表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/55

モルテ屋敷の異変 ※聖女主軸

郊外モルテ地区の屋敷に着いたときには、既に深夜を回っていた。


明け方まで夜会に出ることもあるから夜更かしは得意だが、今日はいろいろなことがありすぎて疲れ切っている。


モルテの家を取り仕切っている使用人たちに挨拶して、軽い夜食だけ頂く。ベッドに入ると、すぐに眠気が訪れた。


明日にはお父様と合流して、いよいよ旅立ち。


「……さようなら、ユースレス様」






――今、何時なんだろう。


イルミテラは、ふっと目を覚まして、そう思った。


一体さっきから誰が騒いでいるんだろう。閉めたカーテンの向こうがやけに明るい。公園の明かりかしら。ううん、ちがうわ。ここはモルテの屋敷。周りには果樹園くらいしかないはず。


……ャ――――


ハッと身を起こした。心臓が早鐘を打って、全身嫌な汗をかいている。


今の。今のは悲鳴では。


次いで、ガラスの割れるような音が階下から響いた。


わあわあわあわあわあ。


蜂の羽音のような、犬の唸り声のような。なんてうるさい。人間の声。


ベッドから走り出て、カーテンをそっと引き開ける。絶句した。


中庭に黒い人だかりがある。手に手に松明を持ち、(くわ)や斧の影絵が不吉に浮かび上がっている。


ネグリジェ一枚の自分の身体を抱き締める。ここにいては危ない。


イルミテラは裸足のまま自室から出た。廊下は暗闇に塗り潰されている。


「ね、ねえ、誰かいない?」


一歩一歩、慎重に進んでいく。普段住人のいないモルテの屋敷は、広さのわりに使用人が少ない。なかなか人が見つからない。


みんなどこに行ったの。まさかわたくしを置いて行ったの。ばあや、お父様、どこにいるの。


泣いてしゃがみこんでしまいたい衝動を必死に抑えて、とにかく誰か探そうと勇気を奮い起こす。

いつもの家ではないから勝手が分からない。厚いカーテンの間からこぼれる外の明かりを頼りに、手探りでやっと階段に辿り着いた。ここは3階。階下を覗き込めば、やはり闇に沈んでいる。


――怖い。


手すりにしがみついたまま足が動かなくなった。無理だ。怖い。降りられない。


そのとき、かすかな物音がした。


廊下に並ぶ部屋のひとつから、ひとりの男が出てきた。「いやあ、大変だぞ。これは」などと独り言ち、額の汗をぬぐっている。男はカンテラを床に置くと、うーんと背伸びをした。


あまりに自然に現れたから、構えていたイルミテラは出鼻を挫かれた。知らない顔だけど、あの慣れた様子。新しい使用人だろう。


「ねえ、ちょっと!」


男がこちらに気付いた。おや、と首を傾げる仕草。


「一体どういうことなの?みんなはどこ?」


安心して気が大きくなっていた。イルミテラは詰問口調で、男にどんどん近づいていく。


それにつれ、カンテラの明かりで男の風体がはっきりしてきた。


着古したシャツに、ツギだらけのズボン、木登りでもしたような薄汚れた格好。


ぷんと強い汗の臭いが鼻をついた。



――……使用人じゃ、ない。



男は瞳孔の開き切った目でこちらを見つめ


「…………聖女サマ?」


と、口角を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ