185 黒雷VS毒血
一方、ラスファートから少し南にある森で戦闘していたソフィア。
そんなソフィアは、サンダーパラダイスの戦闘員達と森から出て、近くにある町へと移動して街の人達に加勢していた。
「大丈夫。私達が付いてるからね」
優しい口調でそう諭すソフィアが隣に寄り添っているのは、絶望した表情で唖然と座り込んでいるミラ・アンダーウッドであった。
ソフィアは膝をつき、髪紐が解けてミディアムヘアになったミラの艶やかな茶髪を優しく撫でてあげながら抱きしめている。
そんなソフィアの影から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。
「ソフィアお姉ちゃん、手を貸してください」
「え? ディストラじゃない。どうしたの?」
ディストラは片膝を付いてソフィアの耳元に近づいて小声で話した。
ディストラの話しをしばらく聞いていたソフィアはだんだん真剣な表情に変わっていき、話しが終わるとミラの頭を優しく撫でながら立ち上がった。
「ごめんね、ミラちゃん。後は黒い服を着たお兄さんとお姉さんが助けてくれるから」
ソフィアは近くに居たサンダーパラダイス戦闘員である金髪に黄緑色の瞳をしたエルフの男と、白髪につぶらな黒い瞳をしているイタチ獣人の女の子二人にミラを託してから、ディストラの影の中へと入った
「次はラスファートだな」
ディストラの影からテンヤの声が聞こえた。
「そうですね。急ぎましょう」
ディストラは自身の影に溶ける様にして姿を消した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十分後。
場所は魔王城跡地。
空には漆黒の魔力が満ち、その中から除く巨大な雷雲からは黄色い雷と大量の雨が降り注いでいた。
一方地上では、ライトニングの放った『魂斬之無限黒雷斬撃』がナハトとディヒルアを襲い、漆黒色をした斬撃が魔王城崩落で山積みになっていた瓦礫や家具などを塵一つ残さず斬り刻み更地へと変えていっていた。
雨と同等の密度で漆黒の斬撃が降り注ぐ戦場で、アンナがナハトと必死に戦っていた。
ナハトは全身を白雷で包みつつ漆黒の斬撃をできる限り避けている一方、アンナは無我夢中に漆黒の雷纏った拳や足、尻尾まで全身惜しみ無くナハト目掛けて打ち込み続けている。
「斬撃の中、躊躇無く敵に向かう。無謀が奇跡的に噛み合っているのか……、それともお前がライトニングの事を信頼しているだけか」
「後者に決まってるでしょ。余裕ぶってると、好いてくれる人をへし折られますよ!」
アンナは鬼の形相でナハトに連撃を撃ち込みまくる。
「ハハ、嫌われすぎだな、エスメは」
ナハトは毒々しい剣を見て寂しそうに言った。
「貴方の事もちゃんと嫌いだから!」
アンナに怒鳴られたナハトは、楽しそうに笑いながら、漆黒の斬撃を避けつつアンナの猛攻をエスメの剣で受け流し続けている。
「分かってる。でも、感情の赴くまま戦ってても力の差は埋まらない」
ナハトは余裕の笑みを浮かべて、踊る様なステップで斬撃の間とアンナの攻撃に対処している。
「なら、我がその差を埋めよう。『万雷之黒拳!』」
ライトニングは自身の斬撃が身体を傷つけるのを意にも介さず、ナハトに急接近して黒雷纏った右拳を放った。
瞬間、万雷の爆音が静寂なる夜空を引き裂く。
轟音響かせる一つの巨大な漆黒の万雷を放たれたナハトは、エスメの剣でかろうじて直撃を免れる。
ナハトがエスメの剣で受け止めた漆黒の万雷が空気中に分散する頃、ライトニングは次の攻撃を放つ。
「まだだ! 『超電磁砲之拳』」
ライトニングは一つになった黄色い万雷を左拳から放った。
超至近距離で放たれたその技は、今度は確実にナハトの身体を捉えた。
「痺れる……」
ナハトは目線を落とし、エスメの剣を握っている右手が上手く力を入れられずに落としそうになっているのを見て呟いた。
「死にたいのか?」
後ろで傍観していたディヒルアがナハトに言った。
ディヒルアの声で頭が覚めたナハト。
急いで顔を上げるも、遅すぎた。
『蒸発起動之黒雷拳』
ライトニングは微弱な電流状態の漆黒の雷を纏った両拳を軽くナハトの胸に押し当てた。
漆黒の電流は、ナハトの体内にある水分と皮膚に付着している雨粒にある水分子を揺らしたり、回転させてたりして水の温度が上昇していく。
身体の内と外から水分を強制的に蒸発させられたナハトは、文字通り血が沸騰する苦痛に悶え苦しんでいる。
それを見たライトニングは、両手をナハトから離して漆黒の剣を鞘から抜く。
漆黒の剣を右手に持ったライトニングは、そのまま剣を振り下ろす。
ナハトは身体の痺れと体温上昇が続く中、振り下ろされた漆黒の剣をエスメの剣で受け止めた。
しかし、剣同士がぶつかり合う金属音が響く頃には、ライトニングの姿は消えていた。
ナハトがそれに気づいた時、ライトニングはナハトの背後に回って右足でナハトの右脇腹を蹴り飛ばしていた。
ナハトは左側に吹き飛んでいき、それを追いかけるライトニングは原型を留めぬ程の速さで移動している。
その軌跡には、漆黒の雷が残るだけ。
次に両者の剣が衝突し合ってからは、空から降り注ぐ雨粒すら置き去りにする激しい金属音がと爆風が立て続けに起こる様になった。
この世界で互いに唯一対等の実力を持ちうる強者同士の剣術のぶつけ合い。
ライトニングの幾千の敵を斬り伏せて研鑽を積んだ美しくも殺意溢れる至高の剣術と、ナハトのただ己が実力を高め続けて至った獰猛で感情全開の剣術。
魔界の黒き大地を抉りながら繰り広げられる攻防は数十秒にも及び、その間アンナは息も忘れる程ただ見ることしか出来なかった。
激しくも拮抗が保たれていた攻防は、ナハトの振り払ったエスメの剣がライトニングの左腕の二の腕を掠めた事で崩れた。
毒神の効果が付与されている剣で斬られた箇所からはたちまち大量の血が水風船を切った時の様に止めどなく溢れ始めた。
ライトニングは一瞬痛がったものの、直ぐに剣を握る力を強めてナハトが左手に持っている剣を弾き飛ばした。
剣を弾き飛ばされた事で左半身を後ろに逸らされたナハトの左側の首目掛けて、ライトニングの右足の蹴りが直撃し、ナハトは黒い大地に落下していく。
首を蹴られて地面に衝突しかけたナハトはギリギリの所で体勢を整えて両足と剣で豪快に着地した。
ナハトは着地した時に起きた土煙を剣で振り払う。
そうして見上げた先、夜空には漆黒の魔力が満ちていた。
剣を鞘に収め、右手を突き出してその上に漆黒の魔力で生成された玉を浮かせているライトニングがナハトを見下ろしている。
「魔力で押しつぶす。『黒魔力之爆発!』」
ライトニングが右手を力強く握りしめた瞬間、漆黒の魔力は辺り一帯に広がりながら爆風を起こす。
「防ぎきれない!」
ナハトは自身と元エスメの剣を白雷で包んだが、膨大な量の漆黒の魔力と、それに伴う爆風に押されて赤黒い刀身にヒビが入り始めていた。
その膨大な魔力の波と爆風の中を金髪の少女が走る。
「言った筈、油断してるとへし折ると!」
アンナは空中に飛び上がって高速で前に体を回転させながらナハトに近づく。
ナハトは構えようとしたが、爆風と漆黒の魔力に耐えるのに精一杯でまともに動かずに居た。
そして、アンナの技が炸裂する。
『黒雷の、雷猫尻尾!』
アンナは漆黒の雷纏った尻尾を振り下ろして赤黒い刀身を真っ二つに割って叩き落とした。
「ちっ、まだライトニングと剣を交えたかったのによ」
ナハトは苛つきながら、欠けた刀身をアンナに向かって投げつけた。
『黒雷の、雷猫肉球!』
アンナは漆黒の雷で武装した右手で欠けたエスメの剣を受け止め、破滅帝の効果で剣の存在を跡形も無く破滅させた。
「これで、完全にエスメは破滅した……」
アンナはナハトを睨みながら言い放った。
「はぁ、もっとエスメと一緒に戦いたかったな」
ナハトは寂しそうに溜息を漏らして呆然と夜空を見上げている。
数秒間夜空を見上げていたナハトだったが、ふと何かを思い出したのか、不気味な笑みを浮かべながらライトニングに視線を向けて口を開けた。
「てか、黒雷が使えないぐらい魔力切れが近いみたいだな。同じ黒雷使える猫獣人の事を気にして手加減する必要ないもんな」
ナハトの煽る様な指摘に、ライトニングは沈黙するしかなかった。
「ライトニング様、やはり魔力切れが近い様ですね。貴方がカッコつけようとして拒もうとも、影が離れる事はありません。それは貴方の剣達も同じ……」
ライトニングの影からディストラの声が聞こえてきた。
「黙っていろ、我を信じろ。絶対勝つから……」
ライトニングは二の腕から大量の出血をしながらも、強い信念を宿した黒い瞳でナハトを睨んでいる。
「貴方様だけの陰による我儘を、どうかお許し下さい……」
ディストラはそう小さな声で言った後、影の奥底に消えていった。
ディストラが消えた後、戦場には沈黙が訪れる。
優しく吹く生暖かい夜風が髪を靡かせ、魔王城を形作っていた物全てが跡形も無く消え、開けた広大な黒い大地に月明かりとライトニング達の魔力以外光源が無い暗く静寂に包まれた戦場。
ここが、頂上決戦の地である。




