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WANTED GIRL ~惑星をなおす少女~  作者: 野乃々
序章 旅立ち
1/72

憧憬

 万物の源には一千万種以上の生命がいるらしい。

 ヒレを優雅に動かす、鱗に覆われた魚群。

 海底の砂の上を歩き、岩肌や隙間に隠れる甲殻類。

 プランクトンを摂取し、水の流れに分身を託す色とりどりの珊瑚礁。

 陸と海を行き来する鳥類や哺乳類に、集団で漁を行うクジラ目の動物たち。

 ――透き通るような青の世界で、数多の生命が生まれ失われていく生きた幻想。



 服を着たまま、それを眺めていた。

 イルカが力強く尾ヒレを跳ねてロケットのように通り過ぎ、ウミガメがゆらゆらと私の周囲を回っている。青や黄色の熱帯魚が大きな瞳で不思議そうに私を見ていた。

 憧れだった。

 心臓の内側から湧き出るような憧憬が、虚空の私を満たしているみたいだった。

 この眼で見てみたい。そう思っても願いは遥か彼方。

 私のいまいる場所はゾンブレロ銀河の中心――それもブラックホール探査基地「トネリコ」の中だ。3千万光年先にある、地球(テラ)の仮想現実を見たところで願望は満たされない。

 別の銀河へいくことなど夢のまた夢。私が100歳になっても届かないんじゃないだろうか。いや、さすがに誇張しすぎか。

「はぁ……」

 つまらなさそうにため息をつくと、イルカとカメを割いてスーツ姿の女性が現れる。長い金色の髪がさらりと揺れ、ブラウスから盛り上がるゆたかな胸に、どこか幼さが残る丸く優しげな顔立ち。


 女子の私でも見とれてしまうような容姿だ。

 ずるいと言えばそれまでだけど。

「随分待たせましたね、先生。珍しいんじゃないですか?」

「えぇ……何分イレギュラーな事案でしたから」

 先生は後髪を指でくるくる回しながら苦笑する。


 ――これがAIなんて信じられない。教育されていなければ人でないことすら疑わなかっただろう。

 先生は母船「トネリコ」の統合指令システムで、私たちのミッション・母船の航路・生命活動基盤のすべてを担っている。培養液の中で人間生活の全般を教えてくれたのも先生だ。

 肉体年齢で18歳になる私だが、3次元世界で目を覚ましたのはほんの2年前。

 私ことツクモは胎児ではなく、試験管の中で生まれたデザイナーベイビーだった。


地球(テラ)のデータは人工知能である私も興味深いですね。宇宙技術が突出しているわけではありませんが、文化的活動に様々な可能性を感じます」

「高位の銀河人がブラックホールのデータと一緒にもってきたんでしたっけ」

「その通りです。ゾンブレロ銀河の歴史における『陰の転換点』ですね。私たちが地球(テラ)の言語文化をつかっているのはそうした理由もあります」

 動機が何にせよ、宇宙物理学や宇宙史などを勉強するより地球を知るほうが楽しい。なかでも女の子が主人公のハイスクール恋愛モノは、窮屈な宇宙船生活の貴重な娯楽だ。


「では、ツクモさん。本題に移りますね」優しげな表情の先生が一転、急に真顔になる。「2か月前に送った惑星ピアートの論文結果が戻りました」

 瞬間、びくんと背筋が伸びた。

 遅い、遅すぎる。いったいどれだけ待ったのだ。

 結果よりも政府のおざなりな態度が気に入らなかった。

「また、ですか……。中央政府はほんとに私たちをヒト扱いしないんですね……」

「怒らないで。こちらと時間の進む速度が違いますから。いろんな事情があるのですよ」

「だから怒っているんです! 向こうでは70年以上経っているじゃないですか!」

 先生は手で顔を覆うと深く息をついた。

 こうなることはわかっていた、という反応。そんな表情を見せても私のわだかまりは消えないぞ。


「ツクモさん、落ち着いてください。これは喜ばしい結果なのです。あなたの論文と裏付けるデータにより、惑星ピアートには生命のいる可能性が高いと政府は承認したのです」

「じゃあ休暇をとって探査に行っていいんですね?」

「そのことですが――向こうの時間で半年後、政府は調査団を率いてピアートに向かう運びとなりました」

 はあ?

 喜びもつかの間、一瞬で頭の中がはじけた。

「どうして! 私が発見したんです。いままで死の星といわれて避けていた惑星から、少しのヒントを頼りに導いたんです。疑似映像じゃない、本物の生命が見たいから政府に訴えたんですよ!」

「承知しています。ツクモの熱意は日々の調査結果でわかっていましたし、あなたのメールもそのまま送りました。ですが、我々に任せてくれというのが政府の方針なのです。あなたたちフェアリーはこれまで通りミッションを続けてほしいと」

「なんだそれ!」

 思わず先生ににじみ寄る。私が男の子なら胸のシャツをつかんでいただろう。


「私が生まれてから1200年間、彼らは何してたんですか! ろくに調べもしないで、環境のいい星ばかり探して移住計画を進めただけじゃないですか!どうせ実験体だからぶんどっていいとおもってるんだ! ふざけるな、私だって生きてるんだ! 都合のいいクローンじゃないんだ!」

「ツクモ、気持ちはわかります。ですが――」

「この飼い犬め!」

 当たり散らしても仕方ないのに、先生を罵倒する。


 くそ、やってられるか!

 バーチャル空間を設定する小型デバイスを、泳いでいるカメに投げつけた。デバイスは映像をすり抜けて見えない壁に当たり壊れた音をたてた。

 海の世界から白色に覆われた四角いスペースに変わる。


 未発見の生命を見つけるのは私の夢だ。

 バーチャルじゃない、本物の実感が欲しいんだ。

 巨大ブラックホールが渦を巻いた周辺に、生命などいるわけがない。ここは牢獄だ。外にでなければ自由すら得られないじゃないか。

 もう散々だ! いつまでもいいなりになってたまるか!


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