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170 不確定な希望

 ホノカが泣いているのを暫く見守っていたライアン達だったが、見ていられなくなったマーシが行動を起こした。


「クソダセェな、アイツ」


 体中傷だらけのマーシが、セイカの残した炎の跡を眺めながら泣いているホノカに近づく。


 そして、ホノカの肩に触れたマーシは魔力を流していく。


 すると、ホノカの体は水滴の様に地面に落ちていく黒と金の魔力に覆われ、ホノカは体がスッと軽くなったのを実感した。


 ホノカは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げてマーシを見上げる。


「アンタに掛かる重力を減らした。これなら今からでも追いつける筈だ」


 マーシは自信に満ちた笑みをホノカに向けている。


「人は無力なのを自覚してからが本番。そこから立ち上がった者だけが理想の景色を掴み取れる。スラム育ちの俺が言うんだ、間違い無い」


 ステラは不敵な笑みを浮かべながら言い放ったを


「そうだぜ。成功者と言われてる奴ら全員が全員、生まれ付きの成功者な訳ねぇだろ? どんな状況からでもどんでん返しは出来る!」


 ライアンは大きな声でホノカを元気付けた。


「ありがとう、皆んな」


 ホノカは鼻を啜り、やるせない雰囲気を漂わせつつも、優しい笑顔を浮かべてそう言った。


 そうしてホノカは立ち上がり、悪滅光爆剣(デストライトソード)を鞘に収め、セイカを追おうと王城方面にゆっくりと足を進めていく。


「待ってくれ」


 ステラはホノカを呼び止め、何かを伝えた。


 少しして。


 水滴の様に地面に落ちていく黒と金の魔力に全身を覆われたホノカは、再び肉体を炎へと変化させた。


「んじゃ。爆速で追いつける様に、コースを平らにしてやるよ」


 ライアンはそう言い、白い剣に灰色の水を激しく循環させて横に構える。


「水の恐ろしさを知らしめろ! 『灰壊之津波(ツナミ・コラプス)』」


 ライアンが横一線に剣を薙ぎ払うと、約三十メートル程の大きさを誇る灰色の津波が東南区の中央付近から中央区方面へと街を飲み込みながら進んでいった。


 十数秒後。


 東南区中央付近から中央区までの地面は全て平らになり瓦礫の一つも残っていない土の大地へと様変わりしていた。


「さぁ駆け抜けろ! 英雄への道を!」


 ライアンは剣でラスファート城を差しながら大きな声で言い放った。


「ありがとう、皆んな」


 肉体を炎へと変化させ、黒と金の魔力に全身を覆われたホノカは優しくライアンやマーシ達に微笑んだ後、赤い炎の軌跡を残しながら、物凄い勢いで中央区へと走り出して行った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 同時刻。

 ラスファート王城、城門前広場。


 そこでは、フィオナとシエル、アイ、カルラの四人が下に見える北東区の状況を追っていた。


 そこに、雷鳴スーツを身に付けた身長二メートル程の逞しい体格の竜獣人の男が息を切らしながら駆け寄ってきた。


「ハァハァ。北東区は半壊、住民達は何とか無事の様です」


 シエル達が男の報告に戸惑っていると、上空から妖艶なスタイルに整った顔立ちをした全身が焦茶の羽毛で覆い尽くされている黄色い瞳のハヤブサ獣人の女性が降り立った。


「上空から戻りました。現在、北東区にて突如出現した巨大な炎の斬撃は、『烈日之帝王軍(レツジツ)』の元帥及び、虹雷剣(こうらいけん)の一人、ホノカ様の攻撃による物で間違いありません。その後の津波に関しては、ラストナイトの一人、ライアン・デストレーによる物です」


 ハヤブサ獣人の女性は、大人な色気と落ち着きを感じる声のトーンで報告をした。


「やはりそうですか。では、あちらの戦いはもう終わったのですね」


 女性の報告を聞いたシエルは、普段より少し高い声のトーンでそう言い、誇らしげな表情で北東区を見つめた。


「いえ、それが……」


 ハヤブサ獣人の女性は、言葉を詰まらせて下を俯いた。


「ハムハム、どうしたの?」


 そんなハヤブサ獣人の女性を見たアイは、ナッツのおやつを貪りながら女性の顔を覗いた。


「シエルさん達、あれって……」


 フィオナが、何かに驚いて目を見開いた表情をしながら北東方面を指差す。


 そこには、移動する時間を早めながら全速力で王城を目指すセイカと、それを追う体を炎と化している無重力状態のホノカが居た。


「アイ、カルラ、フィオナさん! ホノカ様の援護をします!」


 シエルの指令を聞いたアイ達は、直様戦闘体制に入る。


「私達は主役じゃ無い。もう終わりにしよう」


 セイカを追っているホノカは、炎の瞳でセイカを睨みながら太陽の剣を右手で強く握りしめている。


 それから少しして、セイカがシエル達の近くに到達した。


「フィオナさん。私の魂之特性(ユニークソウル)は自身と他者を強制的にフローとかゾーンの状態に没入させれるんだ……」


 アイはそう呟いた後、目を瞑って深呼吸をした。


 深呼吸を終えたアイは目を見開き、白い魔力を爆発的に解放して言い放つ。


「唯我独尊で駆け抜ける! 『独走精神(マイワールド)!』」


 アイが狂気に満ちた楽しそうな笑顔を浮かべながらそう叫ぶと、アイ、シエル、カルラ、そしてフィオナは純白のオーラに身を包まれた。


「私の魂之特性(ユニークソウル)夜之静寂(チルタイム)』は、魔力で干渉できる範囲の光と音を消す力です……」


 カルラは小さな声でそう言うと、カルラの影がセイカの方向へと伸びて行った。


「夜の静寂は光と音を飲み込む……。『無音之影世界(静かなる夜)』」


 カルラが操作する影がセイカの足元に到達した瞬間。

 影はセイカを飲み込む様にドーム型に広がった。


 この空間は何だ?


 影のドームに囚われたセイカは辺りを警戒しながらドームの性質を探っている。


 声も足音も出ない真っ暗な空間。音を消す魂之力ソウルか。だが、飲み込まれる時に見た限りではさほど大きく展開されたわけでは無い。一瞬の足止めなど無意味だ。


 セイカがドームの性質を理解した後、何の躊躇いもなく再び水色の炎を身に纏って走り出そうとしたその時。


 純白のオーラに身を包まれたアイとフィオナが左右から走ってきていた。


 右の拳を強く握りながら走ってくるアイと、白い大剣に白と黒の炎を纏わせて迫ってくるフィオナ。


 そんな二人を見たセイカは急いで走り出す。


 危なかった。あんなのに構ってる暇はない。


 セイカが一息付いている間に、追撃が来る。


 赤い雷のビームがセイカの正面から迫ってきていた。


 赤い雷!?


 セイカは戸惑りつつも、足先が触れるギリギリの所で上に飛んで躱わし、華麗に着地した。


 セイカはシエル達の攻撃で数秒間足が止まったが、直ぐに王城方面へと足を踏み出した。


 だが、無重力状態と肉体を烈日の如き炎へと変化させているホノカにとって、数秒間の遠距離攻撃による足止めが一番欲しい援護であったのだ。


 セイカの背後には悍ましく燃え上がる炎の肉体をしたホノカが炎の瞳でセイカを睨みながら太陽の剣を右手に走ってきていた。


 この魔力は!


 セイカが後ろを振り返った時には既に遅すぎた。


 ホノカの持つ剣は、とっくにセイカの首を捉えていた。


 燃え上がるホノカの肉体は、暗い空間を照らし、セイカは鬼の様な姿の妹に斬られる瞬間を受け入れる事しか出来なかった。


 火の粉を撒き散らしながら、太陽の剣は円を描くように横に振るわれる。


 セイカの首は宙を舞い、ホノカは勢い余ってカルラの作った影のドームも斬り裂いた。


 影のドームは塵となって消え、兄妹は月光の下各々の炎を燃え上がらせている。


「まだだ……」


 セイカは首の時間を戻して胴体とくっつけながら後ろに下がっていく。


 それを見たシエル達とフィオナ、そして周りに居るナイトサンダーズ達はセイカの執念に恐怖を抱いていた。


 が、ホノカは真っ直ぐとした視線でセイカにどんどん距離を詰めていく。


 セイカに迫るホノカは、別れ際にステラから語られた話しを思い出す。


『ホノカさん、俺の魂之力(ソウル)で攻撃した箇所は確定で急所になる。元々急所な所の場合は効果が増す。そして一番重要なのが……』


 一度急所と成った箇所は、完全に回復するまで急所であり続ける!


 ホノカは太陽の剣を両手で持ち、右側の後ろに構えて走る。


 セイカの首は殆ど戻り、体の制御ができる様になっていた。


「やってみろ、ホノカ!」


 セイカは鬼気迫る表情で水色の炎纏った剣を横に払ってホノカを斬った。


 水色の剣はホノカの体を風で横一線に斬れたものの烈日の如く高温な肉体によって、刀身は跡形もなく溶け切ってしまった。


 風で離れたホノカの体は、何事もなかったかの様に繋がる。


「頭を繋げたばかりで思考が鈍ったの? それとも、妹が怖くなった?」


 ホノカは剣を握る右腕を残し、他の炎の肉体を解除して見慣れた元の姿へと戻った。


 そんなホノカが冷たく見つめる先には、幼い頃には見た事もなかった恐怖で歪んだ表情をしている兄の姿があった。


 そして、悪滅光爆剣(デストライトソード)もとい、太陽の剣の炎を更に燃え上がらせる。


「世界は不平等で成立してる……。だけど、完全な悪に堕ちる選択をしたのはお兄ちゃんだ。マーシ君達みたいに、耐え続ける選択をしなかったのはお兄ちゃん自身だ!」


 そう言うホノカはセイカを真っ直ぐ見つめているが、強く自信に満ち溢れた眼差しは失い、辛そうな暗い表情をしていた。


「お兄ちゃんのあの日の選択が、今に繋がっている」


 ホノカは小さく呟きながら、セイカのお腹を太陽の剣で貫いた。


 体の巻き戻しが遅い……。


 貫かれた瞬間、セイカが巻き戻している首の時間が遅くなり、胴体と首を完全に繋げようとセイカの意識はそこへ移ってしまった。


「私の魂之力ソウルは生物に対してはあまり効果が無い。でも、魔王特攻のあるこの剣で貫いた"急所"ならどうかな?」


 その言葉に、セイカは身の毛がよだつ寒気を感じて熱さによる汗とは別に、冷や汗が流れ始めた。


 それを見たホノカは、セイカのお腹を貫いている剣を抜いて、体全体を炎へと変化させた。


 そして、足から炎を噴射して空高く飛び上がる。


 夜風に吹かれ揺らめく炎の剣と肉体は、月が隠れているのも相まり、炎の悪魔の様に見えている。


「ライトニングが繋いだこの剣は、この一撃の為!」


 ホノカがそう叫んだ時、悪滅光爆剣(デストライトソード)はホノカの想いと共鳴するかの様に、今まで見た事もない程白く眩い光を放ち始めた。


 眩くも優しいその光は、前勇者であり、この剣の創造主フラトが、共に剣を握ってホノカの背中を押してくれているかの様に感じ取れた。


聖炎之烈日爆発フレアバースト・ブレイブ


 ホノカはいつものお姉さんな声以上に低い声で、冷たく淡々と言う。


 それと同時に太陽の剣の刀身が小さな爆発を起こす。


 それから一瞬き置いた後、ホノカは雄叫びを上げながら急落下して行き、セイカ目掛けて剣を振り下ろして行く。


 セイカは体を縦真っ二つに斬られ、振り下ろされた剣が地面に衝突すると、地面は烈日の様な炎へと変化する。


 そして太陽の剣が晴れている地面付近には黒点が現れ、蓄積された磁場エネルギーが一気に解放されて"フレア"が起こる。


 フレアは天空へと伸びて行き、月を覆い隠していた大雲を分かち、ラスファートに再び月光を取り戻した。


 それは、まるで勇者が皆んなの希望を糧に闇を払った様な、そんな爽快感を遠くで見ていたシエル達やライアン達に与えた。


 そしてセイカはと言うと。


 体を縦真っ二つに斬られて見るも無惨な姿をしており、セイカの身を覆っていた水色の炎は烈日の様な炎へと変化していた。

 次に、セイカの苦しむ声と共に皮膚、骨、臓器と徐々に肉体が炎へと変化していきながら地面に爛れて行く。


「永遠のさよならだね、お兄ちゃん」


 ホノカの冷酷でありながら寂しさを感じ取れる暗い表情とさよならと言う言葉を受け、セイカの頭には夕陽を背に、手を繋いでホノカと最後に家へ帰った時の思い出が蘇った。


 セイカは、その記憶との対比で心の距離を再確認してしまったのだ。


 ホノカもようやく悪魔に成ったな。

 そう、それで良い。

 幸せになれよ、ホノカ。


 セイカは一瞬、幸せそうな表情を浮かべたが、直ぐに苦痛に耐える表情に変化して再び悲鳴を上げた。


 耳を塞ぎたい……。


 セイカが悶え苦しんでいる間、ホノカは顔を下に向けて目を力強く瞑って辛い表情を浮かべ続けていた。


 その後もセイカは暫く悶え苦しむ声を上げていたが、スッと静かになって数秒後には肉体全て、細胞一つ残らず炎へと変化して地面に溜まった。


 ホノカは炎と化して地面を溶かして沈んでいく兄を静かに見つめている。


「世界は不平等で成立してる……」


 ホノカは今にも消えて無くなってしまいそうな細い声で呟く。


「その通りだよ、お兄ちゃん。だって、真に平等な世界は、きっと停滞の一途を辿るだろう……。不平等があるから、不確定な希望が生まれ、世界は前進する」


 ホノカがそう言っている間に、炎と化したセイカの肉体は完全に煙となって消え去っていた。


「私の家族は、もう居ない……」


 そう呟くホノカの赤い瞳に光は無かった。


 炎の肉体と剣を完全に解除し、ただ呆然と立ち尽くすホノカの頬を生暖かい夜風が撫でていく。


 太陽の剣状態が解除された悪滅光爆剣(デストライトソード)は、刀身が粉々に砕け散り、柄と鍔だけが残っている。


「ありがとうございます。フラト(ご先祖)様」


 柄と鍔だけが残った剣を見て、喪失感漂う声色でそう呟いた。


 瞳からは光を失い、右手から剣を離す。

 生暖かい夜風に赤い長髪を靡かせながら、月明かりに虚しくも照らされている傷だらけの体でただ呆然と立ち尽くしているだけ。


 それは、とても敵を打ち倒した勇者の姿では無かった。

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