172 勇者とは、
前には魔将軍三人と絶望神ディヒルア、背後には魔王ナハトに挟まれている状況に、アンナ達の緊張感はピークに達している。
数秒間沈黙が続くと、アンナ達が動かない事に苛立ったガルノが口を開けた。
「前戦った時も思ったけど、獣人のお前らは武器使わねぇんだな」
ガルノはイラついた様子で指を鳴らしながらノアを睨んでいる。
「あぁそうだな。ちょっと前までは剣とか使ってたけど、進化した獣人の強みは魔力量と身体能力にある。結局武器を使わない方が戦いやすかったってだけだ。ライトニングは元々経験があるから剣使ってるだけだし」
ノアは、背後に居るナハトにも気を配りつつ、ガルノの動きを凝視している。
そんな緊迫した空気も意に介さない自由な女が一人居た。
「焦ったいわね」
フレヤは、ノア目掛けてマゼンタ色の雷纏った槍を投げつけた。
「ノア君達は魔将軍まで突っ走れ!」
リサは、空を切りながら進んでくるマゼンタ色の雷纏った槍の前に立ち塞がり、激しく波打つ紫色の魔力纏う白い剣を体の前に構えた。
フレヤの投げた槍と、リサの白い剣が衝突する寸前。
風も感じず、瞬きも許さぬスピードでフレヤが空を進む槍を手に取っていた。
「速すぎる!」
フレヤの不意打ちにまんまと引っかかったリサは、驚きで重心が後ろに崩れた。
それを見過ごさないフレヤは、一瞬で全身をマゼンタ色の雷で包み込み、リサに向かって突進した。
するとフレヤの肉体や服、そして槍は、リサの肉体と服と白い剣をすり抜けて行った。
「物体は物体と衝突するという理すら、超越者である私を縛る事は出来ない」
リサの後ろに回ったフレヤは、槍を軽く前に突き出した。
リサの体は後ろに重心が傾いた事で、簡単に槍が胸を突き刺す、フレヤはそう思ってほくそ笑んでいる。
「させねぇよ!」
そんな頼もしい声と共に、風、雷、炎、水を纏った右足ライダーキックにフレヤの槍先は止められる。
フレヤが声の主がいる方へ視線を向けると、そこには不敵な笑みを浮かべていながらも、殺気纏った鋭くカラフルな眼光で睨んできているノアが居た。
「振動? まさか音魔法!」
フレヤの手は槍から伝わる細かい振動で震えて槍をうまく掴みきれず、槍は遠くの方まで弾け飛んでいった。
「音魔法使う奴なんて、魔族の中にもそう居ないだろ? 使いこなすのむずいもんな。ま、魔法も魂之力も大体使えるボクにとっては、幾千幾万とある選択肢の一つに過ぎないけど」
ノアは狂気に満ちた余裕な笑みをフレヤに向けている。
「ライトニング様に繋げる為、私達が足踏みしてる場合じゃ無い! 闇夜も切り裂く黒き雷光で押し通らせてもらう」
殺気纏った鋭く黄色い眼光放つアンナの周りには、漆黒の雷が漂っており、静電気で金髪ボブが揺らめいていた。
「ここまで来たボク達の足跡を、ここで絶やすことはしない。圧倒的手数で全員押し潰して、ボクが新時代の最強になる」
息を忘れてしまう程の威圧を放っているノアの周りには、様々な属性が宿った小さな玉が浮遊してノアを神々しく魅せている。
「其方らは余程"最強"が好きなんじゃな。ならば見せてやろう。本物を……」
不気味に笑うディヒルアの隣にナハトが合流し、辺りでは二人から漏れ出す白と金色の雷が城を破壊していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞台は変わり、ラスファート王城中心部に空いた巨大穴の底。
勇者パーティーは唐紅色の木々や、その木に寄り添う様に鎮座している引力を持った無数の藍色の玉に苦戦を強いられていた。
「喰らえ!」
ゼーレがアビスの首目掛けて左から右へ剣を横に薙ぎ払う。
しかし、その剣はアビスが操る藍色の玉に止められる。
「もうちょっと耐えろ!」
藍色の玉に剣を吸われそうになっているゼーレの所へ、両足に黄色い雷纏わせたライムが走ってくる。
「引力持ってんだ。避けようとしてもこの距離は無理だろ」
そう言ったライムは藍色の玉へと飛び上がり、左足で藍色の玉を蹴った。
すると、引力を持った藍色の玉はいとも容易く蹴り飛ばされ、横に避けようとしていたアビスは引力に引っ張られて藍色の玉を顔面に喰らった。
引力を持った藍色の玉はアビスを吸い込もうとする力でその場に留まり、アビスはもろに引力を顔面に喰らっている為、両手で玉を引き剥がそうともがいていた。
「ははっ、自分の魔法に苦戦するなんて、無様な魔王も居たもんだ」
ライムは鼻で笑ってアビスをバカにした目で見ている。
「大変だね〜。産まれた瞬間から威厳ある王を強制される血筋って」
見下してくるライムを見て、アビスは笑い返して冗談混じりにこう返す。
「ふっ、勇者程のプレッシャーはのし掛かって無いさ」
「まぁ勇者って神に選ばれてる様なもんだからそれもそっか」
「あ? お前、本気で言っておるのか? 勇者がどう言う存在か知らんのか?」
アビスは呆れた表情を浮かべている。
「確かに、詳しくは知らないな。両親が歴史の研究をしてたけど、人間についての資料は殆ど無かったから。勿論、勇者についても」
てか、思い返せば意味わかんねぇな。
何でゼーレが真の勇者だって世界中の誰もが信じてるんだ?
「私は他人に興味無いから……。あ、今は違うよ」
レイラは心配そうにゼーレを見つめる。
「勇者とは何者なのかって話しなら、母さんに聞いた事がある」
ゼーレはアビスを睨みながら呟く。
「夜は長い。お仲間に聞かせてやれ」
アビスが落ち着いた口調でそう言うと、それを感じ取ったゼーレは恐る恐る口を開けて昔話を語り始めた。
「昔々、神話の時代と言う大戦が起こる十数年前。その時代は人間とエルフが、悪魔や魔物によって苦しめられていた。しかし、後の始まりの魔王ディアブロが誕生してからと言う物、ディアブロの超越した強さにより、それは悪魔と魔物達による一方的ないじめの様だった」
ゼーレが話している間も、レイラはゼーレに寄り添い、杖の先をアビスに向け続けていた。
「そんな戦いが数年も続くと、三種族の中で一番弱い人間達は、次第に自分達の種族から救世主が産まれてくるのを心の底から懇願し始める」
ノアは緊張しながら話を続けるが、ライムは手に持っている剣を下に下ろしてリラックスした雰囲気で話しを聞いていた。
「それから更に数年後、どんな生物よりも清く正しい心を持つ少年をとある結婚したての仲睦まじい若夫婦の間に産まれる。その少年が出産されて産声を上げた時、少年の両親含め、救世主が産まれてくるのを懇願していた数多の人々は同時に直感した。今この瞬間、後に始まりの勇者と謳われる救世主の降臨を……。これが勇者リヒトの昔話し」
ゼーレがそこまで話し終わると、アビスは空気を揺らしながら右腕を掲げて唐紅色と藍色の魔力で小さな五芒星を作り始めた。
「ま、その数年後には、何故か仲良くなった勇者とエルフと魔王が各々の種族を束ねて神に反乱を起こすんだけど……。今はそんなのどうでも良い」
ゼーレは目一杯に空気を吸い込んで深く深く意識が落ちていく様な深呼吸した。
次にゼーレが目を開けた時、纏う雰囲気が明るい物から闇を纏っている様な暗い物にガラッと変化しており、ゼーレは剣をゆっくりと鞘に収めた。
「勇者とは、人々の救世主を望む気持ちがこの世界に木霊し、悪を討ち滅ぼすと言う宿命をその一身に受け持つ存在。言えに、救世主を望んだ人々は救世主の誕生を感じ取れる」
ゼーレはレイラの頭を優しく撫でた後、勇ましき表情でアビスの前に歩んでいく。
へぇ〜そうなんだな。
てっきりゼイト様やアニマ様が産み出して、この世界の一定の人にだけ真の勇者の降臨を知らせたりしてんのかと思ってた。
でも、確かにそっちの方がロマンチックで良いな。
ライムがそんな事を思ってる間にも、ゼーレはアビスへと歩んでいっている。
「勇者は正直しんどい。レイラとライムみたいな最高の仲間が居たって、責任感に押しつぶされそうになる。だから今日ここで、勇者の要らない世界を作る!」
ゼーレは右拳を強く握りしめ、その拳には白と黒、そして黄色の魔力が渦巻いていた。
その後ろ姿は重たく暗い雰囲気を放ち、悍ましくも何処か神秘的で、勇者の面影と死神の様な面影が重なっていた。
「そうか、やってみろ……。お前程度の力で世界は変わらない。世界を変えれるのはライトニングやナハト、そして我の様に、前に立つ者へ恐怖を与える最強の者達だ」
ゼーレを見下すアビスの右腕の先にある五芒星は徐々に魔力が融合していき、肥大化しながら紫色に変色していく。
「ほざくな、黙ってろ」
まるで耳元で囁かれたかの様な寒気を催す低音ボイスが、恐怖の象徴とも言える魔王の、アビスの血の気を引かせた。
しかし、ゼーレとレイラはそれどころでは無く、ライムの声は耳に届いていなかった。
「僕は勇者! 光を覆う者でも、光を探す者でも無い、光を放って未来を照らす者だ!」
ゼーレが構えている右拳は、白と黒、そして金色の眩い光を解き放っている。
「ゼーレよ! 人々の想いを糧に、真の強さを魔王に刻め!」
己を鼓舞する力強い言葉は、ライムとレイラの闘志をも燃え上がらせた。
「僕にとっては前菜に過ぎない。だが、魂なら幾万の熱い戦いによる雷震でとうに奮い立ってる。先陣切って切り拓いた戦、終幕の時はもう直ぐだ……」
ライムは黄色い雷で全身を覆い、胸に手を当て、楽しそうな笑みを浮かべながら、ゼーレ達に聞こえない程小さな声でそう呟いた。