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175 勇者の力

 アビスに頭を掴まれて動けないまま魔力を触れ続けるライムを後ろで見ていたレイラは、悔しさが目に見える唇を噛み締めた姿で策を考えていた。


 『孤高之才能(拒絶本能)』で加速し続けたライムがあっさりと捕まるなんて……。

 でも、ライムの事だから何かある筈。

 ライムは戦いの頭は回る方だから。


 一瞬の間に思考を巡らせたレイラは、ある事に気付く。


「そういう事ね……」


 レイラは嬉しそうに微笑んだ後、幾つかの水の足場の角度を調節した。


 すると、先程まで無数の水の足場を行き来して加速し続けていた数個の雷玉が、生物の反射神経では反応出来ないスピードでアビスの肉体を貫いた。


「チッ! このフィールドは面倒だ」


 アビスは舌打ちをした後、ライムの頭を捕まえながら足元から唐紅色の大きな木を生やして水の足場が広がるフィールドの上まで上昇した。


「これなら、レイラもちゃんと攻撃に加われるだろ?」


 連れて行かれたライムを心配しながらも満足げそうな表情のレイラを見て、ライムは明るく微笑んだ。


 一方、アビスの体は唐紅色の光を帯びて行き、雷の球で貫かれた箇所が修復しつつあった。


「やっぱ生命力も吸収するよな。でも良いのか? 生命力は光魔素だけじゃ無い。純粋な魔力や魂も含まれている」


 威勢良く話すライムを横目に、アビスは貫かれた箇所の修復を終えた。


「僕ぐらいになれば、体から離れた魂と魔力を繋ぎ合わせて魂之力ソウルを発動する事も容易だ……」


 その言葉を聞いて、アビスは自分でも何故出ているか理解できない冷や汗を垂らす。


「上質な魂は、下等な魂を征服する……。『魂導者(魂への神託)』」


 ライトニングの低く悍ましい声色で囁かれる。


 その数秒後には、アビスは意識が朦朧とし始め、四肢と頭部を覆っていた藍色の球体は解除された。

 更に、息も満足に出来ず、白目を剥くアビスは自身の肉体の制御は最早出来なくなっていた。


「さぁ、深淵の終極(フィナーレ)だ……」


 その様子を下から不敵な笑みで見上げるライムは、悪魔の様だった。


 一方、下ではゼーレが魔力を白い刃に集約し続け、白と黒、そして金色の魔力が空気を震わしていた。


「真の勇者も魔王を倒し切る事は不可能。それが神が決めた宿命なら、倒し切らずに殺せば良い……。これが、宿命と言う神が決めたルールの限界」


 ゼーレの黒い瞳は白く神々しい光を放ち、両腕は黒い魔力が纏わりつき、月の様に暗闇に煌めく美しい白髪には黄色い光が仄かに漂っている。


「堕ちろ、魔王……。ほら」


 そう呟いたライムは、瞬きも終わらぬ時間の間だけ破滅帝を解放し、漆黒の雷纏った黒剣でアビスの四肢を斬り落とす。

 その後、四肢の切断部から溢れ出る血をその身に浴びながら、アビスの背後に回り込んで冷たく無情な視線で見下しながら背中を軽く蹴り飛ばした。


 アビスは白目を剥いて気絶しながら、ゼーレの元に落ちて行く。


命操(めいそう)の勇者が世界に命ずる!

かの命を形作る全てに死を宣告し、我が力へと変換せよ」


 真の勇者の力強い呼び掛けに対して本当に世界が応えるかの様に、中央区全体に空いた大穴の上空から白い光の柱が何十個も大地に降り注ぎ始める。


 白い光の柱は徐々に広がっていき、次第にラスファートから見える空全体を覆い隠して、真昼時以上の明るさに染め上げた。


 白い光が空から降り注ぐ。

 そんな神秘的な光景を目の当たりにした全ての生物は、神の降臨の予兆と受け取り、息を呑み込む。


 やがて、大穴の上空から白と黒、そして金色の巨大な一本の光の柱が一気に降り注ぎ、下に居るゼーレに直撃した。


「救世主の降臨を懇願せし者達よ、僕の背中を押せ! 今こそ魔王に思い知らせる時だ!」


 目を瞑って集中力を高めていたゼーレは目を開き叫ぶ。


 そんなゼーレの頭の中には、これまでの旅で出会って来た勇気ある者達が次々に思い浮かんでいた。


 一緒に旅をして来たライムやハルカとレイラ、初めて出来た勇者を目指す弟子、ヴァンリ。

 水竜達相手に勇敢に立ち向かって居たエマとスズリ、そして戦う力がなくとも心は誰よりも強いクロエ。

 それ以外にも、色々な人達の勇気ある姿を思い出す度にゼーレの力は増して行く。


「世界を変えるのは、恐怖による支配ではなく、一歩を踏み出す勇気だと!!」


 アビスの落下地点まで地面を思いっきり蹴って飛び出して行く。


 飛び出したゼーレは、大きな叫びと共に三色の魔力を纏う白い剣で光の軌跡を描いている。


「これが勇者の力! 『命魂之終光ソウル・ホワイトブレイク!!』」


 アビスが間合いまで落ちてきた瞬間、口を大きく開けた勇ましく大きな声と共にゼーレは白い剣を振り下ろしてアビスの体を縦真っ二つに引き裂いた。


 その後の振り下ろされた白い剣は白と黒、金色の巨大な斬撃を東方面に飛ばした。

 その斬撃の大きさは、大穴の底から上空上空百メートル付近まで届く程であった。


 巨大な斬撃は、大地を揺らす衝撃と轟音を放ちながら、やがて北西区と南西区を隔てている大きな岩の壁を完全に崩壊させた。


 そして、斬られたアビスはと言うと。


「ア、アァ、ウゥゥ、ウッ」


 ゼーレによって身体(しんたい)を縦真っ二つに引き裂かれたものの、痛みで意識を取り戻したからか、声にならない声を上げて目も開いていた。


「体力が途中で尽きただけか」


 ライムはアビスの前で気絶してうつ伏せでぶっ倒れているゼーレの心臓を触って生存確認をして安心した表情を浮かべた。


 そこから遠くの後ろの方では、レイラも気絶して仰向けで寝転がっている。


 ゼーレとレイラの気絶を確認したライムは、咳払いをした後にアビスを冷酷な視線で見下ろして、ライトニングの低く悍ましい声色と口調で話し始める。


「おい、まだ意識自体はあるんだろ? 千年以上座ってた玉座はどうだった? 良かったな、歴史上初の勇者に討伐された魔王になれて」


 月明かりに照らされ、血塗れの顔に陰を作った不敵な笑みで見下ろされたアビスは、見下ろされると言う屈辱がトリガーとなって朦朧とした意識の中、火事場の馬鹿力で背中から唐紅色の木の皮を生やして真っ二つに引き裂かれた肉体をくっつけた。


「魂壊れてるのに、それでも再生するか。だが、我の漆黒の雷に破壊された箇所が再生する事は無い」


 ライムは血濡れた右手をアビスに見える様に前に出し、上に向けた右掌に漆黒の雷を漂わせて言った。


「お前、やっぱりライトニングだったか……。我達は、あの神の力に固執せず、もっと早く動くべきだった様だ。最大の脅威であるお前と勇者が手を取り合うその前に」


 肉体をくっつけたアビスだったが、四肢が再生できず血が止まらない状況を見て、死を悟った様な表情を浮かべながら鼻で笑った。


「だがこれも、神が定めた世界の宿命なのだろうな……。そうだとしても、我はこの世界に影を落としていく」


 そう言いながら、アビスはゆっくりと目を閉じて行く。


 すると、アビスを持ち上げる様に下から巨大な唐紅色の樹が生えてきて幹の部分にアビスを取り込んだ。

 その樹は不完全で、枝は立派なものの、その先に一つも葉が生えていなかった。


「勘違いするな。我は最強だ、誰かが仕組んだ宿命を進んでいるんじゃ無い。僕自身が周りの運命を決めて、世界の宿命を破滅させてんだよ」


  そう言いながら、ライムは右手をアビスに突き出す。


 その間に、唐紅色の樹はアビスから生命力をぐんぐん吸い上げていった。


「頂きからの絶景は白一色。誰を何色に染めるかは我が決める」


 ライムが右手を何かを掴む様な形て魔力を込め始めると、アビスは樹に囚われて動けぬ体を捩らせ、顔を顰めてこう呻く。


「あた、頭が痛い! 何だこれは! 魂が、魂が苦しい……!!」


「分かったら、己の次元の低さを惨めに思いながら沈め。底知れぬ、自己否定の深淵(アビス)へと……」


 ライムは悶える姿を無表情で見下ろしながら右手を静かに、しかし力強く握りしめた。


 その瞬間にアビスは意識を失い、呻き声も静まった。


 すると、唐紅色の巨大な樹はアビスを完全に幹の中へと取り込んでいき、恐ろしくも桜の様に美しい唐紅色の花を満開に咲かせ、その周辺には唐紅色の光を放つ草花が繁茂した。


「世界に影を落として行く……。中から魔物特有の魔力を感じる。面倒な置き土産だな」


 ライムは巨大な唐紅色の樹に右手を触れながらそう呟いた。

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