177 究極の混戦
「愛しい人? 悪いが、我には心に決めた人がいる。お前と我の運命の糸が交わる事など無い」
ライトニングは微動だにせず、堂々と言い放った。
後ろでタリア達を守っていたアンナは嬉しそうにライトニングを見つめている。
「ふふっ、その堂々たる姿、本気で神に勝てると思っている……」
ディヒルアは不気味な笑みをお淑やかに右手で隠しながらライトニングを見ている。
「それでこそ妾の惚れた者じゃ。その余裕な笑みを浮かべる口が、饒舌で情熱的な言葉で勇気を振り絞る所を早く見たいものよ」
ディヒルアは冷酷な視線でライトニングを見下している。
「所で主よ、影先夢芽の記憶はまだ残っているか?」
不気味な笑みを浮かべてディヒルアはそう言った。
「何故その名を知っている?」
ライトニングはまたも動揺する素振りも見せずに冷静に言葉を発する。
「良かった、これで確信出来た。妾達の出会いは宿命と言ってもさほど変わらぬ運命だったと……」
ディヒルアは嬉しそうに微笑んだ。
「お前、日本で我と会ってるのか?」
「言うまでも無いじゃろ」
ディヒルアは即答した。
「そうか、お前は外見変えれるもんな。どっかで会ってても気づける訳ない」
ライトニングとディヒルアが長らく話し合っていると、痺れを切らしたガルノが割って入る。
「なぁ、もうお話しは終わりで良いか? 殺し合いした過ぎてここら一帯吹き飛ばしちまいそうだ」
ガルノは紅蓮の風を纏わせた拳倒しをぶつけ合いながら興奮した笑いをしている。
「あぁ、良いぞ」
ディヒルアの許可が降りた瞬間、決戦の火蓋が切られる。
「よっしゃー! んじゃ、殺し合いの始まりだー!!」
ガルノは狂気じみた笑い声を響かせながら、両腕に紅蓮の風を纏わせてライトニング達へと飛び出した。
「ガルノ、これは遊びじゃ無いのよ。本気で潰しなさい。止めだけ貰うわ」
エスメは真剣な眼差しでライトニング達を見つめながら、自身の背後に無数の血の塊を浮かばせている。
「互いの主力集まった混戦。ルール無用、自由に暴れさせて頂きます」
フレヤはそう呟きながら、マゼンタ色の雷で全身を包んで静かに姿を消した。
「空想に限界など無い!」
リサはそう叫びながら、ガルノ達向かって走り出していく。
その後を、アンナとノアが追って行く。
一連の流れを見ていたライトニングは、後ろに居るシュティモスに低くも優しい声色で指示を出す。
「シュティー、タリア達を連れて離れろ」
「言われなくてもそのつもり」
タリアとサリファの近くに寄り添っていたシュティモスは星加護を解放し、自身の後ろにある地面に大きな空間の穴を開けた。
「ナハト様に楯突いた女、ただで逃す訳無いでしょ!」
エスメはヒステリックに大声で叫びながら何本もの血の棘をタリア達へと伸ばした。
「いっ!」
シュティモスは急いでタリア達を空間の穴に落としたが、自身は右脚の腱を血の棘で掠めてしまい、血が流れている。
「ちっ、違う奴に当たった。まぁ良いや、毒神の毒はそう簡単に治らない。お前の出血は止まらないよ」
エスメはシュティモスを見下し、満面の笑みを浮かべて面白そうに言った。
一方シュティモスは、右足の腱を押さえながら両手と片足で這いずって空間の穴へと落ちて行った。
シュティモスが這いずった跡には、真っ赤な血痕が残されている。
「ボク達の全てをぶつける! 虹雷剣、『混沌虹雷形態』」
そう言ったノアは、色々なインナーカラーが入ったウルフカットの白髪が漂う黒雷による静電気で少し逆立ち、カラフルな瞳は白い魔力を帯び始めた。
そして、全身をツカサを除く虹雷剣それぞれの魂之力の色に光り輝く魔力で包み込んでいる。
そんな『混沌虹雷形態』になったノアは、前屈みになりながら足に力を込め始める。
少しすると、ノアの両腕と両足にオレンジ色の風が巻き起こり、風の力で突風を起こしながら前に飛んで行く。
「雷剣、ラビッシュぷらすツカサ!」
ノアは体を回転させて竜巻きを発生させながら進んで行く。
「ぐちゃぐちゃに死ね!」
ガルノが両腕に纏う紅蓮の風は常に回転速度が上昇し続けている。
「暴力的な暴風……。『聖天竜舞!!』」
軽やかにステップを踏んでガルノに近づいたノアは、左足で大地を踏み締めて右足を大きく素早く振り上げる。
「殺し合おうぜー! 『紅蓮激情之崩壊!』」
ガルノは風の回転速度で異音を発している右腕を振りかぶった。
ノアの右足とガルノの右腕、橙色の風と紅蓮の風が激しくぶつかり合う。
「力勝負で負ける訳無いんだよ!」
ノアは瞳孔が開き、怒りに任せて足を纏っている暴風の威力を上げていく。
「こっちのセリフだ! クソ野郎!!」
ガルノも、自身の激しく揺れ動く感情によって紅蓮の風の威力が増していく。
元々崩壊寸前だった魔王城は、二人が起こす暴風に耐えきれずに最上階の玉座の間からジェンガの様に雪崩れ落ちていく。
巨大な瓦礫の雪崩が落ちてきてノアやガルノ以外が衝突に向けて構えている中、アンナは迷うこと無く黒雷をその身に纏い、敵前へと特攻して行く。
「フィオナ……」
ライトニングがそう呟くと、影の中から全身を白炎で包み込んでいるフィオナが現れ、味方全員を白炎で包み込んだ。
ナハトとディヒルアは余裕の笑みのまま突っ立っている。
「私達は、貴方達を決して許しはしない……」
白炎と黒雷で守られている為、落ちてくる瓦礫を避けること無く突き進んで行くアンナ。
その先には、ガルノから少し後ろの位置で己の周囲を血の棘で囲い尽くして安心し切った表情浮かべるエスメが居た。
「ライトニングは、差別や偏見が嫌い。それでも、私達獣人が許せる訳無い。だから、これが最初で最後……」
エスメとの距離十数メートルになると、やっとエスメ側がアンナの存在を認識した。
「ハァー!! 狂ってんの!?」
エスメは敵の不気味さと焦りと恐怖で頭が回らず、無我夢中で自身の周りに大量血の塊を出現させた。
数秒後。
城の瓦礫がエスメの頭上を守る血の棘に接触し始め、アンナとエスメは互いに視界から消えた。
「ナハト様の敵は私の敵! 全員死んじゃえーー!」
エスメは血の棘で出来たドームの中で狂った様に天を仰ぎながら宙に浮かぶ無数の血の塊を一瞬にして血の棘へと形状変化させた。
血の棘へと変化した物は、瓦礫を貫き、大地を貫き、魔王城一階全てを覆った。
だが、エスメの前にある瓦礫越しに黒雷が光る。
エスメが黒雷の存在を理解する前に、瓦礫が破壊され、下の方から右掌が突き出てくる。
『黒雷の、ビリッと烙印!』
アンナの咆哮と共にエスメは黒雷纏った右掌に首を掴まれる。
アンナは首を掴んだ手を強く握りしめる。
すると一回の雷鳴が鳴り響き、エスメの気絶を確認したアンナは手を緩めた。
それから数十秒後。
城の瓦礫は完全にライトニング達を覆い隠し、砂埃が未だ微かに宙を舞っている。
「オラァアー!!」
ガルノは右腕を上に突き上げて紅蓮の竜巻を起こし、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
その影響で、瓦礫の下敷きになっていたエスメが姿を現わす。
地面に倒れているエスメの首には火傷痕が出来ており、蒸気が漂っていた。
全身が瓦礫の重みにより潰れ、至る所から血を大量に流している。
「おい、大丈夫か?」
ガルノは瓦礫をどかしながら心配そうにエスメに近づく。
「ああぁぁ……、いっったい! よくもナハト様の体に傷を!!」
エスメは首に残った火傷跡を両手で押さえながら発狂している。
「私は血を操る吸血鬼の中でも、特に天才なのよ。出血しても、固まりきってなければ自分の体に戻せる」
エスメは早口でそう言いながら、地面に散らばった自分の血を体に戻していった。
そんなエスメの背後に、紫と白黒の光が現れる。
「そうか。だが、不死身じゃ無いだろ? 油断しすぎだ」
エスメの右後ろで低い声で煽る様にそう言ったリサは、躍動感あふれる体勢で宙を飛び、美しい赤髪ポニーテールを靡かせていた。
そして、力強い青く輝く瞳でエスメを睨み、白い剣には紫色の魔力を纏わせて両手で軽く握っている。
一方、エスメの左後ろに現れたフィオナの方は、風に靡くウェーブ掛かった黒く長い髪は黒炎に変化し、背中からは右に白炎の翼、左に黒炎の翼を生やしている。
そんなフィオナが持つ白い大剣は、剣全体を黒炎が包み込み、その上から刀身を白炎が覆っている。
「破壊衝動が引き起こす空想は無限大。行くぞ、騎士フィオナ! 『崩壊之空想!』」
「『白黒炎の騎士』フィオナ、王命の元に敵を討つ! 『死誘之別世界炎地獄!!』」
紫色の魔力纏った白い剣と、黒炎と白炎の二つの炎纏った白い大剣が、エスメの首元に迫って行く。
エスメは血を体に回収している最中というのもあり、攻撃には手が回せずに絶望に満ちた表情で二つの剣を待つしか無かった。
それを少し離れた所で見ていたもう一人の最強が動く。
「させねぇ……、『絶望神之無限白雷流星』」
ナハトがそう呟くと、白雷で作られた小さな隕石群が夜天から光の様なスピードでリサ達目掛けて落下していった。
「っ! 雷剣、ノアぷらすミズキ! 『混沌相殺』」
ノアは咄嗟の判断で光魔法を使ってリサ達の前まで瞬間移動し、白雷の隕石群へ目掛けて様々な属性を持った藍色の玉を多数放った。
「ハッ、こっちは無限のエネルギーが宿った白雷製隕石だ。進化した獣人の魔力でも対抗出来ないぜ」
ナハトは鼻で笑った後、悪い顔をノアに向けた。
「分かってる……。だから、ミズキの力を借りたんだ」
ノアは小さな藍色の水球を右手の上に生成し、カラフルな眼光で睨みつけながらナハトに言い放った。
二人の魔法がぶつかり合い始め、リサとフィオナは一度エスメから離れた。
ノアとナハトの魔法がぶつかり合い爆発音が断続的に鳴り響く中、エスメは小さく悲しそうに独り言を言う。
「ナハト様はライトニングと戦いたいと仰っていた。もっとナハト様のお役に立ちたいのに……。私、何でナハト様の手を煩わせてるの?」