169 死闘必至! 夜を照らす二つの熱源
マーシが重力で浮かせた巨大な廃ビルや瓦礫の集まりは、綺麗な月明かりを遮る程だった。
それを見て、セイカは急いで避けようとするが、その前にマーシが瓦礫等を支える重力を解除した。
重力が元に戻った瓦礫達は、真っ逆さまに落下していき、セイカを飲み込まんとしている。
「マーシ君、ナイス!」
ホノカは剣を鞘に収め、落下して行く瓦礫に右手を向ける。
そうすると、落下して行く瓦礫などが、全て日輪の様に燃え上がる炎へと変化してセイカに迫った。
「この炎全ての時間を止めるのは無理だろ!」
ホノカは鞘から剣を抜き出し、肉体と着ている服全てを烈日の様な赤やオレンジ、黄色や白と黒色等の炎に変化させた。
燃え上がる炎の髪は夜風で揺らめき、瞳はオレンジ色の炎へと変化し、外側へと激しく燃えている。
軍服も煮えたぎる様なドロっとした炎に変わって地面にポタポタと炎の粒を落としており、それら全ての炎に黒点の様な物が点在している。
そんなホノカは、炎の体から垂れるドロっとした真っ赤な炎で地面を溶かし、内側から金と白の光が漏れている太陽の様な炎の剣を右手に持つ姿から、まさしく鬼の様な姿であった。
そんなホノカが、構えすら見えぬ速さでセイカ目掛けて飛び出した。
ホノカが飛び出した後の地面には、隕石が落ちたかの様に溶けてドロっとした炎が燃え残っている。
ホノカが飛び出してきたのを見て、セイカは思考する時間を早めてこう考える。
それ以前に、空中で体の時間を止めた所で逃げ場を無くすだけ。
今更巻き戻しも使えない。加速を使っても下にはライアン達が待ち構えてる。
なら、せめてホノカの攻撃を受ける!
そう考えている間にも頭上からは日輪の炎の天井が迫り、前方からは全身を炎に変化させ、特殊な光属性の魔素を中に宿した太陽の剣を右手に構えて突進してくる鬼の様な姿のホノカが迫ってくる。
そんな、まさにここが地獄と言われても信じてしまいそうな光景がセイカの目の前に広がっていた。
「眼前を焼き尽くせ! 『聖炎之灼焔斬』」
ホノカが烈日の如き炎に変化させた悪滅光爆剣を左から右へと横一線に薙ぎ払った。
すると、剣が通った空間に烈日の炎を感じる程の熱さをした炎の斬撃が出現し、その存在の認識を誰かの脳に許さぬ程の速さで北西区の半径程の大きさまで巨大化してから、炎が燃え上がる悍ましい音を連れながら放たれた。
その斬撃は暗い夜空を照らし、美しくも残酷で、観る者を圧倒し、まるで火の鳥が空を滑空しているかの様な御業であった。
「ただやられるだけではつまらない。『時神之燐火時止斬』」
セイカは上から下へと思いっきり剣を振り下ろし、ホノカの斬撃に負けぬ程巨大な水色の炎斬撃を繰り出した。
ホノカとセイカによって放たれた二色の巨大な炎が、静かなラスファート北東区の夜空を真昼時の様に明るく染め上げる。
巨大な水色の炎斬撃が、真っ赤に燃える火の鳥の形をした斬撃とぶつかる。
炎の斬撃は暫くの間競り合っていたが、火の鳥の形をした斬撃が巨大な水色の炎斬撃を壊してセイカに向かった。
火の鳥の姿をした斬撃がセイカを通る時、その体はヘソの辺りから上半身と下半身に真っ二つに斬り裂かれたが、切断部は焼き切られて血は出なかった。
北西区のほぼ中心から放たれた巨大な炎の斬撃は、高さのある廃ビルや工場、銭湯等の公共施設を横一線に斬り裂き、その先にある区を分け隔てている壁まで伸びて深い斬り込みを入れて焦がし跡を付けた。
「ぐっ、ブハ」
セイカは口から血を吐き、真っ二つになった体は地面に落下した。
「肉体を炎や水に変化させれるのは神だけだ。まさか、ホノカは神に選ばれただけでなく、神そのものになったと言う事か!」
セイカは興奮しながら嬉しそうに不気味な笑みを浮かべている。
その体は、巻き戻しでゆっくりと元に戻っていっている。
「いや、違うけど」
未だ宙に浮いているホノカが小さな声でそう答えた後、ホノカによって炎に変えられた元瓦礫の集合体が炎の滝の様にホノカへ降り注いだ。
炎の滝が全て地面に落ちると、ホノカはまるで風呂上がりの様にドロっとした炎の粒を真っ赤に燃え上がる炎と化した髪から滴らせていた。
一方ライアン達は、落下してくる炎の滝を避ける為にかなり後方へと下がった。
ライアン達の無事を空中から確認したホノカは、地面を溶かす程高温の炎の足を使って一瞬でセイカと距離を詰めた。
「体の巻き戻しが鈍い。その剣、見覚えがあると思っていたが、やはり勇者の剣か」
セイカは目の前で止まったホノカを苦しそうな表情で見上げている。
「そうだ。ライトニング様から頂いた」
ホノカは、一度悪滅光爆剣を炎から元の姿に戻してセイカに見せた。
「ふっ、巨大狼を混沌の大森林に向かわせたのは正解だな」
セイカは吹っ切れた様な笑みを浮かべた。
そんなセイカに、ホノカは容赦なく剣を放つ。
体の時間を巻き戻している最中のセイカが水色の剣で攻撃を受け止めるも、いとも容易く吹き飛ばされて遠くの瓦礫にぶつかった。
「あの一撃で戦況が変わった……。へっ、確かにアイツは勇者だ」
ライアンは、未だ体の巻き戻しが追いつかずに苦しんでいるセイカを見て、ホノカに賞賛の眼差しを向けている。
「細胞全部が灰に帰すまで、焼き斬るのを止めない!」
全身が炎と化した鬼の様なホノカは、悪滅光爆剣に真っ赤な烈日の如き炎を纏わせ、力一杯両手で握りながら間髪入れずにセイカに向かって走っていく。
その頃には、セイカの体はようやく治りかけていた。
「互いの想い燃え尽きるまで、この身ある限り燃やし合おう! 灼熱の兄弟喧嘩だ!!」
水色の炎に包まれているセイカはおぼつかない足取りで立ち上がり、水色の炎を纏う剣を横一線に振り払った後、ホノカに向かって行った。
赤と水色、二つの炎が激突する。
一回、十回、二十回と、異なる炎纏った剣がぶつかる度に、静寂なる夜空に鳴り響く金属音の間隔が縮まっていく。
ホノカとセイカが剣をぶつけ合っている地面は剣がぶつかり合う強い風で徐々に凹んでいき、二人が纏っている炎で溶け落ちて、土が焦げた異臭が辺りに漂っている。
「速すぎて加勢出来ねぇ」
ライアンとマーシは、二人の戦いを傍観するしか無かった。
炎纏う剣がぶつかり合う度に二色の火の粉が宙を舞い、灯りの無いスラム街を鮮やかに彩る。
そんな中、ステラだけは密かに攻撃の機が舞い込んでくるのを待っていた。
そんな事を知る由もなく、セイカが猛突進でホノカに斬りかかる。
ホノカはそれに応戦し、剣と剣での押し合いが始まる。
「ハハッ、完全に元に戻ったぞ。ここからはお兄ちゃんの番だ!」
セイカが調子づいて笑っていると、ホノカが静かに微笑んだ。
そう、セイカの背後には影の蛇が忍び寄っていたのだ。
「もう一回壊してやるよ。『邪蛇之幻影狙撃』」
ステラの言葉と共に、影の蛇が風を切ってセイカの背中に突進した。
それを見たホノカは、素早く後ろに飛ぶ。
セイカの背中に突進した影の蛇は、そのままの勢いでセイカのお腹を貫通した。
「へっ、完全なる奇襲成功。クソ気持ちいいぜ」
ステラはガッツポーズをして興奮を露わにしている。
「くっ、流石に魔力が尽きそうだ」
お腹部分の時間を巻き戻しながら、セイカはそう呟いた。
「ハッ、なら肉体の時間を固定すんの辞めたら?」
ホノカは、セイカの哀れな姿を見て鼻で笑った。
「魔王様に血を貰えれば、まだホノカと戦える。一度距離を取るか……」
そう呟いたセイカは一呼吸置いた後、剣に纏わせていた水色の炎を解除し、代わりに体を覆っている水色の炎をさらに燃え上がらせた。
そして、それにホノカ達が気づいたその時には、既にセイカは音を置き去りにする速度で王城方面へと走り出していた。
北東区から王城方面までの道のりに、水色の炎による軌跡が燃え残っていく。
「なっ! 私を勇者にするんだろ! 逃げるな!」
ホノカの声も届かず、セイカは走っていく。
「行かせるか!」
ライアンは、灰色の水を激しく循環させている白い剣を振り払い、セイカに灰色の水斬撃を何個か飛ばした。
しかし、セイカはそれら全てを華麗に避けながら王城方面へと走っていった。
それを見たホノカは肉体変化を解き、失望とやるせなさが混じった表情を浮かべていた。
そして、セイカの姿が完全に見えなくなると、ホノカは膝から崩れ落ちて女の子座りになり、顔を俯いて涙を流し始めた。
「何で、何でまた成し遂げられない……。こんな奴の何処が勇者何だよ」
ホノカは両手で涙を拭いながら、震えた声で弱音を吐いている。
ライアン達は、それを少し離れた所から見守る事しか出来ずに居た。
その空間には何とも言えないどんよりとした空気が漂っている。
次第に月は大雲によって隠れ、ラスファート全体が暗い雰囲気に包まれた。