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174 深淵の恐怖

 ユニスとアビスの対話を見ていたゼーレは、頭を抑えながらふらつく足で立ち上がる。


「魂の枷を外せ、か……。確かに、魂之力ソウル使いが本当の自分を抑えて戦うのは違うよな」


 ふらつきながら立ち上がったゼーレは、胸に右手を置いて深呼吸をする。


「勇者らしさとか今はどうでも良い。それに囚われるから甘い考えが生まれるんだ」


 深呼吸を終えたゼーレは、白い剣を鞘から抜き出し、白と黒、金色の魔力を剣に纏わせた。


「本当の僕は全然勇者らしく無い。子供っぽいし、口も悪い。勇者っぽく振る舞うのは自己満の為、理想の勇者像を模範しているに過ぎない」


 深淵の底で凛と佇むその姿は、月明かりを反射する白髪と、深淵と同化する黒い瞳が相まり、勇者のゼーレと勇者らしく無いゼーレが同時に存在している様にライム達の目に映った。


「口が悪いのは、この短い間で分かった。だがそれ以上に、魔王が二人いるこの世界始まって以来一番絶望的な時代の勇者に相応しい顔付きをしている。結末がどうであれ、この時代が彼の方最高の暇つぶしとなるだろうな」


 不敵に笑うアビスは、魔法を発動する。


 深淵の底には再び唐紅の森が生えて地獄の様な光景を作り出し、その木々に寄り添う様に天空から藍色の球体が流星の様に降り注ぐ。


 その中の一つがアビスに直撃し、その後直ぐに唐紅色の大きな木が地面から急成長してアビスを覆い隠す。


「地のどん底へ……。『深淵之絶望(アビス・フィアー)』」


 唐紅色の大きな木の中から大気が震える程低い声が響く。


「ゼーレ君、ライム君、気を付けて。私達は、()()に勝てなかった」


 ユニスが緊迫した表情でそう言う先では、唐紅色の大きな木が縦に割れて、その中からアビスがファー付きの漆黒のコートとシャツを投げ捨てて上半身裸の鍛え抜かれた腹筋が丸見えの状態でゆっくりと出てきた。


 そんなアビスは、四肢の先と頭部を引力を持った藍色の球体で覆い、全身の皮膚の節々から唐紅色の木の皮を生やした人外と呼ぶに相応しい容姿であった。


 悍ましい姿に変貌したアビスは、唐紅色の木の皮が生えている右掌で地面に触れ、球体の引力で地面を破壊しながら大地の生命力を吸い取って全身の火傷傷とダメージを修復した。


「中央区を消し去るあの技で戦況は一変した。だが、ゼーレの魂も肉体も限界だ。宿命を壊す時が来た……」


 そう呟いたライムは、ゼーレの方をまっすぐ見つめる。


「ゼーレ、次の技で宿命()に勝つ。そこまでユニスさんとレイラと僕が連れて行く」


 ライムの後ろでは、自信に満ち溢れた佇まいのユニスがゼーレに優しく微笑んでいた。


「了解。任せろ、僕は命操(めいそう)の勇者ゼーレ・リィナル。勇者と魔王の宿命と運命を越えていく者だ」


 ゼーレは仲間の事を信じて、魔王に勇ましく白い剣を突きつける。


「あぁ、僕達は運命だけじゃ無く、宿命すらも掌中に収める……。僕達で歴史を動かすぞ」


 ライムは全身に黄色い普通の雷を纏い、ユニスは魔法の杖を掲げ上げて、魔王アビスを囲う様に六角形の水の足場を無数に作り出す。


「私達は互いの魂之力ソウルを共有してるから、『神秘付与(ミステリーギフト)』の扱いと魔法発動の速さに長けてる私の方が強い。でも、ここからは貴方が見届けるべきよ……」


 ユニスはそう言いながら目を瞑り、意識をレイラに返し、肉体もレイラの姿に戻った。


「言ってくれるわね、ユニス。今は私が最強のエルフなのよ」


 レイラは自信に満ち溢れた表情で言い放ち、アビスを囲う水の足場を更に増やした。


「不利な状況を正面から蹴散らしてこそ魔王!」


 アビスは咆哮し、天まで昇りそうな魔力を解放した。


「レイラ、ユニスさん、僕に合わせて下さい!」


 ライムは、アビスの逃げ場を無くす様に、水の足場へ雷魔法の玉を数発打ち出した後、足場のエネルギーを反射する力を使ってアビスに近づいていく。


 ゼーレは、既に倒れていてもおかしく無い程意識もはっきりしてないだろう。

 破滅帝さえ使わなければ、一旦本気で勝ちに行っても良いか。

 破滅帝は使ったらバレるが、魂神(アニマ)は使っても、受けた本人すら何されてるか分からないからな。


 黄色い普通の雷を全身に纏ったライムが目にも留まらぬ速さで加速していきながらアビスの周りを飛び回る。


 全身を黄色い雷で包んで加速していきながらほんのり赤く染まった闇の中を飛び回るその姿は、まるで夜空を彩る流れ星。


「鬱陶しい……。まるで、コバエの様」


 アビスは低い声で言いながら、藍色の球体で包まれた右手を銃の形にして人差し指の先端に極小の藍色の球体を生成した。


 極小の藍色の球体が持つ引力がピークを迎えると、周りを飛び回るライムに向けて撃ち放った。


「ぐっ……、内臓が……」


 撃ち放たれた藍色の球体は、ライムの左下側の腹を捉え、凄まじい引力で内臓を抉りながら一瞬で背中を貫通して行った。


 ライムは撃ち抜かれた箇所を押さえながら一度地面に降りる。


 破滅帝が使えればもっと速く飛び回れるけど……。


 ライムは撃ち抜かれた痛みに耐えながら、尚も水の足場を使って飛び回りながら加速し続ける。


 それを見たアビスは、両手を覆う藍色の球体を解除してライムに向かって飛び出す。


 飛び回っているライムの正面に現れた来たアビスは、唐紅色の木の皮を生やした右拳で殴りかかる。


 ライムも咄嗟の判断で漆黒の剣で拳を受け止めたが、反射の力を持つ唐紅色の木の皮に弾き飛ばされていった。


 弾き飛ばされていったライムの先には、藍色の球体が設置されており、その前には唐紅色の木が鎮座している。


 藍色の球体が持つ引力で吸い寄せられて行くライムは途轍もない速さで木と正面から衝突し、顔や体の至る所に衝突のダメージと木が受けた衝突のダメージと言う二倍の衝撃を受けた。


 アビスが漆黒の剣を全力で殴り、ライムは吹き飛ばされてその先にある藍色の球体に吸い寄せられて唐紅色の木に衝突して血を吐く。

 暫くの間、この一連の流れが続いて行く。


 アビスに一方的に殴られる事十数秒後。


 ゼーレとレイラはライムを信じて加勢しようとする足をグッと堪えていた。


 そしてアビスはと言うと。


「クッ、クハハハハアハハハ! 目を瞑ってどうした、恐怖の深淵が見えてきたか!?」


 一方的に敵を追い詰める状況に置かれた事でハイになっていた。


 それから暫くの間、避けようとはするものの加速する術を失ったライムは、先程と同じ手口でアビスに一方的なダメージを蓄積され続ける。


 更に数秒後。


「人殴ってハイになってんじゃねぇよ。殺し合いは常に冷静な方が勝つゲームだ」


 ライムはいきなり瞑っていた目を開き、迫ってくるアビスの左腕を滑らかに右へ躱した後、アビスの左腕をホールドして後ろに折ってアビスの背中を蹴ってうつ伏せに倒した。


 次に、左手で後ろに折った左腕を掴んで背中側に回し、アビスの背中と左腕を膝立ち状態の右足で組み伏せながら、右腕でアビスの首を上から押さえ込む。


 一瞬の間に魅せた洗礼された制圧術、実践型中二病が前世で習得した技である。


 故に、制圧術を成功させたこの時のライムは顔を俯かせて陰で笑いを堪えていた。


「王を組み伏せるとは……。死刑確定だな」


 そう言ったアビスは首の裏に唐紅色の木の皮を生やして押さえられている力を反射してライムを上空に吹き飛ばした。


 その間に、アビスは立ち上がって足裏から生やした唐紅色の木の皮で大地の生命力を吸い上げて左腕を完璧に治した。


 一方吹き飛ばされたライムは音もなく華麗に着地した後、三度水の足場を使って加速していきながらアビスの周囲を飛び回り始めた。


「二度やられてもワンパターン……。あまりに面白みが欠けているぞ、猫の獣人」


 アビスはとびっきりの煽る声色で言い放ったが、ライムは意に介さず飛び回り続ける。


 三度それから暫くの間、加速する術を失ったライムは、先程と同じ手口でアビスに一方的なダメージを蓄積され続ける。周りを飛び回られてアビスの集中力が少し落ちた瞬間、ライムの漆黒の剣がアビスの右太ももを捉えた。


 その後に血が飛び散る音は聞こえてこなかった。


「痛テッ。てか、硬った! 重ね着とかアリかよ!」


 ライムの漆黒の剣は、アビスの体から生えている唐紅色の木の皮が何層にも重なって防ぎ切られてた。


 漆黒の刃は何層にもなる木の皮に突き刺さり、漆黒の剣を通じてライムの黄色と漆黒色の魔力を吸い上げて行く。


「早く抜かなくても()いのか? この唐紅の木はダメージを反射するだけで無く、あらゆる物を吸収する。進化した獣人の魔力はさぞ美味しかろう」


 引力を持った藍色の球体の中からニヤけた表情で見下ろすアビスは、同じく藍色の球体で覆われた右手でライムの頭に触れている。


「抜きたくても抜けねぇんだろうが!」


 藍色の球体が持つ無力化の力で魔力と四肢の筋力を封じられているライムは、威勢良く鋭い黄色の眼光でアビスを睨むことしか出来なかった。


 その間にも、ライムの魔力は唐紅色の木の皮に吸われ続ける。

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