なり損ない勇者
冒険者たちが持ってくる素材を鑑定するギルドの受付に併設されてる酒場に一人の男が入ってきた。安物の革製の鎧を身に着け、あまり手入れのされていない古びた剣を腰に差したその男は酒を一杯注文する。
どうやら受付が混んでいるためにこちらで時間を潰そうというらしい。
酒場の女主人はその男が持っている袋を床に置くのをちらりと目を向けると注文された酒を出しながら忠告めいた言葉を口にする。
「何度も言うけど、無造作に魔法袋をそこらに置くもんじゃないよ、あんた。そんな扱いじゃ盗ってくれと言ってるようなもんだ」
「知っての通り、予備がいくつかあるから問題ねえよ」
その男はいつも通りのそのやり取りをすると、そういう問題じゃないでしょ、と呆れた様子の女主人に絡み始める。
「俺は本当はもっと上にいけるはずだったんだ。だが出てきた時代が良くなかったんだ。もう少し前の時代だったら、俺が魔王を討ててたはずだったんだぜ」
これまたいつも通り、三十年近く前に討たれた魔王を引き合いに出してそんなことを言う男に対して、酒場の女主人は宥めるようにまあまあと言うと、話を変えるために今日はどんな素材を取ってきたのさ? と尋ねる。
すると男は持っていた魔法袋を引き寄せると、中から黒龍の鱗やマンドラゴラの根、ドライアドの実などの希少な素材を出した。
女主人は呆れたように笑う。
「安物の装備でそんなものを取れる実力があるんだから、本当に魔王を討てそうだよ」
「だからいつも言ってるだろ、俺はなぜか召喚魔法がうまく働かなくて魔王が討たれたあとに来ただけで、勇者様とほとんど同じなんだって」
本当なら俺がいまの勇者様の地位にいたってのによ、とぐちぐちと言い続ける男の肩を、女主人は慰めるようにぽんぽんと叩く。そして、だけどいまも幸せでしょう? と尋ねた。
男は急に照れたような表情になる。
「そりゃ、こんないい女と結婚できたんだからな」
男と女主人の指には、お揃いの指輪が光っていた。
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