理由
「ありがとうございます、かばってくれて」
へこへこ顎を上下するけど、返事はない。彼は黙々と虚空を眺めている。
困ったなぁ、コミュ障がすぎる。 もしかしてほかの仕事ができないから、パイロットしかやれないんじゃないか。
疑わしい目で見つめていると、羽虫を祓うかのように手で遮った。
私の考えを読めるの!?
とにかく、静かなほうが好きらしい。
いろいろ話したいけど、向こうが必要とするまで待とう。
私はいろんなことを諦めて隣の座席に着くと、バックから小型デバイスを出した。
起動画面が終わる間、操縦席にいるミュートさんに向いた。
「あの、無理を言ってすみません。レグダまでの運送料いくらがいいですか?」
ミュートさんが静かに首を振った。
「それはダメです、せっかく無理をしてくれたのに」
「代わりに俺を連れていけ。調べたいことがある」
意外な申し出だった。船もクルーもレグダで揃える予定だったけど、その手間が省けそうで助かる。
――とはいえ問題点も多い。
「強酸性の水では耐えられないって聞きましたけど、この船は大丈夫なんですか?」
「無理だ。プランを練ろ、費用は俺がだす」
バカな! いろいろ頭ぶっ飛んでる。船の改造なんて考えたことないし、私のワガママでそこまでやってもらう必要ない。
「普通に考えたらメリットないです。トネリコから強引に出ていったし、クビになるかもしれないんですよ」
ミュートさんは無視するように、ドリンクホルダーにささっていたストローつきの紙コップをくわえた。
「一緒に来てくれる動機が知りたいんです! あ、お金じゃないなら身体ですか、その……どうしても、というなら、覚悟……しています」
ちょっと怖いけど仕方ない。でも、男の人がそういうのを好きなのは事実だし、テラのメディアでも、ネタとして使われてるくらいだし。
静まり返る中、彼がおもむろに作業着から何かを出した。小分けされた一口サイズのチョコレートだ。包装紙を開けると彼は一口入れて口を動かす。そしてもう一つ手に取るや、そっと私に向けた。
え? くれるの? よくわかんないんだけど。
「ありがとうございます……」
ためらうのも気が引けたので口に含める。
うぅ、苦い……。糖分が少ないやつだ。
まるでこの人みたい。恨めしく思っていると当人が口を開けた。
「――過去がない俺たちは、何かが足りないと思いながら諦めていた」
唾をのんで苦味を消す。じっとミュートさんを見る。
「けどあんたは求めた。それが、理由だ」
ミュートさんはまたチョコレートの包装紙を開けた。
ますますこの人のことがわからない。でも、ほんっっと、よくわからないけど、わかる気がする。
任期を終えるフェアリーたちがいる中、彼はずっとトネリコに残った。やりたいことがないって噂だ。私だって、生き物という興味もなかったら、ブラックホールの外にいく理由がなかった。私たちは愛されて生まれてきたわけじゃない。必要とされているからでもない。
自分の生まれた意味が希薄だから、任務に縋りたいんだ。
「座席を固定しろ。ブラックホール圏内を出る」
「はい!」
慌ててシートを伸ばして肩から胴体を固定する。うぅ……小食だから身体が緩い。
まっさらな宇宙空間に出るなんて初めて。引力の圏内を抜けたら、逆らうものはなく、何かに衝突するまで延々と飛び続けることになる。宇宙ってやっぱりすごい。
なんかドキドキする。
全てを飲み込む、死の頂き。宇宙の墓場。その極地から解放される。
緊張が走る。
巨大ディスプレイにはうっすら点々とした光が見え始めた。
人口重力が備わっている船内で、背中から感じる重圧が和らぎ、身体が前にのびていく。錯覚だとわかっているのに。
そろそろ――来た!
漆黒の世界から宇宙の輝きに包まれる。
そこは光の雨だった。色とりどりの小さな光がこちらに向いていた。
すごい、これが宇宙! あの小さな輝きが惑星なのだ。
いつもはデータでしかわからないけど、あんな巨大なものが、この宇宙に、無限大にあってそれぞれ輝いているんだ!
「300時間後、惑星レグダに着く。寄り道はなしだ」
ミュートさんは操縦桿奥のディスプレイをいくつか触る。立体の星図が開き、その一部を推すと、船がオート操作に切り替わった。
「あとは好きにしろ」
ぶっきらぼうに言い捨てた後、彼は操舵室を出ていった。
悪い人じゃなさそうだけど。
変な人。




