生命の海
「ではツクモ様、ミュート様、こちらへ」
車のときから一緒にいる執事さんが、廊下へ案内する。
そこから上階にいって、人気の少ない廊下を進むと、四方が黒くなったシアタールームに通された。
「終わりましたら参りますので、ここでお待ちください」
執事さんは頭を下げた後、光の漏れたドアを閉じた。フットライトが消えて、ミュートさんの顔が見えなくなると、きらきらとした音楽が流れ、地面からゆっくりと3D映像が現れた。
ーーそれを見た瞬間、私は口元を抑えた。
目頭が熱くなる。なんども涙をぬぐうとその映像を目に焼き付けた。
「お久しぶりね、ツクモ」
「ミレイヤさん!」
とうにいないことはわかっていても、話しかけずにはいられなかった。
映像は、椅子に腰掛けたミレイヤさんと、その傍らにいる大柄で精悍な顔つきの男性――ナグくんがいた。
二人とも髪は少し白く染まり、顔に深いしわもある。だけど生気ははっきりと表れていた。
「約束をやぶってごめんね。トネリコへ行きたかったのだけど、さすがに難しかったわ。だからメッセージだけ送ろうとおもったの」
「ツクモ、ミュート。星を代表して二人に心から言いたい。ピアートを救ってくれてありがとう」
もはや少年の面影がないナグ君に、私は肩を小さくして会釈した。
「私もツクモたちと一緒にこの宇宙の歴史を見届けたかったわ。けど、ほかに使命ができたみたい。少し残念だけど、私がこの星の歴史の一端になれたことは誇りにおもう。だから悔いはないわ」
「はい!」
「それと、子供に恵まれたわ。あなたたちフェアリーは過去がないと悲しんでいるけど、私は関係ないとおもう。命を与えられた者は、誰しも使命がある。だからあなたなりの使命を見出して立ち向かってほしい」
ミレイヤさんは袖から、一指し指を立てた差し棒をこちらに向けた。
「それからミュート。ツクモのことは頼んだわ」
ふんとミュートさんは小さく鼻をならす。
相変わらずだなぁ。
「最後にツクモ。あなたのためにプレゼントを用意したわ。何かあったら子どもたちを使いなさい。みんな従うはずよ」
大人になったナグくんは両手を重ねた。
「宇宙の繁栄を祈ってメッセージを終える」
「ありがとう。二人とも来世で待っているわ」
頷く私の横で、ミュートさん「いやなこった」と呟いた。
このひねくれもの!
ミレイヤさんたちの姿が消えて音楽が止むと、シアタールームに照明が灯った。背後のドアが開いて執事さんが出迎える。
「こちらは、ミレイヤ様とナグ様がお二人だけに向けたメッセージとなります。とくにミレイヤ様は最期までツクモ様を気にかけておりました」
私はハンカチで涙を拭いた後、
「あの、お墓参りにいってもいいですか?」
「ええ。お二人ともお喜びになりますよ」
「それじゃあミュートさんいこう」
「……辛気臭いのは好きじゃないんだが」
ミュートさんは頭をかきながら、それでも後についてきてくれた。
滞在するホテルで昼食(恐ろしく美味しいフルコース)を済ませた後、高級車に乗って地平線の見える丘についた。正面には石のモニュメントが置かれていて、そこにナグ君とミレイヤさん、そのほかの名前が刻まれている。
葬儀や墓地は惑星の文化によって違うらしい。
大半が海のピアートは、生命は海に還るという信仰があるため個人の墓はない。遺体は火葬されて、その骨を海に流すという。そして故人は、巨大なモニュメントに名前が入るのだ。
石のモニュメントに「ナムアミダブツ」と呟いて踵を返した。一瞬、ミュートさんが怪訝そうな顔をしたけど、何もいってこなかった。
少し不敬かな。
でも、あの二人なら笑って許してくれる気がした。
そこから10分ほど移動すると、漁港に着いた。
いくつもの船が並ぶ中、船着き場にはセーラー服を着た男性が直立しており、その近くには楕円形のカプセルみたいな船が停まっていた。
私たちが海軍らしき人に挨拶すると、
「これって潜水艇!?」
「そのとおりです。ツクモ様が海の生物がみたいと望んでおりましたので」
「やったー!」
嬉しくて飛び跳ねた後、後ろのミュートさんに抱き着いた。トライズでも行きたかったけど、ちゃんとした潜水艇のほうが風情がある。
はしゃぐ私にミュートさんが頭にチョップをしてきた。
少し痛い……。調子に乗るなって言いたいのか。
ミュートさんは何もいわないまま、腕を組んで潜水艇を見下ろしている。自分で操縦できない分、不服なのかもしれない。
タラップに足を乗せて、梯子で船内に入る。宇宙船に比べて狭く、部屋も操縦室とトイレしかない。操縦室に用意された椅子に座ると、潜水艇は天井部に蓋をして水の中へ入った。
機器を映していた操縦席が全方位モニターに切り替わる。
その途端、マリンブルーの世界が広がった。
すごい! 立体映像じゃなくて本物の海だ!!
最初に目についたのは赤い表面に白模様の鱗をした魚だ。カクレケマノミだったかな。するとすぐに黒と黄色のツノダシ、青色のナンヨウハギなど彩ある魚たちが視界に入った。潜水艇は砂地が積もる浅瀬を進んでいくと遠方にカラフルな地帯が見えてきた。
「あれってサンゴ礁ですか!?」
「はい。卵がかえってから90年ほどしか経っていないので、規模は大きくありませんが」
「早く見せてください!」
運転手さんはにこりと笑い、モニター端末に触れた。
潜水艇のモーターが唸る。移動速度が速くなり、周囲の魚が慌ただしく避け始めた。砂地には甲殻類が興味深そうに船を追っている。カニかエビか、お昼に食べた味を思い出して愛着が増した。
潜水艇が減速すると、サンゴ礁地帯に入った。葉っぱのない枝分かれする桃や緑や茶色のカルシウム郡は、海を幻想的の世界に塗り替える。さきほどいた色とりどりの魚たちも、そんなサンゴに隠れて、私たちの来訪を心細そうに見つめていた。
サンゴ礁郡を優雅に一周した後、潜水艇は砂原を過ぎて海原に向かった。
すると今度は銀色の腹をもつアジの魚群と出くわした。
潜水艇すら飲み込むくらいの物量に目を奪われていると、クジラのような皮膚をもつ哺乳類が、高速で魚群に近づいていく。
それはまさに海のパレードだ。
生命の源といわれる海をこれでもかと堪能できている。
生きていてよかった……。感動で目に涙が浮かんだ。
でも、私の飽くなき欲望はさらに拍車をかけた。
「船長さん、次は深海にいってください! 深海生物もこの目で見たいんです!」
「わかりました。ですが、深くなればなるほど巨大生物もいます。見つけた際は知らせてください。強い電磁波で撃退しますので」
船長さんはそういうと、アクアブルーから群青色の濃い海を目指していく。潜れば潜るほど空からの光が届かなくなり、潜水艇は二つのライトであたりを目指す。
トライズで深海は何度かいったが、光のなくなった海が途端に怖くなる。重苦しい光のない海は、死の世界という言葉が似合っていた。
途中でやたら目玉の大きな魚や、ムカデのような足が複数ある胴長の生命を見かけた。彼らが、海面で死んだ魚たちを餌にして生きているのだろう。
ミュートさんはどうおもっているのだろうか。
横顔を見たら、無言で海の闇を眺め、そしておもむろに口元を緩めた。
相変わらずだな、もう。
結局楽しんでいる姿に、私もにやにやしてしまった。
さらに深い場所へ進むと、潜水艇の倍以上はある巨大魚と出くわした。その大口がモニター全体を包むと、雷のような激しい音がして、巨大魚は何かを諦めたように口を閉じて闇に消えていく。
食べられそうになるのか!
無言で驚ていてる私だが、船長さんは疲れた顔で私の名前を呼んだ。
「これより下は生物もより少なくなります。少し海上へいかれてはいかがでしょうか」
「わかりました」
素直にうなずく私だけど、ミュートさんは名残惜しそうに床下の世界を見つめていた。




