2話
「転校って、また突然だねぇ」
昼休み、昨今では珍しく、解放されている屋上には多くの学生がいた。
晴れ渡る青空の下、思い思いに昼飯を楽しんでいるんだろうが今の俺にそんな余裕はない。
『橘だが、ご両親の都合で引っ越すそうだ。今日付で転校することになったから――』
ホームルームで担任から告げられた事実を理解するのに数十秒ほど掛かった。
そして言葉は理解した今でも、当然納得はしてないわけで。
「何も聞いてないんだよな、俺」
「そうだろうね、じゃなきゃそんなに動揺してないだろうし」
「確かに会うのは気まずいと思ったさ。でもこんなの想像できるかよ」
俺は何も聞いていない。
いくら引っ越しが突然のものだとしても、昨日決まったわけじゃないはずだ。
昨日の放課後まで、俺たちは約半年間恋人だった。それなのに何も、相談すらされなかった。
「俺って、そんなに信用されてなかったのかよ……」
つまりはそういうことだ。
晴れ渡る青空が憎らしく感じるくらい、無慈悲な現実を突き付けられる。
思わず大の字になる俺を、夕凪がすっと覗き込んできた。
「……そうとは限らないと、思うけど」
「下手な慰めならいらないぞ」
「慰めとかじゃなくてさ。引っ越すから別れを切り出されたって可能性だってあるでしょ」
「引っ越すから……こそ?」
「そう。橘さんがどこに行くのかは知らないけど遠距離恋愛って大変そうだしさ。引っ越しを機に別れようと思う人だっていると思うけどね」
「……確かに」
「もしそうだとしたら、新太が何も聞かされてないっていうのも納得でしょ。引っ越しが原因で別れるって、彼氏に言えない女の子だっていると思うし」
「お前、名探偵かよ」
「いやいや、新太が考え無さ過ぎなんだって。普通、引っ越しって聞いたらそれくらいは思い浮かぶと思うけど……新太は自信がなさ過ぎだよ、自分に」
「……仕方ないだろ、相手が相手だ。夕凪だっていつも“釣り合ってない”って茶化してきただろ」
「それは悪かったと思ってる。でも仕方ないとも思ってる、事実だし」
「おいおい。お前は俺を励まそうとしてるのか、トドメを刺そうとしてるのか、どっちなんだよ」
「とにかく!新太が信用されてなかったって決め付けるのは、早いんじゃないってこと」
知らないけど、と付け加えて夕凪はそっぽを向く。
夕凪なりに俺のことを元気づけようとしてくれている、その心遣いがありがたかった。
「……確かに、一理あるかも」
「でしょ。で、どうするの?」
「どうするって?」
「鶴巻が言ってたじゃん。今日の昼にでも引っ越しちゃうんでしょ、橘さん。連絡先もブロックされてるなら、もう二度と会えないかもしれないんじゃないの」
確かに朝のホームルームで担任がそんなことを言っていた。
あの時はショック過ぎて頭に入って来なかったが、よく考えれば夕凪の言うとおりだ。メッセージは送ってないから分からないが、別れた相手をブロックすることだって当然ある話だろう。
今から橘さんの家に行けば、もしかしたら引っ越し前の彼女に会えるかもしれない。むしろ、この機会を逃せばもう会えないような気がした。
「夕凪、俺さ」
「橘さんの家、どこか分かってるの?」
「え、あ、まあ。一度お邪魔したことあるし」
「了解。鶴巻には適当に言い訳しておくから、さっさと行けば?早くしないと、引っ越ししちゃうよ」
「夕凪……」
「な、なに?」
「ありがとう、心の友よっ!!」
「う、うざっ!抱きつくな!」
夕凪は照れくさそうにしながら、早く行けと手を振ってきた。
付き合いは高校からでまだそんなに長くないかもしれない。それでも夕凪と出会えたことは、俺にとっての財産だ。
心の中でもう一度礼を言ってから屋上を飛び出した俺に――
「……はぁ。心の友、ね」
夕凪の呟きは聞こえなかった。