ひどい女神様 ※聖女主軸
イルミテラにとって大事なのは、父と今は亡き母の写真。それからチェリーばあや。
ばあやは、幼い頃母を亡くしたイルミテラからすれば母親同然の人。ふっくらとした彼女に抱き締めてもらって、優しくしわがれた声で子守歌を歌ってもらえばすぐに眠れた。
育児期間が終われば田舎に帰されるところだったのを、イルミテラが無理を言って屋敷に残ってもらっているのだ。
この大事なものの中に、ユースレスも入っていたのだけど、今は分からない。
ホットチョコレートをゆっくりと嚥下し、冷え切った身体が温まってくると、少しずついつもの冷静なイルミテラが戻って来た。ユースレスの前であんなに取り乱したのが、急に馬鹿らしく思えてくる。
あれは――女神の降臨は、本当にあったことなのか。
彼女は、本当に女神だったのだろうか。改めて考えると女神にしては俗っぽいし、天に映した映像だって作り物めいていたような。大がかりな仕掛け?誰がなんのために?
イルミテラは首を振った。
本物でも、偽物でも、この際どちらでもいい。
だって、彼女は――女神様はひどい。
これまで様々な災いを退けてくれたのは感謝するが、こんな仕打ちをするなんてあんまりだ。滅びの運命をチラつかせて、最後の祝福はくだらないおまじない。イルミテラが聖女でないことも、分かっていたんじゃないだろうか。だって彼女の加護で聖女の印は現れるはずなのだから。知らないふりをしてこちらを陥れて、右往左往するのを天から見ているのでは。
「そうだとしたら、偽物という言葉もあながち間違ってはいないわね」
とても信仰されるべき存在とは思えない。おかげさまで国はめちゃくちゃだし、ユースとはうまくいきそうもない。
「でも……これで、よかったのかもしれない」
父の言う準備とは、おそらく亡命準備。行き先はイルミテラが留学していた隣国だろう。
後ろ暗いことや上手くいかなかったことは忘れ、再び華やかな場所へ戻るのは悪くない案に思えた。
使用人たちが詰め込んでくれたトランクを開け、ユースレスからの贈り物を取り出していく。全部、王都の屋敷に置いて行くことにした。
「こんなことになるなら、ディアさんに譲って差し上げればよかった」
手の甲で輝いている聖女の印を洗い流しながら、イルミテラは突き放すように呟いた。




