NO.10
一刻も早く母船「トネリコ」から脱出しないと。
先生は、半年後に政府が出発するといっていた。ここで過ごす1日分は、無重力空間で1年と4分の1になるから、昼を過ぎれば半年後だ。彼らより先に着かなきゃ。
中央政府のコロニーから惑星ピアースまで23万光年は離れている。トネリコから3万光年なので距離だけで言えば私のほうが近いだろう。
だが、ゾンブレロ銀河の技術では、いまなお光の速度を越えることも、任意にワームホールを生成し自由に行き来することもできない。使えるのは、各惑星や宙域に点在する天然のワームホールと、開発途中のワープ装置だ。
惑星ピアートへいくには、兎にも角にもこのワープ装置のあるコロニーステーションへ向かわなきゃならない。もし、研究対象の星が政府側の場所にあったら私は諦めていた。
……そんなことを考えながら宇宙船の格納庫を目指す。
支給された作業ブーツの踵が床に当たってカンカンと小刻みに鳴り響いた。
任務上、船の格納庫へいくのはほとんどない。普段の仕事は調査班がもってきたデータ分析と、仮想モニターでの科学実験、未発見の物質の解明や研究だった。船に乗る事はなかった。
焦りと不安と緊張で、ツナギの中が暑くなる。格納庫前の重い扉の前に立つ。横には手を入れる四角いポケットがあり、そこに細い指先を入れるとピッと電子音が鳴った。体内に入ったマイクロチップの認証が済んだようだ。
ドアが開くと、吹き抜けた空間が目に飛び込んだ。基地内の狭い通路が嘘みたいな広さだ。普段使ってる食堂の五倍くらい。高さだって別格だ。
正面には四機の調査船が止まっている。どれも白を基調としたカニを彷彿とするデザイン。中央の四角は操舵席や居住スペース、頭についている二本はマニュピレーターでブラックホール圏の物質や、そこにある惑星の石などを掴むことができる。後部は複数のスラスターで270度まで曲がる。
これじゃない……。
調査船ではたどり着けない。これらは研究用システムが搭載しているだけで長距離移動には向かない。燃料や食料は長くて1か月程だ。
スパイダー型AIが外装を点検する様を横目に、壁際までくまなく探す。
絶対にあるはずだ。格納庫データを調べて見つけたのだ。
…………!
それは調査船の陰に隠れていた。
白色のボディとは反対に、格納庫の壁に擬態するように止まっている、黒に近い紺色の船。流線形のボディに大気圏内で飛ぶ戦闘機のような両翼。その下は障害物を除去する砲門がついていて、凛々しさが醸し出している。後方部には分厚い点火型のエンジンが二基。明らかに航空をメインに置いていた。
――これが私物なんてすごいなぁ。
所持者はフェアリーズNO.10のミュート。当人とは顔を見ただけで話したことはない。フェアリーズは現在、飛び番含めて103までいて、私ツクモは99にあたる。NO.10となると大先輩で、現役で活躍するNO.3のツーカ総長の次にあたる。
彼はフェアリーズのなかでも変わり者らしい。兵役中からずっとパイロットをやっていて、他人と関わろうとしない。基本的に無口で一人でいることを好んでいるという。
探査班は20時間前に帰ってきたばかりで、あと12時間は自由だ。人と接しないミュートさんなら船にいる可能性が高いからここまで来た。
てか、外側からじゃ中にいるかわからん。
外部カメラはどこ。正面の外装からむき出しの部分を探し、それっぽいところでボディを叩く。
「すみません、ミュートさん、用があるんです!」
ガンガンガン、ガンガンガン。
やっぱりダメ――きゃっ!
不意に手首を掴まれた。腕がびくとも動かなくて反射的に見上げると、頭の先に無骨そうな男性が私を見下ろしていた。
オレンジより濃く荒れた肌、もしゃもしゃとした長いアゴヒゲ。くたびれた前髪……清潔感に欠けるこの人物が、私の探し人だ。
「あ、ごめんなさい……」
しょんぼりと手を垂らすと、彼は冷たい目で私の腕を放した。
船の外装をなぞるように距離をとると頭を下げた。
「突然すみません、お願いがあるんです。いますぐこの船を貸してください!」
彼が訝しげに私を見下ろす。お前は何者だといわんばかりだ。
ミュートさんはその名のとおり何も言わない。ただ、凄んで圧をかけている。
怯んだりするもんか! こっちだって時間がないんだ。
「いますぐ惑星レグダへ連れて行ってください!」
「…………」
ミュートさんは腕を組んで黙り込む。
やばいレスポンスがない。もう一度訴えるべきか?
「理由は?」
低く、唸るような声だった。一瞬、誰から言い出したかわからなかった。
「理由」
もう一度聞かれた。はっきり告げる彼の声音は凍ったように冷たい。
いや、臆してどうする。私が向かおうとしているのは、もっと寒くて危険な場所だぞ。
肺に熱い空気を入れて彼の目を射抜いた。
「私、衛星ピアートに行きたいんです。あの星には生命がいるかもしれなくて、それを政府に報告したら横取りされそうなんです。信じられますか。やっとの思いで発見したのにお前たちは任務に集中しろって。私、絶対いいなりになりたくない。だから直接その惑星に乗り込んで自分の目で確かめたいんです」
ミュートさんが不愛想な顔で視線を送る。
値踏みされている気がしたが、それより政府への怒りのほうが強かった。
「すごい発見かもしれないんです! ピアートは氷の下に海があって、しかもそこは強酸性で、私の見立てでは、その生物は水底に住んで岩の肌をもった龍の姿をしてるんです。だから船で海底に潜って見つけようと――」
突然、彼の腕が動く――気づいたら右頬を何かがかめ、激しい金属音が鼓膜にぶつかった。痛い! と内心思った瞬間、すぐさま静寂が訪れた。
すぐに状況を判断した。
ミュートさんが私の顔の横にある船の壁を殴ったのだ。
彼は腕を振るわせて睨んでいる。
え、気に障る事いった? まずい、このままじゃ……。
「死ぬ気か?」
「え?」
「海底……酸性……。宇宙船の装甲は酸に耐えられない。そんなことも知らないか」
私はきっと睨み返した。
「知っています。プランだって考えているんです。ミュートさんはレグダまで連れて行ってください。あとは私がやります」
彼は腕を放してじっと私を睨みつける。
脅しに屈するものか。こっちも睨み返してやる。
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脅されても動じない。最悪、気絶でもさせて奪う覚悟はあった。いや、実際はできないだろうけど。
「5分で支度しろ」
一瞬、耳を疑った。両方ともいまだにキーンとしていた。
動揺して瞬きしたが、早くしろといわんばかりに目が告げていた。
「はい!」
返事をすると、ミュートさんがつまらなさそうにそっぽ向いた。
なぜか知らないけど、助けてくれる! 諦めなくていいんだ!
夢中になって来た道を駆けた。マイクロチップで開閉する自動ドアすら遅く感じた。
鉄の細い通路をガンガンガンガン叩いて走る。別のフェアリーが疾走する私をさけて、なんだ?と首を傾げたのが一瞬見えた。
嬉しいやったもう行くしかない!
5分なんて必要ない! 1秒すらもったいない!!
バックパックに小型端末と、最低限の衣類だけ詰め込んで、すぐさま部屋を飛び出した。
またも全速力。でも、運動音痴だからすぐに息切れする。
運動苦手だじぇ。
ミュートさんの仏頂面を想像する。
噂通りの人だ、何を考えているかわからない。でも、助けてもらえた。
そういえば、あの人に壁ドンされたんだっけ。全っ然ドキドキしなかった。
もしかして、これからボーイミーツガール的な少女漫画みたいな展開になったりする?
いや、絶対ないな! だって私は星に恋しているんだから。




