94 神秘の力
「僕達の魂の中に入る!? そんな事をしたら元の魂はどうなるんだよ」
「ライムの言う通りだ。あなた程の実力者が言うのだから本当にできるのでしょうが、つまりそれって憑依みたいな物ですよね?」
「私はユニスのお願いなら引き受ける……」
レイラは深刻な表情を浮かべて言った。
「いやいや。レイラ、そんな覚悟が決まった顔をしなくても大丈夫ですよ」
ユニスは申し訳無さそうに笑いながらレイラをなだめた。
「ゼーレ、ライム、そしてレイラさん。心配しなくても大丈夫だ」
スズリは冷静な口調で話した。
「ヒストア家に伝わる話によれば、ユニスさんの万物にルールを与える魔法で、一つの肉体に二つの魂が共存できるようにすると言い伝えられている」
エマは優しい口調で言った。
「あぁもしかして、イビリーズ村の南と魔大陸の北にある壁って、大気にルールを付与して作ったんですか?」
「ご明察。ライム君だっけ? 君、魔法の理解度高いんだね」
「いえいえ、あの壁を見てから色々と可能性を考えてて、その答え合わせができただけですよ」
「まさか本当に万物にルールを付与する魔法があるとは思いませんでした」
「ふふっ、勇者パーティーで旅をしていた時は気にも止めなかったけど、『万物にルールを付与する魔法』って長いね」
「そうですね」
ライム達はお互いの顔を見ながら笑い合った。
「あっ、そう言えば……」
ユニスが何かを思い出したかのように話し始めた。
「魂之力の概念が復活してからは、究極之魂『神秘付与』って名前になったんだった」
ユニスは窓を閉めながら話した。
「『神秘付与』か。へぇ~、カッコいいな」
「ちなみに、私の魂が体に入った人はもれなく『神秘付与』の力を使えますよ」
まじか! なら、僕の体に入ってもらおうかな。グヘヘ。
ライムは、気味の悪い笑いを皆に隠しながら妄想を膨らませた。
「まぁ私もその気になれば入った体を動かせますし、記憶も共有されるんですけど」
「それは恐いな」
な〜んだ。じゃあ僕は体を貸すことは出来ないな。
まだ完全に信頼できていない人に僕がライトニングだってバレるのは避けないとだからな。
「ふ、ふ〜ん。なにかやましいことがあれば、即座にバレてしまいますよ〜」
ユニスはいたずらっぽい笑顔を浮かべて言った。
「それより、誰がユニス様に体を貸すんだ?」
ユニスのノリを遮るようにスズリが話しを続けた。
「う〜ん。まぁ普通に考えればレイラかゼーレだと思う」
ライムは自分を可能性の中から外す為に誰よりも早く意見を述べた。
それを聞いたゼーレとレイラは、真剣な表情を浮かべてユニスを見た。
「私も同意見だ」
「ボクもそう思う……」
エマとスズリもライムの意見に賛同した。
「レイラさんはユニス様と幼馴染だから、気を許しやすいだろうし、ゼーレは勇者だからユニスさんが憑いていれば何かと便利だろうしね」
「ボク達は、あくまでヒストア家がやるべき事と私情でユニス様に会いに来ただけだし」
スズリの言葉を受けて、ゼーレとレイラは暫く考え込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数分後。
ボロボロの建物が夕日に照らされつつあった。
「あの……」
数分の沈黙を破ったのはレイラだった。
「私の魂之力は、全てのエネルギーを跳ね返す効果があって、ゼーレや他の皆んなよりもサポートよりだから、ユニスの魂之力と相性が良いと思う……」
レイラは、言葉を選びながらユニス達の顔を伺っていた。
「ふふっ、そんな遠回りな言い方をしなくても、ここに居る皆んなの気持ちは一つみたいよ」
ユニスがそう言うと、ライムやエマ達は皆首を縦に振った。
「よし! それじゃあ私も百年ぶりに体を動かしたいから、早速レイラの体に入らせてもらうね」
そして、ユニスはテンション高めにレイラの近くまで歩み寄った。
「それじゃあ行くよ……」
そう言うユニスは、先程とは違い、儚げな表情をしていた。
「う、うん……」
レイラがそう答えると、ユニスはレイラの胸に右手を当てた。
すると、ユニスの半透明の体は、黄色く眩い光を放ち、直ぐ側にいるレイラだけでなく、ライム達も目を自身の手で覆っていた。
数秒後。
眩い光は次第に弱くなり、レイラの前に立っていたユニスの姿は消えていた。
「レイラの中に入ったのか?」
ライムは目をつむり、魔力を探っていた。
「レイラさん、どう? 体調に変化は無い?」
エマはレイラの両手を握り、心配そうに話した。
「うん大丈夫よ。ユニスの魔力と『神秘付与』の存在は感じられるから……」
「そうか、良かった」
ゼーレは緊張が解け、表情が緩くなった。
「あっ、ユニスが皆んなと話をしたいそうよ。変わるね」
「え? そんな軽い感じで変われるのか?」
ライムの言葉も聞かず、レイラは目を瞑った。
次にレイラの体が瞼を開けると、ショートボブは白に染まり、瞳は鮮やかなサンオレンジとブラッドレッドのオッドアイに徐々に変化した。
体はレイラそのものであるが、髪色や瞳の色、雰囲気も妖艶な者に変わっており、ライム達は不思議な感覚でレイラを見ていた。
「皆さん改めまして、レイラの体を借りているユニスです。この度は、私を見つけてくださり、そしてレイラを連れてきてくださりありがとうございました」
ユニスは、ライム達にお辞儀をした。
「そうだ今のでつっかえてた疑問が浮かんだんだけどさ。聞いても良いですか?」
「はい。良いですよ」
「魔王軍に見つからない為とは言え、こんな辺鄙な場所に人が来ない可能性の方が多くないですか? 少し賭けが過ぎると思うんですが」
「そのあたりは心配ご無用です。先ほども言ったでしょ? 私はヒストアと約束をしていると」
「約束の内容は、次の勇者が現れた時にヒストアの血を引く者達がこの島に来るようにしてってお願いしてたの」
「へぇ~そうなんですね」
「と言うか、ユニス様。さっきヒストアがかつての仲間だって言ってましたよね? もしかしてヒストアの王族だったりするんですか?」
ゼーレは疑問を口にした。
「うん、そうだよ……。いや、正確には王様になる前だね」
「どういう事です?」
「君達が知っているかは分からないが、ヒストア王国のヒストアは、王国を作った初代国王の名前何だ」
「そして、その初代国王ヒストアこそ、百年前の勇者パーティーのヒーラー、かつ考古学者何だよ」
「へぇ~。ヒストアって、勇者パーティーの一人が作った国だったのか」
「まぁ、正確には元々あった国をさらにでかくしたらしいんだけどね」
その後も暫くの間、ライム達はレイラの中に入ったユニスさんと話しを続け、気がつけば月が夜空を照らしていた。
「あっ、もうこんな時間になってたのね。それではレイラの意識を返しますね」
「はい。色々話せて良かったです」
「ふふっ、これからもレイラに言ってくれればいつでも話せるから宜しく伝えといてって、この話しもレイラに聞こえてるんだった」
楽しそうに笑うユニスは、屋根裏部屋を歩き、ホコリを被った棚から鍵を取り出した。
「はい。これが秘密の鍵よ」
ユニスは、エマの元に歩み寄り、鍵を手渡した。
「ありがとうございます。ユニス様」
「うん。これでヒストアとの約束も果たしたし、意識をレイラに返します」
ユニスは目を閉じ、レイラと意識を交換した。
すると、変化していた髪色と瞳の色は元に戻り、雰囲気もレイラの物へと変わった。
「ふぅ~。意識を誰かに預けるのってなんだか不思議な感覚」
「レイラさん。ユニス様を受け入れて頂きありがとうございます」
エマはレイラに深々と頭を下げた。
「いや、別に私は好きで名乗り出ただけだし……」
レイラは困った顔を浮かべながら、エマに頭を上げさせた。
「それじゃあそろそろ船に戻るか」
ライムはレイラに魔法の杖を渡した。
「そうだな」
スズリが屋根裏部屋のドアを開け、勇者一行とエマ達はオーバートロカム号に戻ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
孤島の遺跡から戻ったライム達は、オーバートロカム号の船首近くで話し合っていた。
「そう言えばさ、何でエマ達がユニスさんを探してたんだ?」
「どういう事?」
ゼーレは、不思議そうにライムを見て話した。
「いやだって、勇者が現れたらユニスさんに会いに行く約束って、ヒストア家に言い伝えられてたんだろ?」
「じゃあ、遠い親戚のエマさん達じゃなくて、ヒストアの血を濃く受け継ぐ真の王族の人が来るべきなんじゃないかなって思ってさ」
「確かにそうね。今回はたまたま私やゼーレが一緒だったけど、もしエマさん達だけでユニスに会っていたら、ここまでスムーズに話しが進んでなかったかもしれない……」
「そのリスクを考慮した上で、それでもユニスに会う理由があったんですか?」
「そ、それは……。まぁ単に私達が興味があっただけで……」
エマは歯切れの悪い言い方で視線を逸らした。
「ハァー」
スズリは溜め息をつき、話し始めた。
「ここまで助けてもらってばっかだし、ユニス様の秘密まで共有してるんだ。ボク達の過去について話しても良いと思うよ、姉さん」
「ん〜、それもそうね」
エマは少し悩んだ末、決断した様だった。
「それじゃあ話すわ。私達の過去について……」
エマは顔が曇り、少し暗く重い空気を纏いながら、ゆっくりと話し始めた。
「数年前のある雨が降る日……。私達の両親はユニス様に会う為に、当時幼かった私たちを置いて海の旅へ出た」
「別にそのことについて怒っているとかではないの」
「むしろ、部屋に籠もって研究ばかりをしている学者達より、勇敢な両親の方がよっぽどカッコよくて、心の底から誇りに思っていた」
「だからなのかな……」
エマは寂しそうな表情で涙を零した。
「両親が乗っていた船が魔物に襲われて行方不明になったと聞いた時、私達は直ぐに旅に出た」
「そこからは、色々な苦難をスズリと乗り越えながら、クレイエスの話しをある港町の漁師さんに聞いて、クレイエスでテンヤ様や紡ぐ者の皆んな、そして君たちと出会い、今に至るって感じかな……」
「つまり、私達がプリュトロムを倒したい理由とユニス様に会いたい理由は、両親が成し遂げられなかった事を私達が受け継ぎたかったから……」
エマは自身の手で涙を拭い、柔らかい笑顔をライム達に向けた。
「ふぅ~。私達がユニス様に会いに来た理由はこんな感じで良いかな?」
「はい。話してくれてありがとうございます」
ライムやゼーレとレイラはエマの話を受けて、表情が少し暗くなっていた。
「はぁ~。ほんと、偶々ユニス様の居る島の近くにクレイエスが誕生して、そこで偶々テンヤ様やレイラさん達に会えて良かったよ」
暗い雰囲気を察してか、エマは明るい笑顔でライム達に近づいた。
「ライム君、ゼーレ君、そしてレイラさん。改めて、私達に出会ってくれてありがとう」
エマはライム達3人をまとめて、正面から抱きしめた。
エマと勇者パーティーは、月明かりに照らされながら静かで暖かい時間を心で感じていた。
スズリはその様子を少し離れた場所で壁にもたれながら眺めている。
それから数十分後。
「クレイエスを出る前に乗組員に空き家を掃除させといたから、君達はその部屋を使ってね」
そう言って、エマはスズリと共に部屋に入っていった。
こうして、オーバートロカム号はライム達を乗せて孤島から出港した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ライム達が孤島から出航した数時間後。
船を停止させて皆が寝静まった夜。
小さな波音が聞こえる中、海賊船の見張り台に漆黒に身を包んだ一人の獣人が居た。
「ディストラ、出てこい」
「何でしょうか、ライトニング様」
男の影からは、頭を下げた悪魔が現れた。
「いやさ、テンヤ達がサンダーパラダイスの皆んなと上手くいってるのか気になってるんだけど……」
「私が見てくれば宜しいのですね?」
「あ、うん。何か都合よく使ってるみたいでごめん」
「いえいえ、例えどんな用事であっても頼ってくださるだけで嬉しいです」
深くお辞儀した後、ディストラは影の中に入り、何処かに消えた。
「ふっ、……」
ディストラが居なくなったのを確認すると、ライトニングは不敵な笑みを浮かべた。
「千年前の約束は果たされた……。次は我々の番だ……」
ライトニング右手を前に出し、その手には漆黒の雷が漂っている。
「10万年前の復讐を果たす時は近いっ!」
ライトニングは静かなる怒りを込め、拳を握りしめた。
すると、辺りを漂っていた漆黒の雷は散り散りのなり、辺りは静まり返った。
「よし。それじゃあ僕もそろそろ寝ますか」
ライトニングは海賊船の見張り台から飛び降り、風も起こさず緩やかに着地した。
ライトニングが歩く度、木の板が軋む音がする。
その夜天を彩る夜月の景色が、今だけはライトニングを照らす為だけの照明に変わっていた。
そうして、皆が寝静まった海賊船は次の目的地目指して、夜凪を進んでいく。




