第32話 閑話 宝箱
「宝箱」……文字数、約一万字。
主人公の名前を決めました。アキラと名付けます。
(一章の時点では名前決まっていませんでした。名前や固有名詞考えるの苦手なもので……)
実家。と呼ばれた小さな島々の集まりがあった。
そこへ一人自由人が降り立ち、変化を促した。旅立っていった人々がまた集まり、そして神を討った。
新たにこの諸島のリーダーとなる女性の名前をもじり、名付けられた。
ロイーナ諸島。これが新しく誕生した国の名前だった。
そんなロイーナ諸島の生産ギルドの一室。レンタルルームにて、青空の下……一人の少年が大声をあげていた。
「でっきたあぁああああああああ!!!」
その少年。いや中身はアラサーであるアキラはその両手を頭上に掲げ、その手には一つの宝箱があった。
木枠で作られており、その上から金属プレートをはめ、彫金スキルで細工を施し……完成させるまで一週間ほどかかってしまった。
現在、四月の第一週土曜日。
先月の棚卸は何事もなく終わり、今週も仕事量は増えることもなく……しばらくは定時で帰れるんじゃないだろうか?といったところだった。
そっと掲げていた宝箱を芝生の上に置く。
「このゲームすげぇなぁ」
初めに、木枠やフタを木材で加工して組み合わせてた頃に、《木の宝箱》といったものがまずシステムに判定され。
次に、その上から金属プレートを折り曲げ、枠にはめて叩いて……としていくと、《普通の宝箱》といったものに変わり。
そして、彫金で細工や装飾を凝りに凝ったら……《ちょっと豪華な宝箱》となった。
「作ったものに手を加えると、さらに上質なものになったりするんだなぁ……」
もちろん、質的に下がったりもあるのだろうが。
そして、木の宝箱の時点で組み込んだものがある。
宝箱を注視すると、システムウィンドウが現れる。
「こっちも大丈夫そうだな」
宝箱に物を入れる空き枠と、もう一つ。トラップを仕掛けられる空き枠を確認する。
鍵をこしらえて、つけてみたところ……システム的には鍵がある宝箱は罠がある、という判定だったらしい。この空き枠は勝手に増えたのだ。
さてと。確認は大体終わったので、これを出品するとしよう。もちろん開けるためのキーも付けて。
「……ん?あーこれ作成者名つけれるのか」
宝箱のウィンドウ、その隅に点滅しているアンダーバーがあった。
「どうしよ……」
このアバター名をそのままつけるのは……まぁ無いかなぁ、変な人が来られても困るし。
「んーっと……匿名の水夫っと」
……これだけだとあれか、なんかおもしろい印字でもするかなぁ。
「うーん……フタの一部のプレートに文字でも掘るか」
彫金道具から、タガネと呼ばれる金属の棒と金槌を取り出し、慎重に三文字ほど掘る。
「っ!……っ!…………っと」
三文字で名水夫。まぁこの三文字には意味はない。この印字があることが大事なのだ。
「まぁただのサインみたいなもんだけど」
さっそくシステムウィンドウを開き、マーケットボードの項目をタップする。
「出品名は何にするか……無難に宝箱?いや、トレジャーボックスの方がいいか」
漢字よりは目に留まってくれるんじゃないかなと、気楽に出品名を書き込み……。
「値段か」
いくらが妥当だろうか……?
「いや、逆に考えよう」
今、俺には買いたいものがいくつかある。
まずは食材の調味料や調理器具。これらも趣味の範囲ではあるのだが、バフというものに興味があるから試してみたいというのが一つ。
次に釣り竿。
最近プレイヤーの数が倍以上に増えた影響か、デンキクラゲの目撃数が激減した。
「もう水辺で、はしゃげるくらいには安全になったもんなぁ……」
あの頃の俺がした苦労とはいったい……。
ちょっとした桟橋から釣竿を垂らしてのんびりするのも悪くはないだろう、と思う……のでこれが一つ。
あとは……、
「細々した素材の調達かなぁ……今回結構消費しちゃったしなぁ」
リョウマたちに依頼して、採掘をいくらか繰り返しておいたのだが……もう底につきそうな具合であった。
というわけで、三万チップほどに設定して出品ボタンを押した。
「さて、売れてくれるといいんだが……」
広げた道具類をアイテム欄にしまっていると、通知音と共に一つのウィンドウが現れた。
「ん……もう売れたのか。早くね?」
あの宝箱、分類的には家具アイテムとして使ってほしいなぁという思惑で作り出したものであり。
以前、大変お世話になったロバートみたいに、アジトを持っているグループの装飾品として、活用してくれないかなといった感じである。
「……まぁ、売れたならいいか!早速買いに行こう!」
その売上金額を回収し、俺はルンルン気分でレンタルルームから出たのだった。
******
本日の島の気候はとても穏やかで、休日ということもあり比較的……多くのプレイヤーが砂浜を訪れていた。
ある者は波打ち際に流れてきたデンキクラゲを討伐していたり、またある者はその装備を水着に変えて遊んでいた。人が多く集まるということは、少なからず商機があるということでもあり、どこからか屋台を持ち出して食べ物を売り出しているところもあった。
そんなにぎやかな砂浜の中、上にパーカーだけ羽織った水着姿の男の姿があった。
その男は人目につかない静かな一角に座り込み、システムウィンドウをのぞき込んでいた。
「あーこれも買いだな……っとこれもいけるか」
開いていたのはマザーボードと呼ばれるプレイヤー間の取引ページである。男はとある商品を狙って、幾度もページの再読み込みを行っていた。
狙っているブツは、トレジャーボックスと呼ばれるダンジョン産の未鑑定ボックスである。
ここ最近の出来事の影響で、このロイーナ諸島のいくつかに初心者向けのダンジョンが生成された。この砂浜にいる連中も何回かはダンジョンに挑み、少ない宝を持ち帰っている。だが悲しいかな、初心者向けということもあり……鑑定しても二束三文の値段にしかならず、鑑定費用と差し引きすればマイナスになるのである。
すると取引可能アイテムであるそれらは、マザーボードへと流れるのである。男はそれを買いあさり、まとめてどこかへ売りつけようと考えた。
……まぁ、そんな計画はうまくいくはずもないのだが。
「お、新しく出たの結構安いな?三万チップとか」
トレジャーボックス、それ単体でも五万チップにはなる代物である。超低確率でも何かしらレアが出るらしい……という風の噂もある。あくまで噂であるが。
怪しく思いつつ、資金は潤沢なため即購入。その品物を確かめるため、アイテム欄から砂浜に取り出してみると。
「おー……結構悪くない外見してるじゃん?」
鍵が掛かっているのかを確かめるため、一度軽くフタをゆすると……。
「掛かってないのか」
珍しいことに鍵はないらしい。
これは外れだなと思いつつも、男はゆっくりとフタを開ける……。
「…………からっぽ?」
果たして、その中は手触りの良い赤いシーツが敷かれている程度であり、その中央には宝どころか……なんの影も形もなかった。
「ーークッソがッ!」
バカにされたような気分が不快で、勢いそのままに空の宝箱を蹴り飛ばした。
中身もなく軽いその箱は砂浜を何回は跳ねて……波打ち際にぽちゃんと、落下した。
男はその行方も確かめず、
「あー気分わりぃ……なんか飯でも食うか」
荒々しく髪をかきむしりつつ、人気の多い屋台のある場所へと去っていった。
その宝箱のキーを捨てることなく……。
男がいなくなった砂浜はとても静かになった。
蹴とばされた宝箱は勢い余ってなのか、フタが開いたままであった。
しばらくすると、それは大きな波に襲われ……。
再度姿を現した時には、そのフタは閉まっていたのだった。
次に宝箱の前に現れたのは、これまた陽気な格好をした人物であった。
先ほどの男同様、水着姿にパーカーを羽織っている。日差しがまぶしいのか、その男はフードを深く被っているのが唯一の違いだろうか?
「お?これって宝箱じゃね?」
慎重に宝箱に近づき、観察をした男は……意を決して、懐からとあるアイテムを取り出した。
男は手先が器用なこともあり、身内のパーティーの間では罠や鍵の解除もしていたのだ。
「………おっと」
なぜか、鍵が掛かっていた宝箱のその解除難易度は……お世辞にも高いとは言えず、初心者向けのダンジョンのものと同等か、それ以下な手ごたえであった。
まぁ中身には期待せず、ちょびっとだけの好奇心をもってフタを開ける……。
「…………ん?海藻だと?」
彼が手に取ったそれは、どこからどう見ても海藻であった。
「なんで……?」
男の頭は混乱した。不審に思い、もう一度その宝箱を注視すると。
「……まさかこれ、ハンドメイドの宝箱?」
まじで?と声をこぼした男は、もう一つの事に気が付く。
「これ罠もかけれるじゃん……」
人の悪い表情を浮かべると彼は、一つのアイテムを仕掛けた。
小麦粉で作った煙幕である。これを食らった人物は顔面が真っ白になること請け合いである。
「入れるアイテムはどうしようか……?」
うめきながら男は、自らの持っているアイテムを確かめはじめた。
「ある程度貴重なもんはやれねぇしなあ……これでいいか」
男は、手持ちのアイテムの中で使う頻度の低いツルハシを一つだけ入れてフタを閉じた。
すると自動なのか、カチリと音がした。
「すげぇー……これマジで作れるんだなぁ」
生産プレイヤーと呼ばれる人たちがいることは知っていたし、少ない数ではあるが知り合いもいる。
しかし、彼は宝箱を作ったというプレイヤーは一度も耳にしたことがなかった。
一度だけ宝箱のフタをゆすり……しっかりと鍵が掛かっていることを確認し、満足したようにうなずいた彼はそのまま、屋台の方へと去っていった……。
次に砂浜に現れたのは五人の少女たちだった。
「え!?宝箱がある!?」
「……ほんとですねぇ」
「ちょ……罠だったらどうするのよ!?」
「なにかのイベント……?」
「……大きいです」
小学校高学年くらいだろうか?いまだ幼い彼女らは水辺にぴったりな、華やかな水着を着ていた。最近このゲームを始めたのか、一人だけ初期衣装を着ているが本人はいたって気にしていないようである。
活発そうな、オレンジ色の髪をしたサイドテールの子が勢いよく言った。
「それじゃあ、私が開けちゃうよ!」
そのすぐ隣の明るい水色のぱっつん髪の娘が待ったをかける。
「……リッちゃん、いつもはいぃんちょーに任せてるじゃん……?」
「いいの!今日は特別なの!」
と、オレンジの子は抗議するが……馴染みの残り二人は同意するようにうなづいていた。
そのうちの黒髪のショートカットの子は言う。
「なぁ~に~?もしかして、ユイちゃんにいいところでも見せたいのかな?」
乳白色の長髪をゆらしつつ、もう一人の子がうなづいた。
「あぁ、なるほどぉ~。ユイちゃん初心者ですから、お手本を見せたいんですねぇ~?」
と、にこやかにほほ笑んだ。
「べ、別にいいじゃん!」
活発な子はむきになって反発するが、いつもの事なのかほかの三人はからかい続けていた。そのやり取りに嫌気がさしたのか、
「もういい!さっさと開けるよ!」
と、ピッキングツールを取り出し……鍵穴に差し込んだ。
「リツ、がんばれー」
「慎重にねぇ」
「……ほらユイも応援しよう?」
ダウナー気味の子に促されて、紺色の長髪のおとなしそうな子は……ぎゅっと両の手を握り、
「リツさん、頑張って!」
吐き出すように声援を送った。
「まっかせてよねー!これくらいちょちょいのちょいなんだから!」
その手は止まることはなく……カチリ、と音がすると同時に。
「ぶわっ!?」
破裂音と、白い煙が舞った。
「「「「だ、大丈夫!?」」」」
それぞれが心配の声を上げ、煙が晴れるのを待った……。
「けほっけほっ……」
そこには顔中真っ白になったリツがいた。どうやら無事だとわかり、四人は安堵したようにため息をついた……。
「ほらこれ使いなさい」
と、黒髪の少女が小さなハンカチを渡す。
「ありがとう……」
「……調子に乗ったわりに失敗してる……」
「もう、いいじゃん!私、手先は器用じゃないんだよぅ!」
「うふふふ」
「はいはい、わかってるわよ。それじゃ、私がサクッと開けるわね」
黒髪の少女は宝箱に近づくと、同じようにピッキングツールを取り出し……ものの数秒で鍵を開けた。
「すごいです……!」
初心者の女の子は感動したのか小さく手を叩いた。
「くーっ!今度こそいい所見せるんだから!」
「……とりあえず、中身取り出そ?」
マイペースにフタを開けたその子は、中身を確認したあと……動きを止めた。
「あれ?どうしたの?変なものでも入ってた?」
リツが彼女の顔をのぞき込もうと身をかがめ……その彼女が振り上げたものを慌てて避けた。
「…………これが入ってた」
天に掲げていたものは……ツルハシであった。
ぱちくりと目を瞬かせ、
「えぇ……?」
リツは困惑した。
ほかの面々もしばし困惑し……。
「……やはり。これはなにかのイベントなのでは……」
ぽつりと水色の少女が言ったその言葉に、全員がなんとなくそうなのではないかと思い始めた。
「そうか……じゃなきゃこんなところに宝箱なんて現れないもんね!?」
「一理あるわね……」
「ほんとならすごーい!」
「ほんとうでしょうか……?」
若干一人だけ信じていなさそうな気配ではあるが、そんなことを気にする四人ではなかった。
「宝箱の中にはツルハシ!ってことはー!?採掘!洞窟!ダンジョン!これだぁ!」
「「「おー!」」」
「お、おー……?」
四人の熱に追いつけていない一人の少女は首をかしげながらも、流れに乗るのであった。
「ユイちゃん!今度こそかっこいいところ見せるからね!」
と、元気いっぱいなサイドテールの少女は女の子の手を引っ張り、駆け出した。
「ほらほら!みんなもいくよー!」
つられ、ほかのメンバーもその背中を追いかけた。
砂浜に残された宝箱は……またも高波に飲みこまれ、再度姿を現した時にはそのフタは閉まっているのだった……。
******
【(公式)Islands pirates ーIPー 総合雑談】
◇名無しの水夫
実家に出来たダンジョン制覇し終わったけど、やっぱそこまでうまくないな?
◇名無しの水夫
所詮初心者フィールドに出来たダンジョンってこと。実家から船に乗って大陸にぶつかるまでひたすら直進して、そこにあるダンジョンに潜るのが正解でしょ
◇名無しの水夫
米…ただし飲み食いの備蓄がちゃんと用意してあること前提
◇名無しの水夫
あまりになんにも腹の中に入れなかったりすると衰弱死で実家に逆戻りなんだよなぁ…
◇名無しの水夫
それなぁ
◇名無しの水夫
誰かたどり着いたおもしろい場所知らない?
◇名無しの水夫
王国以外は行ったことないなぁ…
◇名無しの水夫
たどり着いてもほかの生物がいない無人島くらいしか…
◇名無しの水夫
大体たどり着いててもソロプレイヤーだろうし、そういうのはこことかに書き込むことはあまりないだろうし
◇名無しの水夫
ついさっき浜辺で宝箱を見かけたんだが、なんか知らない?
◇名無しの水夫
ソロプレイヤーって結構このゲームシビアな気もするが、よくやれるな
◇名無しの水夫
宝箱?
◇名無しの水夫
なんだそれは、なんかイベントか?
◇名無しの水夫
いや、別になんも告知されてないなぁ…なんかフラグでも踏んだんじゃね?
◇名無しの水夫
誰か開けた人でもいればなぁ…
◇名無しの水夫
まずほかの人にも見えてる?
◇名無しの水夫
一緒の連れも見えてたけどなぁ…
◇名無しの水夫
とりあえずもう一回見に行ったら?
◇名無しの水夫
あーそれ見たことあるかも、ていうか開けたし
◇名無しの水夫
お?
◇名無しの水夫
おっとぉ?
◇名無しの水夫
中身は?
◇名無しの水夫
あーっとなんだっけな?売っちゃったけどなんか換金アイテムだったような…そう真珠だったかな?
◇名無しの水夫
真珠が入ってたのか…まぁまぁいい値段するじゃん
◇名無しの水夫
ラッキーだなぁ
◇名無しの水夫
俺も見つけたぞ、中身は海藻だったけどな
◇名無しの水夫
自分も見かけて開けたなぁ…星の砂だったよー?
◇名無しの水夫
…あれ?やっぱりイベント?
◇名無しの水夫
複数の宝箱が存在している…?
◇名無しの水夫
見かけた場所は…今はあれか、屋台が並んでるところの奥まったとこだな
◇名無しの水夫
あー自分もっすね
◇名無しの水夫
同じく
◇名無しの水夫
見つけた人の数だけランダム排出…とか?
◇名無しの水夫
どうだろ?とりあえずその場所に行ってみるか
◇名無しの水夫
取り終わってもそこにあるのか?
◇名無しの水夫
わからん、それを確かめるつもり
◇名無しの水夫
まぁいける奴だけで行ってくれぃ。おれは今日は予定があってな…
◇名無しの水夫
おれは膝に矢を受けてしまってな…
◇名無しの水夫
(オフ会っぽくて尻込みしてるとはいえない…)
◇名無しの水夫
(人見知りだからなんて言えない)
◇名無しの水夫
なんかこいつら…
◇名無しの水夫
言ってやるな…そういう人種もいる
◇名無しの水夫
話を戻すが、知り合いが実家からまっすぐ北に向かったら王国とも違う国にたどり着いたとか聞いた覚えがあるな
◇名無しの水夫
まっすぐ北って…やっぱコンパスとかマップでの細かい位置情報ほしいよなぁ
◇名無しの水夫
西が王国の辺境地で?東に予想だと帝国があるんだっけ?
◇名無しの水夫
そっちの方に、この前のお参りに行ったやつらの話だとそうだな。無事にたどり着けたってさ
◇名無しの水夫
それでやることが嫌がらせって…陰湿だよなぁ
◇名無しの水夫
水を差されてご立腹だったんだろ…
◇名無しの水夫
いやまぁ…そうなんだろうけどさぁ…
………………
…………
……
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「いやぁ……いい買い物出来たわぁ」
屋台が並んでいる海辺の近くを、ほくほく顔でアキラは歩いていた。
「これで釣りも楽しめる……あとはどこで糸を垂らすかだけど……」
視線を横に流す。雑多な人の流れを見つつも、その視線は海の方へを向いていた。腰を落ち着けてのんびりできる場所はないものかと……やけに人が多い気もするな?
『さぁ!次のビーチフラッグに出場する選手は早く並んでくださいね!』
立ち並ぶ屋台の奥の方、その一角に一塊の団体が見えた。
『トーナメントを勝ち抜いたものにはぁ!優勝賞品がもらえるぞぉ!』
大声で叫ぶ男の声に煽られて、その多くの人影は歓声を上げている。
「……なんかのイベントかぁ?いや、特に告知されてなかったはずだし……」
(まぁユーザーイベント?とかもあるんだろうし、掲示板とかで募集でもしてたんだろうなぁ……)
そんなことを思いながら、屋台の匂いにつられ……所持金がさみしいのを思い出し、泣く泣く我慢する。
浜辺から離れ、もう一度遠くの人混みを眺める。その時、乾いた破裂音が響く。それが合図だったのだろうか、人混みの奥から走り抜ける数人の男たちの姿を見ることができた。
奥の林の陰になって見えないが、そっちの方向にフラッグが刺さっているのだろう……。
しばらくすると大きな歓声と雄たけびが聞こえてきた。誰かが勝ち取ったらしい。
「……まぁ俺には関係なさそうだし、釣り竿の調子でも確かめに行くかなぁ」
意識を切り替え、次の目標を定める。
ひとまず、釣りで獲物を釣り上げて……。
「やっぱ塩焼きかなぁ」
このゲーム、しっかり調理したらうまいんだよなぁ……。
「鮎とかつれねぇかなぁ……いや、あれは川魚だっけか?」
ならアジか?いやそもそも、海辺の浅いところで釣れる魚ってなんだろう。
「……ふっふっふっふ……」
おっと悪い笑みが……。
屋台が並ぶ一角から抜け、どんどんと人気がないほうに向かう。
「とりあえずはロイナさんかおやっさんあたりに聞き込みしてみるかなぁ」
NPCなら、どこが釣りをしやすいか知っているかもしれない。
最近になってきれいにならされた道を、冒険者ギルドの方へと歩く。本日は確か冒険者ギルドの担当だったはずだ。
「それかあれかなぁ、ゲーム独自の魚でも釣れるのかねぇ」
いやーわくわくするねぇ。
このゲームを始めてよかったと、アキラは改めて思うのだった。
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生産ギルド付近の地域にはいくつかの区画があり、それらはある程度整理されている。
一つは島の住民が暮らす村の家屋が存在する、NPCの住民たちの地域。
一つは水産業……主に漁業関連の港や倉庫が並ぶ地域。ここではプレイヤーも利用することが可能であり、場所は限られているが新たに倉庫を建てることも可能である。
一つは重要区域。主に住民たちのお墓だったり、ギルドや村長などが利用する重要な施設がいくつかある区域である。人の通りは規制はされていないがやはり、住民の往来は少なめである。
最後は……ただの野原であった。野原、原っぱ……言い方はいくつかあれど、意味合いは同じである。空いている土地。つまりは申請するところに申請すれば購入し、所持することができる土地であった。
蛇神が現れる前までの実家であれば、ここを購入するプレイヤーは一人もおらず……雑草が好き放題生え茂っていた土地であった。
しかし、件のイベント後には二つのクランがここに居を構えたのだ。
生産クランである“マグヌスオプス”。商船クランである“ゴールドペッパー商会”。
これらの二つのクランはロイナが村長に就任後、すぐさま申請……承認されるとすぐに大きな建物を造ったのだ。
そこからは早かった。主にクランメンバーを収容できるほどの広さがあるその建物は、一階に販売口を設け……二階以上からはメンバーのための専門的なルームを設置し、最上階にはリーダーである彼らの専用室を置いていた。
しばらくすると、その区域にはプレイヤーの往来が増え……一つの小さな町が出来上がりつつあった。
整備された十字路を見下ろせる最上階。格を示すために設置された調度品の数々は、いやらしくなく……丁寧に配置されており、どこか居心地の良さも感じられる一室。その執務机に腰を掛ける男がいた、ゴールドペッパー商会の会長であるロクロウである。
いつもと変わらない格好、長い上着はそばにある上着掛けにあり……白いシャツとサスペンダーが見える姿で、肘をつき両手の指を組んで対面の人物を眺めていた。
「それで?話題のあれ、手に入れたんだって?」
ロクロウが口を開く。対面に直立する彼女……きっちりとした黒スーツのモミジは怯むこともなく、むしろ無感情に淡々と報告を行った。
「はい、ネットの掲示板にて話題に上がった……宝箱を手に入れることができました」
「そうか、それはいいことだね」
ロクロウはニコリとほほ笑んだ。
彼のその営業スマイルを見慣れていたモミジは、無反応で続きを報告する。
「それでこちらがその……宝箱になります」
コトリ、とロクロウの目の前に置かれた宝箱。
「よく手に入ったね?」
「現場には催しを行っていた団体がいましたので、いくらか包んで渡しましたところ快く譲っていただけました」
「なるほどね」
この宝箱はいくつかの噂があるらしい。
いわく、極秘イベントの物品である、だとか。
いわく、入れたものが変わる、だとか。
いわく、高価なものが入手できる、だとか。
「命令通りにご用意しましたので、これで本日のわたくしの仕事は終わりでよろしいですね?」
「あぁ、そうだね。どうもお疲れ様」
ペコリとお辞儀をしたモミジは、さっさと部屋から出て行ってしまった……。
「ふぅ……あの子は本当、いつも態度が変わらないなぁ」
ロクロウがこのゲームを始めるにあたって、ゲームというものに詳しいであろう雇っている従者の中から、彼女を見出したのだ。
と、部屋の扉がノックもなく開けられ……。
「ちなみに、その宝箱の中身は空っぽですからね?」
モミジくんが顔だけのぞかせて、そう報告した。
「そうなのかい?鍵が掛かっているようだけれど?」
「さぁ?どうなのでしょうね?」
無表情でそれだけ言うとそのまま行ってしまった……。
「………………」
じっと目の前の宝箱を見る。
……ロクロウはそっと懐からピッキングツールを取り出した。
「所詮、噂は噂……」
だけれども。
「目の前に宝箱があったら開けちゃうよねぇ……」
カチリと解錠の小さい音が室内に響いた……。
思ったよりも軽いそのフタをゆっくり開けると、
「……ふぅ……」
一枚の羊皮紙が入っていた。それには、
『坊ちゃんはそうすると思ってましたよ、バーカ』
と書いてあった。
「…………………」
パタリとフタを閉じる。
「いやぁ人間ってのは浅ましい生き物だなぁ……」
開けるなと言われると開けてしまう、好奇心には弱い生き物ってわけだ……。
「そりゃあパンドラも箱を開けちゃうよなぁ……」
と、自らに言い訳をするようにつぶやいた。
彼は椅子から立ち上がり、窓際に寄った。目線の先には二つのクランを行き来する少数のプレイヤーの姿がある。
自然と腕を組み、片手で頬を撫でる……。
「…………さて、モミジくんはしばらくは有給だっけか」
このゲームにおける彼女の仕事は、私の補佐である。これももちろん、普段の業務の内に追加で入っており……。
「ということは、しばらく屋敷には来ないのかぁ……」
……そうつぶやきつつ、彼の口元は弧を描いていく。
「さて、……どう仕返ししてやろうか?」
ふっふっふっふ……と悪だくみをするロクロウなのであった。
今本編の全体プロットを詰めています。
もうしばらくかかります、お待ちくださるとありがたいです。




