171 暗転
ホノカ達対セイカの戦いが終わりを迎えた頃。
魔王城玉座の間の扉付近。
そこでは、アンナ達とガルノ達が暫しの休憩として対話をしていた。
「進化した獣人は本当に魔力が多いんだな」
ガルノは口から垂らしている血を手で拭い、楽しそうな笑みをノアに向けている。
「魔力も多くて並はずれた筋力も有しているなんてずるいわね」
エスメは両手を横に広げ、掌の周囲に何十個もの赤黒い血の塊を浮遊させている。
「ま、ボク達も魔王様の血筋を受け継いでるからな」
「アンタ達が様付けするなんてね」
今まで隠れていたフレヤは、赤紫色の雷を全身に漂わせながら波紋の様に体の中心から姿を顕し、槍を地面に突き立てて自信に満ち溢れる佇まいでノア達を見下している。
「全くその通りだ。故郷の仇の大将に敬意を払うことになるとは」
ライトニングが始まりの魔王ディアブロの生まれ変わりで無かったら様付けなんて皮肉めいた使い方でしか言わなかったのに。
ノアはおかしな状況に思わず鼻で笑った。
そして、その奥の壊れた玉座付近では、タリアとシュティモスがナハトと激闘を繰り広げている。
その周りには、白雷が無数に漂い続けており、その空間の魔素を無へと変化させている。
そして、星加護を解放して右目が黄色い瞳へ、左目は青い瞳に変化し、青に輝く流星の様な小さな光が体中を緩やかに流れ始めているタリアは、辺りを漂う白雷を躱しながら双剣で猛攻を繰り出していた。
「ちっ、やっぱ空間に漂う魔素を無くしても意味ないか」
ナハトは自身の周りに漂わせている白雷で、タリアの必中の猛攻を受け流しながらめんどくさげな表情を浮かべている。
「ホラホラ! もう一回姿を消した方が良いんじゃない!?」
タリアは狂気的な笑いを発しながら双剣を振るう。
「ふっ、確かに。ガルノ達が居てあまり派手に動けない以上、お前達の方が有利な状況だ……。だが、お前達の星加護は魂之力では無い。そんなお前達が、魔王相手にどこまで勇気を示せるかな?」
嫌味のある表情を浮かべて余裕ある振る舞いをしているナハトの正面に、突如としてシュティモスが現れた。
流星の如く一瞬で流れては消えるピンク色の小さくも強い光が全身に流れているシュティモスは、その場で一回転した後、ナハトのお腹に回し蹴りを喰らわした。
シュティモスの回し蹴りを喰らったナハトは扉の方へ吹っ飛んで行き、誰にも止められる事なく、扉を破壊した。
「うるさい。魂を攻撃しないと死なないのは知ってるから。でも、魔素を必要としないぼく達との戦いも辛そうだよ」
シュティモスは、ナハトが吹っ飛んで行った方向へ冷たい視線を送っている。
「ハァ、めんどくさい。必中猛攻に瞬間移動のタッグはズルいだろ」
ナハトは扉の瓦礫を右腕で退かして立ち上がる。
「ハッ、魔王ならこのぐらい軽くこなしてみろ!」
タリアが啖呵を切りながら、一気にナハトの元まで走っていく。
「ぶっ飛べ!」
ナハトの元へ走っていくタリアの左側から、紅蓮の風を右拳に集約させたガルノが殴り掛かってきた。
そこへ、魔力と雷の両方で身体強化をしたノアが瞬時に割って入る。
「ボクと戦っていながら、随分と余裕そうだな」
深淵之扉を右手に構えたノアは少しキレていた。
「邪魔だー!」
ガルノは、ノア目掛けて赤い風を纏った拳を突き出した。
しかし、その技はノアの闇魔法であっさりと受け切られてしまう。
それを横目に、タリアはどんどん加速しながら走っていく。
「刺し殺してあげる」
エスメの操る無数の血の棘が、玉座の間の柱や床を抉りながら不規則な動きでタリアに迫る。
エスメの周りに居たアンナやリサ、そしてサラファも巻き添えを喰らい、避けるのに精一杯だった。
が、タリアは華麗な身のこなしで全て躱し、遂にナハトの眼前まで到達した。
タリアは上に飛び上がってから双剣を構えて斬りかかる。
が、軌道が分かりきっている攻撃にナハトが対応できない訳が無かった。
ナハトは普通の黄色い雷に比べて光沢のある金色の雷を右手に纏ってタリアを待ち受ける。
「無限のエネルギーが籠った拳なんて一生に一度しか受けられない。ちゃんと噛み締めながら死ねよ」
ナハトが光沢のある金色の雷纏った右拳がタリアに当たるスレスレの距離で、突然タリアが空中で右回転してナハトの右に逸れた。
標的を失ったナハトの拳は空を殴り、魔王城の天井を完全に崩壊させて玉座の間全体が月下に晒される。
天井から瓦礫が降り注ぐ中、ナハトの右側に移動したタリアは回転した勢いのままに黄色い短剣を振り払う。
しかし、ナハトは脅威的な反応速度で空を殴った右拳をタリア目掛けて振り下ろす。
今度こそナハトの攻撃が当たると周りの者達が覚悟した時、ナハトとタリアの間にシュティモスが瞬間移動で割って入って、振り上げた左足でナハトの右腕を受け止めた。
それを見たタリアは嬉しそうに微笑み、ナハトの後ろを空を泳ぐ様に回って、左手に握っている青い短剣を振り払う。
ナハトの意表を突いたその攻撃は見事命中して、左脇腹に深い切り傷を作った。
タリアとシュティモスは一瞬でナハトから距離を取り、後ろに居たアンナ達と合流する。
「まだ爪を隠してたか」
ナハトは左脇腹を押さえながら楽しそうに笑っている。
「星加護を完全に解放し、黄色と青のオッドアイとなった私は宙を舞う様に移動できる」
タリアは自信満々に言い放った。
それから数秒間ナハトとタリアが睨み合い、玉座の間は凍り付いていた。
その沈黙を破る様に、一筋のマゼンタ色の雷光がアンナ達の横目を通り過ぎる。
次の瞬間、皆の視線がタリアに集まる。
そう、タリアが左の胸部をマゼンタ色の雷纏う槍で貫かれていたのだ。
その槍を持っている長い悪魔の尻尾。
尻尾を辿って玉座のあった場所を向くと、そこには尻尾を長く伸ばしたフレヤがディヒルアの隣に立っていた。
「理に縛られぬ超越的な自由をその身に宿せる魂之力……。オレですら貫く瞬間を捉えられない速さと身体の常識を超えた攻撃方法。流石だ、フレヤ」
そう言うナハトは、左横腹の傷を光沢のある無限のエネルギーを持つ金色の雷で既に治癒し終えている。
「恐れ入ります。私は命令を遂行したまでです」
フレヤは軽く礼をしながら、タリアの右の胸部を貫いている槍を抜いて尻尾の長さを元に戻して行った。
槍が左の胸部から抜かれたタリアは、双剣を手放し、星加護も解除されて地面にへたり込んだ。
地面にへたり込んだタリアは、息苦しそうに左胸部を右手で強く押さえている。
「タリア!」
シュティモス始め、玉座の間に居た者達は、皆タリアに駆け寄る。
「タリアさん、少しじっとしていて下さいね」
サリファは黄色掛かったオレンジ色の瞳でタリアを真っ直ぐ見つめて優しく言った。
「サリファ、無理するなよ」
リサはサリファの肩に優しく右手を置いて様子を伺っている。
「いえ、今のサリファにはこう言う事でしか役に立てない。誰かが傷ついた時、それはサリファが無理をするべき時なんです」
サリファはいつもより大きな声でそう言い放ち、タリアの肩に触れている右手に魔力を集中させた。
すると、タリアの体が次第に優しくふんわりとしたオレンジ色の光に包まれていく。
「痛みが消えていく……」
苦しそうに左の胸部を右手で押さえていたタリアの表情は、次第に和らいでいく。
数秒後にはタリアの貫かれた傷は完全に塞がり、スポーティーさある白のTシャツの左胸あたりが破れて周りに血が付いていなければ、傷を負った箇所だと分からない程に綺麗な肌へと元通りになっている。
貫かれた傷が完治したタリアは体を起こしたが、まだ意識がはっきりしないのか、シュティモスの右肩に頭を乗っけて体を預けて目を瞑った。
「サリファさんですよね? タリアを助けてくれてありがとうござ……」
シュティモスがお礼を言おうとサリファの方を向くと、そこでは先程までのタリアと全く同じ左胸部に貫かれた傷を負ったサリファが地面に倒れていた。
「大丈夫ですか!?」
シュティモスが慌てた拍子にタリアの体が倒れて行ったが、シュティモスの反射神経でなんとかタリアの体を掴んでタリアをゆっくりと横に寝かせた。
「大丈夫ですか!? じゃねぇだろ! 敵地のど真ん中なんだぞ!」
紅蓮の風を右拳に集約させているガルノが大声でそう言いながら飛びかかってくる。
「仲間想いが過ぎると、判断が鈍くなるぜ! 『紅蓮激情之衝撃!!』」
暴風吹き荒らしながら、ガルノの拳がシュティモスに近づいていく。
暴風により、アンナ達はその場に立つので精一杯であった。
だが、この男だけはガルノの前に立ち塞がる。
「黙れ……。引き寄せ、遠ざけ、引き裂け、『裂虐闇風』」
ノアの闇の引力と風の遠ざける力を纏った右拳が、ガルノの右拳とぶつかり合い、凄まじい衝撃波で床や壁を吹き飛ばす。
その間のアンナとリサは、リサがタリア達とサリファを玉座の間の入り口付近まで運び、アンナはそれを守る様に漆黒の雷を纏わせた拳や足で飛んでくる瓦礫などを対処して、タリア達が怪我をするのを防いでいた。
「う、腕が……」
ノアと拳をぶつけ合っているガルノは、闇の引力と風の吹き飛ばし力をもろに喰らった右腕は、服が引きちぎれ、肩が外れそうになっていた。
右腕に纏っていた紅蓮の風は収まり、右腕をノアの拳から引き剥がそうとガルノは左手で右腕を掴んで必死になっている。
「クソが!」
右腕を引き剥がさないと悟ったガルノは、先程より風力の増した紅蓮の風を纏わせた左拳を強く握りしめ、真上へと振り払って地面に着地した。
ノアはガルノの腕を引きちぎるのに、闇の引力と吹き飛ばす風力を卓越した魔力操作で調節していた為、簡単にガルノを地面に着地させてしまった。
「遠距離ブッパだけじゃねぇんだぞ! 『紅蓮激情之衝撃!!』」
ノアの懐に潜り込んだガルノは、真上に拳を放った時より更に風力が強まっている紅蓮の風を纏った右拳をノアの鳩尾に打ち込んだ。
ガルノの拳を喰らったノアは、衝撃でお腹が凹み、骨の砕ける音が鳴ったと同時に白目を剥きながらアンナ達が居る方面へ吹き飛んでいった。
ノアが吹き飛んでいる間、その先に居るアンナが飛んできているのに気がついてノアの前に待ち構えてしっかりと受け止めた。
が、黒雷で勢いを殺しているものの徐々に後ろに下がっていき、最終的には後ろに転んでノアの下敷きになった。
「ごめん、アンナ。アイツの風、何か勢い増してってんだよな」
ノアは意識を取り戻した後、鳩尾を押さえながら立ち上がり、もう片方の手をアンナに差し伸ばして起き上がるのを手伝った。
「貴方が耐えられないなら、私は絶対に無理。あの魔将軍は貴方に任せるわよ」
アンナは服の汚れを叩き落としながら、信頼の眼差しをノアに送っている。
「あぁ、任せろ」
ノアがニヤリと微笑んでカッコつけた後、玉座の間に突如として絶望的なまでの膨大な金色の魔力が解き放たれた。
「ナハト。妾の恩寵を受けているにも関わらず、遊びすぎじゃ」
艶やかでありながら、何処か悍ましさ感じる妖艶な声が、玉座があった場所から発せられた。
その瞬間から、アンナ達は冷や汗を掻き、生唾を飲み込み、指先すら動かせなくなった。
前には魔将軍三人と絶望神、後ろには魔王ナハトに挟み込まれているまさに絶望的な状況。
そんな状況でアンナ達から仕掛ける事ができる筈も無く、ディヒルアが話しを続ける。
「でもまさか、獣人が人間と手を取り合うとはのぉ」
ディヒルアは右手を顎の下に置き、顎をくいっと上げてアンナ達を見下し、月明かりに照らされているその神秘的で自身が上位存在であると知らしめる様な姿は、まさに神に相応しい威厳を放っていた。
「どう言う事だ?」
ノアは強気に言葉を投げかける。
「そうか。主達獣人の生き残りは、大半が物心付き始めの頃に親世代全員死んでいるんじゃったな。そうでなくても、子供に聞かせる話しでは無いか……」
ディヒルアはそう言いながらナハトの方に目を向け、ナハトが戦える状態だと分かると、怪しくほくそ笑んだ。
「ふむ、教えてやっても良いが、それを語るには役者が揃っておらぬ。それに、今は生き延びるのに専念すべきでは無いか?」
月明かりに照らされているディヒルアは、白と金色の魔力を放ってアンナ達を威圧している。