異性
折りたたみの椅子に座るミュートさんは、すべて諦めたように肩を落とした。
カットクロスを開いて首周りを包んだ後、スプレーで髪を濡らした。もわもわした髪を櫛で真直ぐにした後、指で長さを図りながら切っていく。
最初はおかっぱみたいに一直線に切った髪型で少し焦ってしまうが、最後はすきバサミで髪型を整える。きょうまでヘアスタイルなんて気にしないだろうから、シンプルなノーマルヘアでいいだろう。ほかの髪型は練習しなきゃならないし。
演習通りに終わると、凛々しい目元にもしゃもしゃのひげが残った。
「終了です」
シャワー室の鏡には、ミュートさんの死んだような目が少しだけ輝いた。
「顔は自分でやってください」
山のようにもりもりと落ちた髪を布地でふき取った後、かぶせていたカットクロスを取り外した。シートの繊維はなだらかで、足元に髪の死骸を掃除機で吸い取った。
ミュートさんはむき出しの首筋を少しなぞって、鏡越しにじっと見ていた。
え、え??
切ることに集中して気づかなかったが、ミュートさんの瞳がやけに透明に見えた。それだけじゃなくて、細長い輪郭や筋の長い鼻など、これまで気にしてなかったがその美形ぶりに戸惑った。
前掛けの奥にある胸が上下する。え、ええっ? なんで緊張してるんだ、私!
「頭はすぐ洗ってください。いっぱいこぼれますから」
「あぁ……」
ミュートさんはまんざらでもないように頷いた。
私は散髪道具をまとめて抱えると、すぐさまシャワー室を出て、自室のドアに背中を預けた。
やばい! 見つめられた瞬間、どきっとした。
オトナの男性だった……。
あんな偏屈でコミュ障で陰キャなのに!!
もしかしてわざとあんな風貌なのか。いや、ただの出不精! 映画に嵌りすぎてみてくれなんてどうでもよくなるオタク君なんだ。
恩返しのつもりが、カウンターを食らった。
まずい、なんだか気になり始めてきたぞ。
トネリコに恋人はいなかったのか。ミュートさんを好いていた人もいるんじゃなかったのか。そういえば、食堂でNO. 3のツーカ総長と一緒に、ブロンド髪の先輩がミュートさんに微笑んでいたな……。あの瞳は恋していた……。
どうしよう!!
数か月間、ミュートさんと一緒に過ごしていたなんて知ったら殺されるんじゃないか。
落ち着け落ち着け、いまはこの環境だ。
切った髪をかき集めてカツラに戻すわけにもいかない。
私が動揺しなきゃいいだけだ。そうなのだ!
「はぁ…………」
船の費用だったり日用品の買い足しだったり、変形したときの調整だったり、気が張っていたけど、急に精神的疲れが来た。
これから、あの人と、船の生活を続けるのか……。
「思わぬ伏兵だなぁ……」
額に手を置いて、そのまま前髪をくしゃりと掴んだ。
いま、少し、熱っぽいや……




