01 最強を目指した末に……
僕はただひたすらに最強を求めていた。
僕は物心ついた頃には、アニメや漫画みたいに魔法やスキルが無くたって、どんな理不尽にも負けない強さを努力すれば手に入れれると、本気で信じていた。
何故最強になりたいかは覚えていない。
まぁ今更きっかけなんて何でも良い。
だって、ただ最強になりたいという想いだけで今まで生きて来れたのだから。
でも、現実は残酷だ。
どんなに心身を鍛え抜いたとしても、数や化学兵器で取り囲まれ、ゴリ押しされたら、人間の素の力では一人で対抗することは出来ないだろう。
そんな世界僕が変えてやる！！
この思いを胸に僕、影先夢芽は日頃から体を追い込んでいる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高校3年の冬休みの朝。
いつものようにトレーニングが終わり、バトルアニメを見ようとテレビを付けると、近所で銀行強盗が起きたとニュースで報じられていた。
これは運命だ！！
そう感じた僕は、すぐさま家を出る準備をして玄関に向かった。
「行ってきます！」
「夢芽！ どこに行くの！」
僕が出かける準備を終え、玄関で靴を履いているとキッチンからお母さんが話しかけてきた。
「いつものジョギングだよ」
「わかったわ。晩御飯には帰ってきなさいよ！」
「わかってる。それじゃあ、今度こそ行ってきます」
こうして僕は、銀行強盗の現場に向かったのだった。
何をするかなんて考えていない。
ただ感じたのだ。
今こそ修行の成果を発揮する時なのだと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕は今、銀行の裏路地に居る。
ここに来る時に僕が道路からそのまま裏路地に来ようとしていると、警察の人に見つかりそうになったので、近くのマンションの屋上から銀行の裏路地に降りた。
カバンを地面に置いた僕は、一旦配管を登り、少し上にある内部が少し見える窓から中の様子を見ることにした。
中を見てみると、覆面をかぶって、銃や刃物など、何かしらの武器を手に持っている強盗が6人居た。
強盗は定位置に立っており、ロープで縛っている人質や銀行員の事を見張っている。
「金を詰めれるだけカバンに詰めろ！」
強盗犯のリーダーらしき黒髪の大男が、銀行員にそう怒鳴りつける。
「わっわかりました」
「あ〜もうイライラすんな！ 後十秒でその袋に詰め終わらねぇと、このガキを撃つぞ！」
銃を見せびらかしながら怒鳴る男の腕には、白髪ショートにハーフな見た目をした小さな女の子が抱えられていた。
銀行内には冷たい空気が張り詰めていた。
「ママー。助けてー」
女の子は足をジタバタさせながら叫んだ。
だが、当然女の子の視線の先に居るおそらく母親であろう白髪ロングで外人の女性も、他の客と同様に縛られているので、どうすることも出来ずに涙を堪えていた。
「10、9、……」
男は女の子の頭に銃を突きつけながら、カウントダウンを始める。
それを見ている他の強盗達は、少し戸惑いを見せている。
「すみません。すみません」
謝りながら袋にお金を詰めている銀行員の人は、男に急かされて焦っている為か、さき程よりもお金を詰めるのが遅くなってしまっていた。
くそっあの男、銃を人に向けているときの殺気は本物だ。警察が取り囲んでいるこの状況から逃げれる訳はないが、あの男は本当に撃つ。
男の殺気を感じ、撃つことを確信した僕は、ひとまず状況を整理した。
「警察の人達はシャッターが降りてるせいで中の様子が見れない。でも、このままだとあの女の子は撃たれてしまう」
ならどうする？ 今の僕の実力じゃ銃弾を躱すなんてアニメみたいなことは出来ない。
そんな僕が防弾チョッキも着ていない状態で行ったら確実に死ぬ。
だが、女の子が撃たれることを知っていて、身動きが取れるのは僕だけ。そして、今から警察の人に状況を説明してたら間に合わない。
「5、4……」
その間も女の子を抱えている男のカウントダウンは進んでいる。
「あまりヒーローっぽい事は趣味じゃ無いんだけど、仕方ないか」
僕は排水管から降り、カバンに入れていた猫の面を被り、鉄の棒を持って、また鉄の配管を登って、少し上にある小さな窓を割った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ！！」
突然窓が割れ、冷たい空気が張り詰める銀行に一人の男が降り立った。
銀行に居る者全員が視線を向けると、そこには猫の仮面を着けている高校生ぐらいの男子が居た。
彼は鉄の棒を捨て、一瞬の躊躇いもなく。
銃を持っている大男に抱えられている女の子の元に走った。
その姿はまさに悪魔そのもの。
これから助けられる筈の女の子までもが恐怖していた。
彼は大男の前まで行くと、いきなりの事で戸惑っている大男の顔面を膝蹴りで蹴り飛ばし、男の腕から離れた女の子をキャッチした。
男は雷撃を鼻に食らったような激痛で地面をのたうち回っている。
その光景を見て、その場に居た強盗全員が慌てて銃を彼に向ける。
それもそのはず、いきなり窓を割って高校生ぐらいの男子が単身で乗り込んできたのだから。
銀行員や人質にさらなる緊張が降りかかる。
「お前は誰だ！」
近くに居た一人の強盗が声を荒げて言った。
彼は仮面の下にある黒い目を細め、思わず嗤いを溢す。
彼は女の子をお母さんの元まで連れていき、銃を向けてきた男の方を向いて話し始めた。
「僕はただひたすらに最強を目指し、悪を狩る者」
彼は仮面を着けているものの、その場の誰しもが仮面の下で嗤っているのを感じた。
彼の言葉を聞き、挑発されたと思った強盗の一人がナイフを持ち、斬りかかっていった。
だが、彼は柔道の投げ技を使い、軽く返り討ちにした。
「とろいね、ちゃんと日頃から運動しないと駄目だよ」
彼は一人を返り討ちにし、さらに決め台詞まで言ったことで気が緩んでいた。
銀行に一発の銃声が鳴り響く。
「ハッ、調子に乗りすぎだ小僧」
声の正体は、さっき彼が膝蹴りで蹴り飛ばした男だった。
彼は、仮面の下にある黒い眼に殺意を込めて銃弾を放った男を睨みながら地面に倒れた。
周りに居たお客さんや銀行員の人達は悲鳴を上げたり、壁まで後ずさりしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なにが起きたかわからない。
倒れて数秒後、次第に状況が掴めてきた。
どうやら僕は、油断している隙に心臓を撃ち抜かれたらしい。
いや！ エイム良すぎだろ！！
そんなツッコミも口にできそうにない。
はぁー、僕の最強への道もここまでかぁ。
今思えば、色々な事を犠牲にした青春だったな。
僕は学校にいる間も隙を見つけてはトレーニングをし、趣味や睡眠時間も極限まで削って、全ての時間を武術の習得や鍛錬に当ててきた。
それでも、結局最強には届かずじまいと言う事実は辛い。
ま、自分に出来る最大限の努力をやり尽くした結果だ。受け入れよう。
てか、受け入れないと死んでも死に切れないだろうし。
そんなことを思いつつ辺りを見渡すと、警察が銃声を聞いて突入してきていた。
「取り押さえろー！」
「君、大丈夫かい！」
警察の人が僕の体に触れて傷口を見た後、担架に乗せられた。
だが、僕はもう声も出せない程意識が朦朧としていた。
「くそっ、さっきの銃声はこの子が撃たれた音か。おいっ！ 早くこの子を救急車に運べ！」
「了解！」
僕は、担架で救急車の中へと運ばれた。
運ばれている間、途端に僕の脳に今の僕に一番合っている役割が浮かんできた。
そう、今の僕はまさに物語序盤のピンチに遭う主人公達を命をかけて守る名も無きモブ、theモブ！！
急にアドレナリンが出てきて、僕の脳がフル回転し始める。
今の僕って、いわゆる転生ができるのでは？
そう思った僕は、転生したら何になりたいか、なにをするか等をその時が来るまで考え続けた。
まず最初は、何になりたいかだよな。
やっぱ力が強い獣人。それも猫の獣人になりたいな。
次はなにをするかだが、これは決まっている。
もし、剣と魔法の世界に転生できたら、今度こそどんな理不尽にも負けない強さを手に入れてやる！ そして、主人公のラスボスを横取りしてやる！
色々考えているうちにその時は突然来た。
ここはどこだ！
僕は段々と意識が遠のき、突然目の前が真っ白になり動けなくなっていた。
「あなたの願いを叶えてあげましょう」
頭の中に女の人の声が流れてきた。
まさか、この声は神の声なのか？
そう思った僕は、話せているかもわからない口を動かした。
「願いって何をだ？」
「転生ですよ。あなたの生き様は大変面白かったので、褒美にもう一度チャンスを与えましょう」
神らしき人が話し終わると、目の前が暗闇に覆われて、僕は再び意識を失った。
そして、影先夢芽は深い眠りに就く。
こうして僕は、最強になりたいという強い意志を宿したまま、転生を経験することになったのだった。
