ブラックホールフロンティア計画
事の発端は、約5000年前に遡る。
私の帰属する中央政府は宇宙開拓の最中にあった。当時は宇宙連邦が設立され、組織がようやく軌道に乗り始めていた。近郊の鉄惑星から天然のワームホールを発見し、それを主軸に、惑星移民が少しずつ行われていた。
そんな折、政府の科学技術を凌駕する宇宙船団が現れた。彼らは別の銀河人で、宇宙にいる知的生命体に祝してブラックホール内部の観測データを提供した。
観測データは手に余るものだったが、技術を欲した政府は、ブラックホール周辺から調査を行い、渦の中心に迫るという壮大な計画を始めた。
名はブラックホールフロンティア計画。略してBHFP。
その初期段階が私たちだ。
探査について最大の障壁となったのが、リップ・ヴァン・ウィンクル効果――ニホン語でいうウラシマ効果だった。ブラックホールは近づくにつれて時の進む速度が遅くなる。その効果は一日過ごすだけで一年に相当し、長期探査は、研究者の過去をまるごと失うリスクがあった。
AIにやらせるという意見もあった。だが、重力の渦に集まるエネルギー郡には、なぜか人や動物であれば感知できる成分もあり、そうしたエネルギーの解明も必要だった。
そこで選ばれたのが、過去をもたない者――試験管ベイビーだった。
でも、彼らだって世界に一つしかない生命だ。可能性の塊だ。なにより人権団体が許さないのだ。「人間は機械ではありません!」騒がれたら大変だ!
便宜を図るため試験管ベイビーは、期限付きの任務が与えられた。育成期間が終了した後、18歳から22歳まで任務につき、それが終われば自由を与えるというもの。いわゆる兵役だ。
大人になったら旅立つ天使たち。
その意味からフェアリーズと呼ばれた。おとぎ話【ピーターパン】かよ!
これなら人権団体も納得するしかない。本心では彼らもブラックホールの技術は欲しい。
私たちはそんな建前と欺瞞の上に成り立って生まれた。
ほんと、大人は勝手すぎる。彼らは過去がない人間のことを考えたことない。
母親のお腹から生まれた子は、遺伝子やそのバックボーンも背負っている。だから愛情もあるし子育ての気苦労やストレス、もろもろの物語が孕み、その先に人生を見出す。
でも、私たちフェアリーズは与えられなかった。優秀な遺伝子を集めて政府の都合のいいように作られただけ。兵役が過ぎたあとの自由だって、背景に何もなければ使い捨ての道具と同じ。用済みです。後は勝手にしてください。
それで誰が人生の責任をとるんだ!
悔しくて、虚しくて、無価値に思えた。
だから私は没頭した。なぜ生命は生まれるのか。そこにどんな意味があるのか。人間の勝手なエゴじゃない、生命がこの世に生まれて何をなすべきか、その根源的な意味を知りたかった。そう思わなきゃ、生きていても虚しくなるだけだから。
生憎、私の遺伝子には何かを研究することを好んでいるらしい。生物学を研究するうちに、微生物も進化論も、宇宙の謎の一端に触れている気がして夢中になった。
――その生きがいを、私を作った政府に奪い取られる?
冗談じゃない! 生きるっていうのは戦争だ。イレギュラーが多発するのが人生なのだ。それを思い知らせてやるんだ!




