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167 不幸招く勇者の血筋

 時は遡り、十五年程前。


 ラスファートから少し北に進んだ所にある小さな村。


 空は暖かなオレンジ色に染まり、そよ風が優しく頬を撫でる、そんな快晴の日の夕暮れ。


 田んぼの脇で、真紅のショートボブヘアと燃え盛る炎の様な赤い瞳をした五歳のホノカが、小さな木の枝を右手に持って剣の様に軽やかに振り回して遊んでいた。


「わぁー、黒い蝶々だ!」


 ホノカが遊んでいる姿を、田んぼの遠くの方で作業をしている大人達が微笑ましそうに見ている。


 ホノカぎ暫く蝶々達と遊んでいると、近くの家裏から喧嘩の声が聞こえてきた。


 そこでは水色ショートヘアに水色の瞳をしていて、弱々しい体付きの少年が、二人の悪ガキにボコボコにされていた。


「お前さ、いっつも妹の側に居やがって。才能のある妹に守られてんじゃねぇよ! 鬱陶しい!」


 金髪に緋色の瞳をしたイケメンの少年が、水色髪の少年を蹴飛ばして家の壁にぶつけた。


「勇者の血が汚れんだよ! 消えろ、ゴミが!」


 焦茶髪に碧眼のイケメンの少年が水色髪の少年のお腹を躊躇なく殴った。


「テメェらみたいのが勇者を語ってんじゃねぇよ」


 水色髪の少年はお腹を抑えて咳をしながら、目の前に居る少年達を睨んで言った。


「そう言う態度がムカつくんだよ! 勇者の血を引いていながら、妹に守られてる勇者の欠片も感じない腰抜けが!」


 いじめっ子達は、再び水色髪の少年に暴行を加えていく。


「神に選ばれず、勇者に成れなかった俺達に大人達は興味が無い! お前んとこの妹さえ居なけりゃ勇者の卵として育てられて、こんな惨めな暮らしじゃ無かった筈なんだよ!!」


 金髪のイケメン少年が拳を振り翳し、水色髪の少年に殴りかかったその時、後ろから女の子の声が発せられた。


「お兄ちゃん!」


 声の先には、木の枝を右手に持ったホノカがいじめっ子達に赤く鋭い眼光を向けて睨んでいた。


「くっ、ホノカか」


 いじめっ子達はホノカを見るや否や、即座にその場を後にした。


「ふっ、お前らの方が腰抜けだろうが」


 水色髪の少年は、親指で鼻に溜まった血を勢いよく出して笑った。

 その体には多くの痣やたんこぶ等が残っている。


「またアイツらに絡まれてたんだね。ごめん、私のせいで……」


 座り込んでいるセイカに、ホノカは申し訳なさそうな表情を浮かべながら優しく手を差し伸べた。


「気にするな。俺の体が弱いのが悪いんだよ。ホノカは俺の原動力(熱源)だ、胸を張って生きろ」


 セイカは、ホノカの手を取って立ち上がった。


「お兄ちゃんの言う熱源って、生きる原動力って事でなんでしょ? 大袈裟だよ」


 ホノカは照れくさそうに笑っている。


「そんな事ないよ」


 セイカは優しい口調で言った。


「もう、良いから」


 ホノカは更に恥ずかしそうに頬を赤らめながら、セイカの手を強く握りしめた。


「一緒に帰ろ、お兄ちゃん」


 ホノカは夕日に照らされた天使の様な上目遣いでセイカと目を合わせながら満面の笑みで言った。


 やっぱり、ホノカは俺の生きる意味だ。


 セイカは胸の中でそう思いながら、ホノカと手を繋いで、夕陽を背にして帰路に着く。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 十数分後。


 木製一軒家の居間で、セイカとホノカが夜ご飯を前に隣り合わせで座って食事を摂っている。


 そしてその前には、短い緑髪をセンター分けにし、鬼の様な怖さを放つ吊り目、その中に黄緑色の瞳を宿した体格の良いセイカ達の父親が座っている。


「セイカ、お前は早く妹に追いつけ。お前には轟鬼拳(ごうきけん)と謳われるこの俺、シュレッガンの血が流れてる。言い訳を探す余地など無いぞ」


 箸を一旦置き、鬼の様な圧迫感を放ちながら、シュレッガンはセイカを睨んだ。

 再び箸を握り、お椀を持つその両手は、火傷の跡で赤黒くなっている。


 ちっ、出来んならやってんだよ、クソ親父。


 セイカは心の中で舌打ちした。


「勇者の血を引くこの村の人間は、強さ以外に価値は無い」


 セイカの反抗的な態度を感じてか、シュレッガンは更に圧をかけていく。


「ハッ。大層な二つ名がある割には勇者になれてねぇくせして、子供に自慢とかマジダセェな」


 セイカは不敵な笑みを浮かべながら、父親に反抗し始めた。


「千年もの間勇者を生み出す為に先祖代々頑張り続けてたのに、結局最南の地に真の勇者が誕生しちまって、今更血筋の誇りを守ろうと大人達は必死だな! そのせいで俺も他の連中も狂わされてんだよ!」


 セイカの怒号を、シュレッガンは変わらぬ表情で静かに聞いている。


「お前に至っては、母さんすらろくに守れてねぇ。そんな奴が勇者候補だった時点でたかが知れてんだよ。子供を巻き込むな!」


 セイカの怒りを静かに受け止めていたシュレッガンは、怒りを堪えきれずに椅子から立ち上がってセイカの頬を叩いた。


 セイカは衝撃で椅子から転げ落ちる。


 夕方に受けた傷やたんこぶが消えぬ弱々しい姿に加えて、地面に倒れ込んでぶたれた頬を抑えているセイカだが、瞳だけは覇気を失わずに父親を睨みつけていた。


「お兄ちゃん!!」


 ホノカが急いだセイカの元へ駆け寄る。


「ホノカ、止まれ」


 シュレッガンが、セイカに駆け寄るホノカを大きな腕で抑えた。


「ちっ、母さんが病気で倒れてなきゃ、こんなクソ親父の事なんて見捨てて俺とホノカの三人で暮らしてただろうな!」


 セイカは感情のままに言葉を並べた。


「セイカ、お前には厳しい教育じゃ無いと意味が無いようだな。今すぐこの村から出て行け」


 そう言うシュレッガンの目は冷たく、到底息子を見る目では無かった。


「それと、誰が愛する者を失った無力感を抱えずにいられる? お前は相手のことを考えてから物を言え。脊髄で喋るな」


 シュレッガンはそう言い放った後、自分の椅子を戻し、食事を再開した。


 ホノカはどうして良いか分からず立ち尽くしており、兄を見つめる赤い瞳は潤んでおり、白く柔らかな頬には涙が伝っていた。


 そしてセイカはと言うと、父親を睨みながら立ち上がり、そのまま玄関を出て扉を強く閉め付けて何処かへと消えていった。


 数分後。

 村から北に進んだ所にある大きな草原。


 そこをセイカは歩き続けていた。


 恨み、憎しみ、憎悪、無力感、後悔、ありとあらゆる負の感情が入り乱れた悍ましい表情を浮かべながら、セイカは一歩、また一歩と重い足取りで歩く。


「テメェらの都合なんか関係ねぇんだよ……」


 そう呟いた瞬間、セイカの強く握りしめられた両手から、静かに燃え盛る真っ赤な炎が放出された。


「どんな手を使ってでも、お前らの存在意義を灰へと化す! 他の誰でも無く、俺がホノカを勇者にする!!」


 セイカが夜天に向かって叫んだ拍子に、両手から放出されていた炎の先が風で飛ばされ、草原に生えている雑草に火を付けた。


「皆殺しだ……」


 燃え上がる草花の上で、セイカは悪魔の様な表情で視線の先を睨み、力強い足取りで炎の中を進んでいく。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それから二年後。


 ホノカが居る村の北側にある小さな丘上。


 そこでは青い軍服に身を包み、水色髪をセンター分けにし、水色の瞳を鋭く光らせている魔王軍に入ったばかりの少し成長したセイカが村を見下ろしていた。

 そんなセイカの右手の甲には、黒い紋章が刻まれている。


 そしてその隣では、牙を剥き出しにした巨大狼(ジャイアントウルフ)が今にも飛び出しそうな気迫で村から流れて来る風に混じっている人間の匂いを嗅いでいた。


「クソ親父も、村のゴミ共も、全員ホノカ《勇者》の薪だ……」


 怒りの籠った力強くも小さな声でそう言うセイカの右握り拳は、真っ赤に燃え盛る炎を纏っていた。


「ガルル」


 巨大狼(ジャイアントウルフ)は、涎を大量に零しながら唸っている。


「さっき伝えた女の子以外は皆殺しにしろ。さぁ行け……」


 セイカがそう言った瞬間、巨大狼(ジャイアントウルフ)は猛スピードで村をへと駆けて行った。


 その数分後には、村の中から大量の断末魔と火事による火煙が立て続けに起こり、遠目だけでも悲惨な状況を安易に想像出来た。


 ここから更に十数分後。


 巨大狼(ジャイアントウルフ)はホノカだけを生き残して村を壊滅させ、セイカの元に戻っていた。


「森へと走れ。獣人はほぼ滅亡してるが、人間の元で育つよりかは確実に強くなれる。俺がそうだった様に」


 セイカは巨大狼(ジャイアントウルフ)の頭を優しく撫でながら、夜空を見上げて思いに耽っている。


「勇者は勝てる勝てないじゃ無く、倒すべきかどうかで行動する勇気ある者を指す。ホノカなら、絶対にお前を追って森に入る……。他の命令は無い、行け」


 セイカの言葉を命令を聞いた巨大狼(ジャイアントウルフ)は、混沌の大森林へと駆けて行った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 巨大狼(ジャイアントウルフ)が北へと駆けて行ってから十数分後。


 セイカは状況を確認する為、ボロボロの村を訪れていた。


「生存者はゼロ。ホノカも、やはり巨大狼(ジャイアントウルフ)を追ったか。顔合わせはもう少し後だな」


 数分後。


 村の中央にある広場。

 そこに、セイカが足を踏み入れる。


「お、やっぱ魔物じゃ壊さないか。広場の周りだけ変に綺麗だもんな」


 広場の中央には、刃は周りの光を反射して白く輝き、柄は金に煌めく悪滅光爆剣(デストライトソード)が台座の上に刺さっていた。


「こんな剣があるから皆んな狂ったんだ。ぶっ壊そう……」


 セイカは、怒りに震えた表情で光り輝く悪滅光爆剣(デストライトソード)を睨んでいる。


 真っ赤に燃え盛る炎纏った右手で、光り輝く剣を握る。


 悪滅光爆剣(デストライトソード)を握ったセイカは、力を込めて台座から引き抜いていく。


 すると、台座にヒビが入っていき、段々と剣が抜け始めた。


 数秒後。

 セイカは咆哮を叫びながら、悪滅光爆剣(デストライトソード)を台座から引き抜いた。


「確かに、異質な光属性の魔素を感じるが……。ふっ、特段強い武器を持った実感は無いな。千年前の武器だ、流石に朽ちてるか」


 悪滅光爆剣(デストライトソード)を持ったセイカは、剣の拍子抜けな姿を見て鼻で笑った。


「万が一、ホノカより先に真の勇者がこの剣を手に入れたら魔王軍が不利になる。何より、村の連中は"これ"を神の様に崇め奉って狂っていた。ぶっ壊す理由には充分だ」


 そう言って、セイカは光り輝く剣を地面に叩きつけて破壊した。


「これで任務完了。俺も魔界に帰るか」


 セイカはあくびをしながら、悪滅光爆剣(デストライトソード)の柄を地面に放って北へと足を進めた。

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