6話
結局、当然と言えば当然だが昼休みは夕凪と一緒に過ごした。
元々行く気がなかったのもあるが、いつもよりもグイグイ来る夕凪の誘いを断れるほど、俺の肝は据わっていない。
昼食の最中に、昨日蒼井さんと何があったのか聞かれるかとも思ったが、俺の予想とは裏腹に一切そんな話は出なかった。
蒼井さんの話題を出すことも嫌なのか、それとも俺に気を遣ってくれているのか。どちらにせよ、この二日間余裕がなかった俺にとっては有難いことだった。
「本当は一緒に帰りたいんだけど……」
放課後、夕凪は恨めしそうに部活棟を眺める。
帰宅部の俺と違って、美術部の彼女は忙しい。特に美術部は今月終わりにコンクールが迫っているらしく、簡単に抜けられるような状況ではないようだった。
「小さい子どもじゃあるまいし、大丈夫だって」
「楽観的なのが、余計に心配。どこかで待ち伏せしてるかもしれないから、本当に気を付けてね。寄り道しちゃ駄目よ」
「……ぷっ、あはは」
「ちょ、ちょっと!笑うところじゃないでしょ!?」
「悪い悪い。でも過保護な母親みたいなこと言うからさ」
「もう……」
夕凪なりに俺のことを心配してくれているんだろう。その気持ちが有難かった。
高校入学当初はどうなることかと思ったが、こんなに心配してくれる友人がいる俺は、幸せ者だ。
「ちゃんと気を付けて帰るから、また明日な」
「うん、また明日」
俺が見えなくなるまで玄関から動かなかった夕凪に見送られ、俺はまっすぐ自宅に向かうことにする。いつもなら本屋かゲーセンか、少し時間を潰して帰ったりしていたが、今日は止めておく。
夕凪にあそこまで言われたんだ、彼女の気持ちに応えないと申し訳ないしな。
そうやって足早に家路に着いた俺を待っていたのは――
「あ、おかえり新太君。待ってたよ」
「おいおい、嘘だろ……」
ウチの家の扉の前に座り込んでいる蒼井さんだった。
「最近寒いから、早く帰ってきてくれて助かったよ」
「何でウチの場所……橘さんか」
半年間で一度だけ、橘さんがウチに来たことがある。
蒼井さんが知っているなら、それしか可能性はない。肯定なのだろう、蒼井さんは首を縦に振った。
「あはは、そんな露骨そうに嫌な顔しないでよ。傷つくなぁ」
「そりゃあいきなり家に来られたら、こんな顔にもなるだろ」
「昼休みも結局来てくれなかったし?ずっと待ってたのに」
蒼井さんはジト目で俺に抗議する。口調は軽い感じだったが、結構不満げな様子から本当に昼休み俺を待ち続けたようだ。
申し訳ない気持ちもありながら、彼女が勝手に言い出したことなのだから守る義務はないはずだが、俺はやはりお人好しなのだろう。どうしても罪悪感を抱いてしまう。
「……悪かったな」
「あれ、謝ってくれるんだ。本当に皆川君は優しいよね。なんだかんだ言って非情になれないんだから」
「それがモテる秘訣、かな」
「振られたくせに?」
「うるせぇ」
「あはは、ごめんごめん」
蒼井さんの笑顔を見て、何となく橘さんに似ているなと思った。二人は親友だというし、一緒にいる内に似通ったりしたんだろうか。
「で、ウチにあがるなら無理だからな」
「えー、冷たいなぁ。良い感じで話してたし、行ける流れだったでしょ」
「それとこれとは話が別だ。そもそもよく分からない女子を家にあげるほど、俺の貞操観念は緩くはない」
「あらら、酷い言われようだこと。……まあ、ぽっと出の女になびくような奴じゃないだけ、マシか」
もっと抵抗されると思ったが、意外と蒼井さんは納得していた。
昨日の彼女なら押し入ってでも入りそうなものなのに、今目の前にいる蒼井さんからはそんな印象は受けない。
もしかしたら俺は彼女のことを必要以上に警戒していたのかもしれない。
「今週の土曜日、12時にここね」
「これ、メモ?っていうか急に何」
「待ってるから。だから絶対来てね。来るまで待ってるから。じゃあね」
「あ、おい!」
そう言い残して、蒼井さんはさっさと帰ってしまった。
半ば強制的に押し付けられたメモを開くとそこには、彼女の連絡先と一緒に“今週土曜日12時、中央水族館前”とだけ書かれていた。
「……中央、水族館」
一方的なデートの誘いにリアクションは出来なかった。
なぜならその場所は、その場所は――
「偶然、だよな」
俺と橘さんの初デートの場所だったから。