176 勇者達の勝利と決戦告げる雷鳴
ライムが魔王アビスの魂を握りつぶしてから少し後。
レイラが気絶した事で、大穴に蓋をしていた半透明の黄色い空気は中央から徐々に消滅していっていた。
半透明の黄色い空気の上に居た者達は、既に皆んな退避し切っている。
その様子を、大穴中心地付近で遠目に確認している人物が一人。
「皆、無事に避難できた様だな」
学園の生徒や先生、ナイトサンダーズ達全員が大穴の外に移動できたのを見届けたフィオナは、大穴の底へとその身を投げ出した。
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大穴の底。
そこでは、ゼーレが重い体でゆっくりと立ち上がっていた。
「もう回復してきたのか。ま、アビスの生命力を奪ってんだからそりゃそうか」
ライムの安心した表情とは裏腹に、ゼーレは緊迫した表情でライムにこう尋ねる。
「アビスはどうなった? レイラは寝てるだけだよな?」
「アビスは自らの生命力をあの木に宿して自害した。レイラは魔力の使い過ぎで気を失ってる。ユニスさんの魔力も使えるとは言え、大穴を塞ぐのと僕の動きに合わせて無数にある水の足場を微調整すんのは限界越えてたんだろ」
ライムの話を聞いたゼーレは落ち着きを取り戻した。
「ライム……」
「何だ?」
見つめ合う二人の間には、静かで居心地の良いゆったりとした時間が流れている。
「二人と出会えたから、僕は勇者であり続けられた。これからも、一緒に旅をしないか?」
ゼーレは純粋無垢な満面の笑みを浮かべてそう言った。
「ふっ。数日休憩したら、ジャスティスクローの人達にお願いしに行くか。今度の旅は、目的地なんかない自由気ままな旅にしよう」
ライムの返事を聞いたゼーレは安堵の表情で夜空を見上げた。
夜空を見上げていたゼーレが口を開けてこう話す。
「肉体と魂は引き離せない、どちらか一つだけだと生きているとは言えない。勇者やそれに似た異名で呼ばれる者が現れれば、それは悪が現れたと言う事。森羅万象、どちらか一方だけで世界は動いていない……。そう考えるのなら、魔王の血筋を断てば真の勇者もこの世界から消えるよな?」
「そうだな」
ライムは優しい声色で答えた。
ゼーレは精気を取り戻し、話しながら立ち上がる。
「もてはやされるのは気分良いけど、背負う物が重すぎる。勇者と魔王の宿命は今日で終わらせないと……」
頭を押さえながらも、鬼気迫る表情で前へと足を踏み出すゼーレ。
それを見たライムは溜息を吐いた後、ゼーレの右腕を掴んで引き留めた。
「ゼーレはよく頑張ったよ。日が昇れば、この世の誰もが、お前を最高の勇者だと称える……」
ライムに引き留められたゼーレは、悔しそうに涙ぐみながらへたり込んだ。
ライムはゆっくり掴んでいた腕を離してこう言う。
「だから、死ぬ選択肢に足を突っ込むな」
ライムがそう言った後、月明かりが作る影が少し移動する程沈黙の時間が続いた。
そんな沈黙の空間に、大きな翼の羽ばたき音が聞こえてきた。
「フィオナさん……」
ゼーレが見上げるその先には、右背中に白炎の翼を、左背中に黒炎の翼を生やしたフィオナが白い光放つ月下をゆっくりと降下していた。
ライムはフィオナと顔を合わせて静かに頷く。
それを確認したフィオナは、ゼーレの目の前に降り立ち、オレンジ色の魔力を放つ右手を前に突き出した。
「ごめんね、ゼーレ君」
フィオナは静かにそう言い、ゼーレの目を閉じる様に右手を少しずつ下に下げていく。
「あったかい……」
ゼーレは暖かな気持ちに包まれながら幸せそうに眠りについた。
「ありがとうございます、フィオナさん。てか、何でもあり過ぎて怖いですよ」
ライムは、ゼーレを慎重に地面に寝かせて立ち上がった。
「ふっ、ライトニングに褒められるのは何だか変な気分だな」
フィオナは口元はほくそ笑みながら、ジト目でライムを見つめている。
「口元緩んでますよ。思ってたより可愛いらしいんですね」
ライムに突然そう言われたフィオナは驚きと恥ずかしさでライムから視線を逸らし、口を固く閉じて黙り込んでしまう。
「ま、ライトニングに対しての世間のイメージは、冷酷無慈悲の最強ですから、褒められるなんて思ってなくても意外じゃないですけど。でも、僕の破滅帝を奪える時点で、同じステージに立ってる証拠ですよ」
恥ずかしくて俯いているフィオナを尻目に、ライムは話しを続ける
「僕、自分と同じぐらい強い奴とは基本仲良くなりたいので。ま、雷鳴の夢を邪魔しないのが条件ですけど……」
そう言うライムの背中からは、微かに殺意を感じ取れ、フィオナの脳には一気に緊張が走った。
「ディストラ……」
ライムの呼び掛けに応えるよう、ディストラがライムの影の中から出てきた。
「ライトニング様、魔王アビス討伐お見事でした」
ディストラは落ち着いた口調でそう言いながら深々と頭を下げる。
「結果的にはな。あのまま放置してもアビスは自分で死ぬつもりだったし、トドメを刺したのはライムだ。勝ち負けで言うならゼーレの、勇者パーティーの勝利で間違い無いよ」
「後、アビスに一番ダメージ与えたの、ゼーレだからね」
「それで、アンナ達の状況は?」
「想定以上に魔王城に残った魔将軍が強く、それに加えて魔王ナハトと絶望神ディヒルアが本格的に動き出した事で、かなり苦戦を強いられています」
「星屑之衆のタリア様に至ってはかなりの重傷を負い、サリファさんも治療の副作用でかなり衰弱しております」
「良かった、全員生きてはいるのか」
ヘライトさんの見た未来では、僕はアンナ達を守れていない。
でも、まだアンナ達は生きてる。
他の皆んなはまだ分からないけど、皆んなで考えた作戦がハマってるって事か。
運命はまだ僕の手中にある。
頭の中で状況を整理したライムは、冷静な感情のまま話す。
「中々手こずっている様だが、お前は加勢してないだろうな?」
ライムはディストラに冷たい視線を向ける。
「勿論です。魔王軍に居る者は、私が未だ影しか扱えないと思っています。そもそも長い間会ってませんし、陰の者の力は秘めてこそ真価を発揮しますので」
ディストラは冷静に返事をした。
「そうか。全速力で向かう、振り落とされるなよ」
「その時は自力で向かいますよ」
「じゃ、二人を僕の影ん中に入れてください。寝てるから朝まで、いや昼まで熟睡でしょう。それと、フィオナさんも来てくれますよね?」
「はい、行かせてもらいます。と言うより、ライトニングがここまで警戒する相手なのだな、絶望の名を冠するディヒルアと言う神は」
フィオナがそう聞くと、ライムは真剣な表情に変わった。
「数回会っただけですが、意思を持った宇宙なんて言われても納得できてしまうぐらい、未来が黒く塗りつぶされた。その力をナハトも持ってるんですから、慎重にもなります」
ライムの深刻そうな表情を見たフィオナは、ゼーレとレイラを抱えて、静かにライムの影へと入って行った。
「勿論、負け戦にするつもりありませんけど」
ライムはそう言った後、黒雷を全身に纏い、一瞬で大穴を抜けて北へと飛んでいった。
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魔界の北にある魔王城。
そこでは熾烈な大混戦が繰り広げられている。
城の至る所に穴が空き、床や天井も抜け落ち、今にも崩れ落ちそうな状態。
柱や天井が殆ど崩壊している魔王城一階は、広い空間になっており、そこには防犯レーザーの様に真っ直ぐ伸びた無数の血の棘がアンナ達を取り囲んでいる。
アンナ達は、全員血の棘による切り傷を全身に作っていて、毒により疲労困憊な状態だった。
タリアとサリファは、未だ目を覚ましていない。
「怪我人を庇うから追い詰められるんだ。これじゃあ、ライトニングが来る前に終わっちまうな!」
ガルノは壊れた柱の上に座ってアンナ達を遠目に嘲笑している。
「アハハッ、貴方達の王は随分手こずっているみたいね」
エスメはそう話しながら、アンナ達を取り囲む血の棘を一本また一本と増やしていく。
「ナハト様、私退屈です。私が終わらせても宜しいでしょうか?」
フレヤはナハトに近づきながら槍にマゼンタ色の雷を集約し続けている。
「フレヤ、お前には自由に戦えと言っているが、それだけは辞めておけ。ディヒルア様を敵に回す事になる」
ナハトは、後ろで不機嫌な顔を浮かべてアンナ達を睨んでいるディヒルアを見て言った。
「ナハトよ」
ディヒルアは溜息を吐いた後、ナハトの方を見て言った。
「何ですか?」
ナハトはアンナ達を見ながら少しだけ適当な感じで返事をした。
「ライトニングがここに来ると言う事は、主の父親は勇者に負けたと捉えて良いだろう。母の顔も知らぬ主には辛い現実では無いのか?」
ディヒルアのこの問いに対し、ナハトは鼻で笑ってこう答える。
「ハッ、悪魔は悪であるべきだって定めたのは神だ。誰かの死を悲しむ悪は半端もんだろ。俺は、もう自分の強さにしか興味ねぇな」
ナハトは自身の右手に纏わせている白雷を見て楽しそうに笑う。
「妾は正義や悪を測るものさしが曖昧なのじゃが、家族とはそう言う物では無いと思う……。あの世界での暮らしは暇つぶしの一環に過ぎなかったのだが、妾の心も人間色に染められ始めたと言う事か」
ディヒルアが嬉しそうに胸に両手を当てていると、上空から雷鳴が鳴り響き始めた。
「この魔力は……」
ナハトは興奮のし過ぎで笑っている。
「ライトニング……」
アンナは他の者よりもいち早くに頭を上げ、空を見上げた。
その視線の先には、月明かりをバックにしてシルエットが黒くなっているライムの姿があった。
そんなライムは、右拳を振り上げ、魔力を右拳一点に集中させて、右拳からは一定の間隔で黄色い雷を放出している。
「その檻、邪魔だな……。『落雷之衝撃』」
ライムがそう言いながら拳を思いっきり地面に向かって振り下ろすと、落雷と共に一回の雷鳴が周りに響いた。
数秒後。
アンナ達を取り囲んでいた無数の血の棘は一つ残らず粉々に砕け落ち始めていた。
そんな中、ライムはアンナ達の元へ降り立ち、影に一瞬で包み込まれた。
そして血の棘の残骸が空を舞っている中、月明かりに照らされた最強が姿を現す。
黄色い雷が当たる箇所に縫われた漆黒のコートを羽織り、フードを深々と被った下には禍々しい仮面を付けている。
そう、雷鳴の覇者ライトニングである。
「我は雷鳴の覇者、ライトニング……。漆黒の雷で全てを破滅させる者」
落ちていく血の棘の残骸を背景に、漆黒の雷を全身に漂わせているライトニングが、ナハトとディヒルアに仮面の下から余裕の笑みを向けている。
「ふふっ、妾の愛しい人。ずっと前から探しておったのだぞ」
ディヒルアは少し高く甘えた様な声でそう言い、不気味な笑みを浮かべてライトニングを見つめている。
ここから先は完全なるクライマックス!
ライトニング達の最後の戦いが幕を開けます。




