェミさんは踵を返して私に背を向けた。
「私の家は貧しかった」ジェミさんの声が震えている。「父と兄はたいした仕事にありつけず、政府の要請で仕方なく人口太陽の維持の業務にあたった。だけど、あの太陽はいまなお不安定だ。鉱炉内を検査していたとき爆発して、父と兄は死んだ。帰ってきたのは紙切れ一枚だった!」
「だからって奪っていいんですか。オーリスを」
「そもそもあれは我々のものだ! この一帯の宙域はピアート星のものだと、やつらの法律にも書いてあるだろうが。やつらが解釈を歪ませて自分のものにしているだけではないか」
私は小さく息をついた。
「あなたの家族や人生は同情します。その悲しみが癒されるなら、私の権力をつかってもいい。でも、あなたはこの星の歴史を学んだのですか」
「当たり前だろ」
そういって首だけ回してこっちを見るジェミさん。
「だったら!」話していくうちに語気が強まった。「あなたがたの先祖はどんな想いで深海の基地で眠りについたかわかってください! 死にゆく星を眺めながら、一縷の望みを託して永眠したんです。いつ報われるかもわからない想いを抱えて」
ジェミさんが身体をこちらに向けた。目に怒りが宿り、歯を食いしばりながら、私の右肩を強く押した。
私も倒れまいと足に力を込めて踏ん張る。
「お前に何がわかる!」
「それはこっちの台詞です! 勝手にブラックホールの中で生まれて、政府の人たちに好き勝手にされて。私だって国や血筋を誇れる過去が欲しかったんだ!」
「そしたら反旗を翻せばいいだろ」
「ふざけるな!」
怒鳴りながらジェミさんの顔に迫った。鼻先があたるくらいお互い近くで睨んでいる。
「この国を作ってくれたのは誰だ! 宇宙政府のミレイヤさんなんだぞ! あの人には夢があった。人類がより進化していく様をずっと見ていたいと語ったんだ。なのに、ピアートの人々のためにその夢を捨てて、自分の生涯を捧げた! あなたはその犠牲の上にいることを何でわかってあげられないんだよ!」
「過去の偉人がよくても、いまを生きる人間が腐ってるなら意味がないんだよ!」
私は拳を握る手に力がこもる。
「何がリゾート地だ。私たちは宇宙貴族の道楽のために犠牲になっているんじゃない! だからあんたの名前をつかって取り戻すんだ。海も空も、この土地も。すべてピアート人のものだ!」
瞬間的に頭が沸騰して、腕が自然と動いた。
私の開いた手は、目の前の女性の頬を激しくぶつかる。柔らかな皮膚が振動する音が、薄汚い部屋に響き、私の手と彼女の頬は赤く熱を帯びていた。
「それで、宇宙の人を排除して、そのあとどうするのさ。
あの月はね、いまでも命を削っているの。私が無理やり引っ張ったから本来ある星の寿命をなくして、あなたたちに光を与えているの。だけど星の寿命はいつか尽きる。もしかしたらそれは明日かもしれない。そしたら、また極寒に逆戻りなんだよ。誰がそんなあなたたちを助けてくれるのさ!」
「そんなこと――」
「知らない? 冗談じゃない! ナグ君もミレイヤさんも未来に生きる人のために尽力した。二人がいたから、いまのあなたがいるんでしょ! だったらあなたも未来のために努力しなきゃだめなんだよ!」
「うるさい!」
彼女が瞳孔を大きく開いて私に腕を伸ばした。首を包まれ指先が根元のように絞ってくる。
苦しい……。
だけど、泣いて謝るものか。
私のほうが絶対に正しいんだ。
「お前はただの道具だ、私の指示に従っていればいいんだ」
「ジェミ、落ち着いて!」
声とともに室内に銃声が響く。仲間の一人が天井に弾を撃ったのだ。
彼女は私から腕を放し、仲間に視線を向けている。解放された私は、ごほごほと呼吸を整えると、改めて彼女たちをみた。
「な――」
仲間の銃口がミュートさんの頭部に向けられている。
「この男がどうなってもいいのか」
「それは卑怯だ! ミュートさんは関係ない!」
「彼氏が傷つけられたくなければ、いうとおりにしろ」
ミュートさんは怒ることも、怯えることもなく私を見つめた。
『俺にかまうな、好きにしろ』
そういっているみたいだった。
私は目頭を押さえると呼吸が苦しくなった。
なんでこんな――そうおもった矢先、部屋の中心から、オレンジ色の眩い光が光源もなく現れた。視力を奪うほど十分で何かの爆発くらいの閃光だった。
その光には見覚えがあった。
――まさか。
ジェミを含めた彼女たちと違い、私とミュートさんは少しだけその光になれていた。
私は咄嗟に、椅子に縛られたミュートさんを押し倒して壁になる。光の収束と同時に、男性のズボンが見えて、そのごつごつした腕が、女性兵の手を叩き、拳銃が床に転がった。
その人物は、抱き合っている私たちに触れる。彼の身体の中心から熱い熱が吹き出し、視界がまたオレンジ色の光に包まれ――私の意識は消滅した。




