希望はここに
なんの変哲のないマンションの一角、その一部屋の玄関で二人の若い男女が話をしていた。
「・・・私が行けば、世界は変わるの?」
綺麗な黒髪をポニーテールでまとめ、肩まで伸ばしている少女が問う。
「さぁな。それは──の努力しだいだろう。」
男は語る。年端もいかない学校の制服を着た少女に現実的な言葉を投げる。
「確かに──はまだまだ学生で経験も何もかもが足りない。だが、きっと上手くいくさ」
「そう・・・だね、きっと何とかなると思う。ねぇ私はどうすればいいの?」
自信が少し出てきたのか、少女はニコリと笑った。
「・・・その扉の先に進み続けろ。お前が本当に世界を変えたいと思うならな」
少女はためらうことなく扉を開ける。扉の中は白く眩い光に包まれており、どこか神秘的でもあった。
「じゃあね、行ってきます!」
迷いはなかった。少女はまさに自分の信じた道を進み始めた。残されたのは彼だけだ。
開いている玄関の扉を閉めて仏壇の前に座る。
「迎えは頼むぞ」
気が付けば、仏壇の前に男はいなかった。そして、それが伝染するように、家具も建物も、何もかもが消え始めた。それを異常と認識しないまま人さえもが消えていく。地球が消える。それを消えかけの月と太陽だけが見ていた。この宇宙には天体と呼ぶ星はない。あるのは太陽と月と地球だけだった。
それは、もう、記録には残っておらず、ただ暗闇だけがそこにあった。
今日この日、世界は終わった。
◇◇◇◇
昼下がりののどかなそよ風が吹く。白い雲から顔を出した太陽が優しくすべてを照らす。
のんびりとした時間の中で私は荷馬車の荷台で揺らされながら遠くの景色を眺めていた。
やがて見えてきたのは外周を壁で覆われた街だった。奥のほうには日本城のような建物も見えてくる。
「それじゃあそろそろ到着やな。縁があればまた会うこともあるやろな」
馬の手綱を握る少し豪華な服で身を包んだ商人っぽい細目優男が声をかける。
私は商人にお礼を言い、再び次の街に目を向ける。しばらく眺めていると馬の歩く速度が遅くなる。
街への入り口に近づいたのだ。
入り口の門には門番たちが荷物や身体検査などをしていて、少しばかりの列ができていた。
「それじゃここまでやな。うちはこの信用通行証で先に行かせてもらうわ」
「ここまで送っていただきありがとうございます」
商人は手を振りながら街の中へと入っていった。
それから私も列に並びしばらくして呼ばれた。
「次の方、通行証を出して」
・・・・ナニソレ。いや、確かに前に並んでいた人たちはほとんどが持っていた。持っていない人もいたがお金で解決していたような気がする。私は正直に持っていませんと答えた。
「なら冒険者かそれ以外か、冒険者ライセンス・・・は持ってないな、ならそれ以外か。通行料がいるがあるか?」
私は金額を聞いた後に鞄の中の財布を開いた。中には金色に輝く硬貨がパンパンに入っていた。
それを門番に見せて、あとは軽い検査でこの街に入れる・・・と、そう思っていた。
「これ、使えない硬貨だ」
私は硬貨を盗んだ疑いで取り調べ室に連れていかれた。
「だーかーらー、本当に盗んでないんですって!」
「うんうんそれで?どこから持ってきたのかな?」
言葉は通じるのに話が通じないとはこのことか。さっきから数回はこのやり取りを繰り返している。
いっそのこと隙を突いて逃げようかと考えていた時、ふいに取り調べ室の扉が開き、美しい黒髪の女性が入ってきた。落ち着いた雰囲気を持っているのにどこか無邪気な子供のような幼さも感じられる桜色の柄の和服を着た女性は、私を見て少し微笑んだ。
「この子の身元は私が保証するわ。通行料も私が払うし引き取っていいかしら?」
「あなたがそこまで言うのなら・・・」
私は鶴─もとい、突然やってきた女性の一声で早々に解放され、街に入った。