第9話
二人で顔を合わせ、ひとまずは大丈夫だろうとYESのボタンを押すとーー。
フロア全体がミシミシと軋み、小さな土片を落としつつ目の前の大きな扉がゆっくりと開いていく。
俺はどこかでたかがゲーム、と驕っていたのだろうと今だから思う。
VR、ヴァーチャルリアリティ。微弱な電波やなんやらで脳にアクセスし、擬似的な睡眠の世界で数多の感覚を無理やり自覚させれる機械。もちろんのことながらセーフティはしっかりとしてあるし、利用者にもその旨を伝え同意を得ている。
故に、開発者側としてはどこまで脳に負荷を掛けて世界観を構築させるのか……その表現への挑戦とプレイヤーへの配慮が必要となる。簡素過ぎればリアリティーがないと言われ、リアリティーが高過ぎれば目が覚めると火傷を負っていたり等など……そういう話には枚挙がない。
そしてこのゲームは主に、プレイヤーの表示形式を簡略化しているゲームだとそう思っていた。そういう意識を持ちつつも景観などには凄まじいほどに熱意を傾けていた。そう、このゲーム……Islands Piratesはそういったモチーフにこそ心血が注がれていたのだ。
「ーーーーーー」
言葉が出ないとはこういうものだったのかと実感させられていた。
目の前に広がる光景は、一言で言うならば財宝部屋と言ったほうがイメージがつきやすいだろうか?だがそんな背景のことはどうでもいい。
広がる金貨、中身が溢れ出ている宝箱、そしてーー、
ーーこぢんまりとした台座に飾られている小さな、とても小さなその煌めき。
表現処理のエフェクトが眩しいんじゃない。
光の表現方法が雑に処理されているわけじゃない。
視線誘導のように自動フォーカスされているわけじゃない。
ーー目が離せなかった。
瞬きすらも忘れ、ーーまさしく見惚れていた。
その小さな輝きはほんのり蒼みが掛かっており、遠目では真っ白な宝石に見えることだろう。あり得ないことだが、宝飾品というものはカッティング技術を用いなければ本当に鉱石としてしか見れない代物である。そしてこの宝石はカッティングされている、人の手が加わっていると思うのだが……ゲームだからその辺りは適当でいいのだろうな。
ふと魔が差したのだろうか?
手に取ってみたいを思った。
腕を持ち上げ、一歩近付くーー。
ーー大きな衝撃と共に視界の隅にある体力ゲージがゼロとなった。
ーー肩を叩かれた感覚が蘇るのと同時に、床に倒れ込む。
ーー目の前が真っ赤になり、10カウントが始まる。その文言の下にはリスポーンまでの時間と書かれていた。
『ーー8ーー』
ーーロバートが何かを言いつつ、俺のアバターから引き抜いた物を思い出す。
『ーー7ーー』
「悪いな坊主。こういうゲームなんだわ……」
『ーー6ーー』
硬質な床を歩く靴音は聞こえるんだなと思った。
『ーー5ーー』
「まだこのゲームを続ける気があるなら……冒険者ギルドの隣の古びたバーに来い」
『ーー4ーー』
それだけ言うとその男の靴音が遠ざかっていく……。
『ーー3ーー』
『ーー2ーー』
『ーー1ーー』
そういえばゲームを始めて、これが最初のリスポーンなのか……とそんなことを考えつつ俺は死に戻った。