無人の王宮 ※王子主軸
ユースレスにとって、これまでの人生で一番長い夜が明けた。
身体が泥のように重く、喉がやけに乾き、頭が痛い。ベッドに入る前より疲れていた。寝た気はしなかったが、知らない間に眠っていたのだろう。窓を見れば、太陽はすでに中天に上っている。
「おいおい、なんで誰も起こしに来ないんだ」
ユースレスは乱暴にベルを鳴らした。そうすれば、侍女が顔を洗う湯や着替えを持ってきてくれるはずだった。昨日までは。
「……遅いな……何をやってるんだ」
待っても待っても誰も来ない。力任せにもう一度ベルを振ったが、結果は同じ。
ユースレスはベッドから出て、扉を開け、廊下をのぞいた。長い廊下は薄暗く、等間隔に窓から差し込む陽光だけがいつも通りで、あたりは恐ろしく静かだった。
「誰かいないのか?」
ユースレスの声がむなしく反響する。足音も、話し声も聞こえない。
ぐうと腹が鳴った。昨日は夕食も食べずに、着替えだけして気絶するようにベッドに入ったのだ。
仕方なく、ユースレスは人の姿を探しに、長い廊下へ踏み出した。
普段は花がたっぷり生けられている異国の花瓶や、金の額縁にはめ込まれた絵画が無いことに気付かず、廃墟のような王宮をずんずん歩く。
曲がり角まで来て、思わず足を止めた。
「な、なんだこれは……」
廊下中に、ぐちゃぐちゃになったシーツや枕の中身だと思われる羽毛、下着などが散らばっていたのだ。王妃の部屋の近くだったので、母が戻って来たのかとユースレスは、開いていた扉から部屋を覗き込む。
部屋の惨状は、廊下よりもひどかった。
クローゼットは全開で、すべての引き出しが床に放り出され、大粒の輝石がはめこまれていた宝石箱が、表面の宝石だけえぐりとられて壊されていた。中身はもちろんない。
あきらかに荒らされた跡だった。
「なんと浅ましい!王宮に盗人がいるぞ!おい!衛兵ども!なにをしてるんだ!王妃の私室に泥棒が入り込んでいるぞ!」
声を張り上げたが、やはり誰も駆けつけて来ず、嫌な静けさが返ってくるだけ。
そうして、ユースレスはやっと気付いた。
みんな王宮から金目の物だけ持って、逃げ出したのだということを。