豊穣と癒しの力
さる公爵令嬢は、不思議な夢を見た。
我が国で信仰している、豊穣と癒しの女神様が現れ、訪れる災いを教えてくれたのだ。
目が覚めた令嬢の手には、金色の神々しい紋章が浮かび上がっていた。
令嬢は、王太子の婚約者であり、国政だけでなく教会運営にも影響力のある公爵家の一人娘。祭主は、女神ディアマンティアナの冠に似た紋章を見て、「女神様からのお告げだ」と確信した。
お告げを授かった令嬢は大変聡明だったので、なんか……なんかちょっとしどろもどろだった女神のお告げを完璧に理解していた。
女神がぼんやりとした記憶を引っ張り出すように話す災いについて、登場した景色や太陽の方角から、落下時期と地点を完全に割り出すことができたのだ。
星の落ちる時期は、おそらく3年後の夏の終わり。
場所は、ダンジエール地方北の黒い森付近。別名、魔獣の森と呼ばれる場所だ。
祭主、王太子、公爵が、災いを回避すべく、王に様々な案を提示し、王はそれを了承した。
第二首都の準備、聖団による大規模守護魔法と回避術の構築、貴族や平民たちへの緩やかな周知、主要施設の強化、備蓄の確保、周辺国への連絡、天文学者たちによる更なる落下状況の割り出し、女神様への御礼。
人間たちは備えた。
そして、3年後。
夏の中旬から、ソレは遥か彼方に姿を現した。
はじめは小さく、だんだん大きく。
日に日に近づいてくる黒い点。
徐々に気温が上がり、地表は乾いて、水は枯れ果てた。大風が吹き荒れ、地上のものを根こそぎ持っていこうとした。
しかし、逃げ出す者は少なかった。
もはや燃える衣をまとった彗星が、目視できるほど近くにきても、みな女神を信じていた。
聖女も恐ろしくなかった。
流れる涙がすぐに乾くほどの熱波でも、女神様が付いている。
高台に新設された第二首都から、聖女は彗星を見上げていた。
はるか向こうに広がる真っ黒な森の上に、アレは落ちるはずだ。
平民は教会地下に作られた巨大な避難所でお互いを抱き合って息を潜め、王と妃、貴族らは王宮の防火室で国の重要品を守っている。
聖女と王太子、祭主率いる聖団、辺境伯、国中から集まった兵士たちは、固唾を飲んで落下の瞬間を待っていた。守護魔法の内側でなければ、目すら開けていられない熱さ。貫通した突風が、千切れそうなほど髪を吹き荒らす。
――くる。
直後、立っていられないほどの地鳴りとともに、彗星は黒い森へ――
『あッ!』
突然、聖女の頭の中で声がした。女神様だ。
「め、女神様!?どうしたんですか!?」
『じゅ、10万人きた!みんなのおかげだわ!ちょっと待って!コレも付与できる!』
聖女の中に、ふっとなにか温かいものが舞い降りた。
『めいっぱい使っちゃって!!』
「これって……!」
――豊穣と癒しの力。




