巻き込まれた無垢な命 ※聖女主軸
「あ、わ、わた、し……ご、ごめんなさ……」
みなまで言う前に、人垣が崩れたのに気付き、イルミテラは逃げた。逃げてしまった。
暗い中庭ではあちこち松明が揺れている。外門まで遠すぎる。
イルミテラは裏口から邸内に入り、すかさず鍵をかけた。裏口まで追ってきている気配がしたので、再び玄関に舞い戻り、正面扉にも錠を下ろす。
「はあ……はあ……ッ!」
周囲は、再び暗闇に包まれた。遠くで女の泣き叫ぶ声が聞こえる。
イルミテラは自分の両手を見つめた。
――わたくしは、なんてことを。
「…………ご、ごめんなさ、い」
女神が消えたときのイルミテラは、自分の浅ましい計画で国が滅ぶことが怖かった。みんなが死ぬことが恐ろしかった。自分に降りかかる火の粉に怯えていた。
でも今は、ただ苦しい。悲しい。胸が痛かった。
――あんなことするんじゃなかった!女神様がいれば、あの赤ちゃんを助けてあげられたのに……ッ!!
イルミテラはこれまで、陽の当たる道を、前だけ向いて歩いてきた。
留学して勉強して、好きな人の役に立って、国をより良くしていくつもりだった。天国のお母様が誇りに思ってくれるような王妃になるつもりだった。
なのに、今の自分はどうだろう。人の名誉を奪って、公然と嘘をついて、誰かを陥れて傷つけて。
赤ん坊を抱き締めた女と、亡き母の姿が重なる。
平民は領主の財産。家畜みたいなもの。貴族教育ではそう教わる。でも違う。同じ人間だ。もっと早くそれに気が付いていれば、平民というだけで聖女を見下し、憂さ晴らしも兼ねて処刑で脅かすなんて、ひどいことしなかっただろう。
でも気付かなかった。ユースレスに『悪女』と言われたときも、大げさだと本気で笑っていたのだ。
そして、結局こんなことになっている。
貧しい弱者だと踏みつけたものが、遥か高みの存在で、愚か者はその報いを受けているのだ。罪のない赤ん坊をも巻き込んで。
バン!と扉が叩かれ、飛び上がった。再び衝撃音。扉を農具で叩き壊すつもりだ。
「ウソツキ女め」「ゆるさない」「あの女のせいで」「ゆるさない」「元凶がなくなれば」「女神様はきっと戻って」「あの女だけは許さない。偽物聖女だけは絶対に許さない……!」
振り下ろされる力には、はっきりと殺意が宿っていた。
イルミテラは涙と鼻水にまみれた顔で、ふらふらと立ち上がり、あてもなく逃げ惑う。
死にたくない。謝るから許して。誰か助けて。
「もういや……!誰か助けてえ……ッ!!」




