消えていく感謝と尊敬
同じ頃。
「聖女様は、なぜ私たちと平民を同等に扱うのでしょう」
「我々貴族に対しては、もっと丁寧に時間をかけて施術してほしいもんだ」
「せっかく晩餐やお茶会に招いても、忙しいことを理由にちっとも来て頂けない。聖女とはいっても所詮は平民ね」
貴族たちも不満を覚えだした。
聖女が、貴族も平民も同等に扱うのが気に入らない。貴族に対してはもっと優遇してほしい。やっぱり聖女も元平民だから生粋の上流階級である自分たちとは合わないのだ、と蔑むようになってしまった。ちょっと癒しの力が使えるだけの平民が、ゆくゆく王妃様になるなんて世も末だと言い合った。
さらに。
「あのーこの間火傷を治してもらったんですが、わたしの肌はもっと白かったと思うんです。やり直してもらえませんか?」
「ワシは長い間、医者にかかっていた。でも聖女があっという間に治してしまった。これまで病院に払っていた治療費が無駄になったから、教会が金を返してくれ」
ちょっとした怪我や、一晩眠れば治る風邪でも、ディアのところへ赴いては治してもらううち、見当違いな文句を言う平民も現れた。
そういう人たちの対応に追われ、教会の修道女たちもディアを厄介者扱いするようになった。「聖女様なんだから自分でなんとかしてほしいわ」と、聞こえるように悪口を言った。
王家は、ディアの力を貸してほしければ金を出せと大陸中に伝えた。
教会は女神の教えを説くのを止めた。
貴族たちは仕事をしなくなった。
医術は衰退し、学者たちは研究を中止し、兵士は鍛錬せず、農民は作物を適当に育てた。
なにかあっても、全部聖女に助けてもらえばいいんだ。あの平民聖女はなんでもするんだから。
みんな当たり前にそう思っていた。
誰ひとり感謝してくれなくなっても、ディアは聖女の力を行使した。
「ありがとう」
その一言を、もうずっと誰にも言われていないのに、ディアは無垢で心優しいままニコニコと奇跡を起こし続けた。