173 未来を左右する決断
白と黒、そして金色の魔力を纏った右拳を構えているゼーレが、紫色の巨大な五芒星を掲げ上げた右腕の先に保持しているアビスに向かって飛び出す。
「出し惜しみなら論外……。舐めてかかるならぶっ殺す!」
ゼーレは殺気満タンの鋭い眼光でアビスを睨みながらそう言い放つ。
「ふっ、勇者とは思えん口調だな」
アビスは嘲笑しながら、巨大な紫色の五芒星をゼーレに向けて放り投げた。
「虚勢を張る勢いで出てるだけだ、気にするな。退路を塞いだのは覚悟の証、強制にでも勇者の力である勇気を魂の底から溢れさせる為」
ゼーレはそう話しながら、巨大な紫色の五芒星を殴った。
五芒星を殴ったゼーレの右腕は、五芒星が放つ引力と斥力によって服がビリビリに破れていき、物凄い風を受けて切り傷が増えていく。
だが、ゼーレは雄叫びを上げながら段々五芒星を押していき、アビスに近づいていく。
そして、アビスの眼前まで来たゼーレは、五芒星ごとアビスを撲る。
それが引き金かの様に、勇者パーティー三人、シエル達ナイトサンダーズ全員、そしてサラ達学園の生徒と教師等々、ラスファート中央区に居た人族全てが白炎に身を包まれた。
「白は希望、黒は絶望、金は生命の息吹。『崩壊之白世界!!』」
ゼーレがそう言いながら五芒星ごとアビスを地面に叩きつけたその時、ラスファート中央区は一瞬にして白い光に包まれた。
その刹那、花火の様に黒と金の光が一回ずつ白い光の中で点滅した。
黒と金の光が点滅した二回、そのどちらも爆音と爆風が半径百キロにも及ぶ地域に影響を及ぼした。
ラスファート中央区を包み隠す程の白い光は、その後数秒間は光を放ち続け、徐々に弱まっていった。
その跡には、城や『魔剣士魔法総合国立学園』も、そしてそれを支えていた丘すらも残されてはいなかった。
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更に数秒後。
上空二百五十メートル程の高さでは、白炎に身を包まれた姿で真っ逆さまに落下して行く『魔剣士魔法総合国立学園』の生徒や教師達が居た。
「ぎゃー! 白い光が眩しくて目を閉じた次は爆風で吹き飛ばされたし、その次は爆音で耳が壊れるところだったし。その後すぐに何か浮遊感感じたと思ったら、ほんとに落ちてるんですけどー!」
サラはセレストと手をぎゅっと繋ぎり、金髪ショートを暴風で揺らして涙目になりながら地面を見ていた。
その視線の先には、ラスファート中央部に空いていた巨大な穴と同じ深度の大きな穴が、ゼーレの御業によってラスファート中央区全域がくり抜かれたかの様に形成されていた。
そしてその中央には、ラスファート王城中央部に空いていた穴を塞いでいた黄色に半透明な空気の蓋が宙に浮かんでいる。
ラスファート中央区に現れた深淵の如き巨大穴は、まさにこの戦いの過酷さを物語っている。
だが、黄色に半透明な空気の蓋が徐々に広まっていき、再び穴を完全に塞いだ。
「サラ、こっちを見て落ち着いて。多分だけど、私達の体を覆っているこの白炎のお陰で目も耳も無事だし、爆風で吹き飛ばされる事も無かった。それに、私達ぐらいの魔力量での身体強化なら、この高さから落ちてもほぼ無傷だよ」
セレストはサラと繋いでいない方の手で外れそうになっているアンダーリム眼鏡を押さえながら、冷静な口調と表情でサラを宥めた。
半透明の床が近づいてくるにつれ、サラ達含め、学園の生徒や教師達は全員身体強化をし始める。
そうして、『魔剣士魔法総合国立学園』の生徒と教師は、全員ほぼ無傷で着地に成功した。
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一方、上空三百メートル付近では。
白炎でその身を包まれているシエル達ナイトサンダーズとホノカ、そしてフィオナが落下して行っていた。
「うひゃ〜、たのっしぃ〜!!」
シエルの右側に居るアイは、両手両足を広げて楽しそうに笑いながら風を受けている。
「死んじゃう死んじゃう、死んじゃうよ!」
カルラは黄緑色の瞳が輝く目を強く瞑り、涙を流して声を震わせている。
「カルラ、落ち着きなさい。下に居る者達は既に着地の準備をしているわ。私達もそろそろよ」
カルラの右に居るシエルは、カルラの右手を握って優しく話しかけた。
「カルラさん、大丈夫ですよ。これも貴方方サンダーパラダイスと話し合って想定していた事態。さっき倒した純白鎧の魔物が持っていた魂之特性『別世界之住人』は、白炎纏った者をこの世界で起こった現象から護る力がある」
カルラの左側に居るフィオナは、カルラの顔を真っ直ぐ見つめて言った。
「万能って訳では無いけど、あの爆発に巻き込まれた人達が全員無傷なのを見るに、信頼に値する筈だ」
既に黄色い半透明の床に到達したサラ達を見ているフィオナは、落下する際に受ける風で黒のウェーブロングヘアを激しく靡いている。
それから十数秒後。
「ふぅ〜。楽しかったけど、お腹空くね」
アイは少し砕けたおかきを食べている。
「カルラ、いつまでもここにいる訳には行かない。おんぶしてあげるから掴まりなさい」
シエルは低く屈んで、満身創痍のカルラに背を向けて待っている。
「ありがと〜」
カルラは呂律の回っていないフラフラした足取りで倒れる様にシエルの首元へ顔を埋めた。
「それでは、私は負傷者が居ないか見回りに行って参ります。お気を付けて」
フィオナは真っ直ぐとした姿勢でシエル達に一礼した後、直様他の場所へと駆けて行った。
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そして、中央区全域をくり抜いた巨大穴の底。
そこは、アビスの唐紅の森と藍色の玉が消滅して光源が消えたが、上空を遮る物が無くなった事で月明かりがほんの少し届いて神秘的な空間になっていた。
そんな巨大穴の底の中央付近では、少し距離を空けた立ち位置でゼーレがアビスに啖呵を切っていた。
「僕達は本気で勝ちしか見ていない。負ける気とか毛頭ない! 先代の勇者達には申し訳ないけど、僕こそが本物だ」
湯気の様に上に昇っていく白と黒、そして金色の魔力を全身に纏わせているゼーレは、自信に満ち溢れた佇まいで言い切った。
「ダセェ死に様晒したくなかったら、もっとシリアスになれよ。クソ魔王様」
ゾーンに入っているかの様な集中し切った表情だが、月明かりで顔に陰が出来、煽る様な口調で精一杯の悪い言葉紡ぐ、そんな勇者でありながら治安の悪い勇者がそこに居た。
「ちょっと、そんな治安の悪い勇者様のまま続けるのなら、レイラの両親に伝えちゃうぞ」
レイラはユニスと意識を入れ替え、レイラの体は背丈は変化しない白のロングヘアに鮮やかなサンオレンジとブラッドレッドのオッドアイの瞳をしたユニスの姿になっていた。
「すみません。真の勇者様でも、熱くなったら口悪くなっちまうみたいだ」
ゼーレは少しオラついた声色で話しながら少し笑った。
「おいおい、万雷インパクトより範囲何倍もデカいじゃん。日本で言えば、東京とかその周辺の何県かは塵すら残らないぞ」
ライムは巨大穴を見渡して呆気に取られながら小さく呟いた後、考え事をする為に自分の世界に入った。
まぁ腕が引き裂けるかもしれないのに、躊躇無く殴りかかりに行ったあの勇気ある一撃は誰が見たって称賛せざるを得ない、まさしく勇者の姿だったな。
でも、アビスと数分本気で戦った後にこんな大技繰り出したら……。
ライムの心配事は的中し、先程まで威勢良くアビスと話していたゼーレは、突然魂が抜けた様に地面に崩れ落ちて気絶した。
「ユニスさん、ちょっとここでゼーレを守ってて下さい」
ライムはそう言い残し、アビスの元に歩み寄って行く。
「恐怖を与える者が世界変えたら、僕の理想は実現しない。だから、僕は物語の陰を選んだ。この世界を変えるのは、純粋な者であるべきだ」
そう言ったライムは、少しでも手を前に出したら相手の体に当たる程の近距離までアビスに詰めていた。
「僕にとって最強はゴールじゃ無い。勿論、最強に際限は無いが、それ以上に僕はこの漆黒で光達を支え続けたいんだ。その先にゴールがあると信じてる」
そう言うライムの声色は少し明るく、真っ直ぐ未来を見ているかの様な眼差しでアビスを見ている。
しかし直ぐにライムの雰囲気は不穏な物になり、ユニスと意識世界に居るレイラが聞こえていたら、ライムとライトニングを関連付けてしまえそうな低い声で話し始めた。
「てか、僕をお前らと同じ箱に分類すんな。僕は、お前らみたいに神に価値観ロックされた魔王じゃねぇんだよ」
右手で前髪掻き分けるライムは、レイラからは見えていない右手から一瞬だけ漆黒の雷を放出した。
「何言ってる。いや、黒雷纏う猫獣人……。まさかな」
「あっ、ユニスさん。半透明の床を瞬時に拡張する為にレイラと入れ替わったのはナイス判断でしたよ。流石は勇者パーティー、経験が物を言う臨機応変さでした」
ライムは後ろを振り向いて、ユニスに気さくな感じで話しかけた。
「そう言うの良いから、今はアレにだけ意識を向けて」
ユニスは普段の儚げな雰囲気とは違い、青い水晶が先端に嵌まっている趣のある魔法の杖を両手で握りしめ、緊張感溢れる表情でアビスを睨んでいる。
「その雰囲気、覚えているぞ。忘れる筈も無い。冷酷無慈悲なあの前勇者パーティーの一員だな」
アビスは上から目線で話してニヤリと怪しく笑みを浮かべた。
「冷酷無慈悲……。そりゃあ敵相手ならそれが普通だろ」
ライムは冷たく鋭い眼光黒い眼光で見つめている。
「いや、そいつらは友好的な魔族も含めて大陸を分断し、拒絶したのだ。英雄とは思えん行動だな」
アビスは、ユニスを煽る様に話しを続ける。
「まぁ、そのお陰で魔界に残った魔族は皆、魔王軍の戦力に加える事が出来た訳だからな。感謝しているぞ」
「どう言う事なんですか? ユニスさん」
アビスが怪しく笑っている間に、ゼーレが起き上がってユニスに問いかけた。
「ふふっ、そんなの想定内に決まってるでしょ? 神に決められた宿命を覆すために魔族すべてを敵にする。それが宿命を変えようとした代償だとしても、私達は全力で次の世代に力を貸すだけ」
ユニスは一度心を落ち着かせた後、力強い眼差しでアビスを見ながら話し始める。
「何せ、フラトが提案して私が後押しし、ヒストアが覚悟を決めて一つだった大陸を二つに分断した、魔王城からの逃亡中に決行されたこの作戦……。魔族を隔離して衰退させ、それ以外が強くなると言う目的さえ果たされれば、宿命を変える一歩となると私達は信じていたから」
サンオレンジとブラッドレッドのオッドアイの瞳は、一般の曇り無く、真っ直ぐ輝いている。
「十万年もの間、誰も勇者と魔王の宿命を変えられなかった。それは、双方が甘い考えを持っていたから。敵を作る覚悟が無い者に成長は訪れない……」
ユニスは両拳を握りしめてこう言い放つ。
「本気で勝ちたいなら、燻ってる魂の枷を外せ。その先にだけ正解が待っている。これは、フラトが言ってた言葉だよ」
そう言い終えたユニスは普段の雰囲気に少しだけ戻り、儚げなトーンでこう言った。
「ま、次の世代に厄介事を増やした私達の選択は、この時代の人達からすればいい迷惑だよね。でもね、アビス。実際に今この瞬間、勝ちに圧倒的近いのは私達の方だよ」
月明かりに照らされる中、ユニスは右手に魔法の杖を持ち、青いウィッチハットのつばを左手で持ち上げてアビスに向かって堂々と言い切った。