166 誰かにとっての主人公
ミア達ロイヤルティーナイト対エミリアの戦いに決着が着いた頃。
ラスファート城門前では、アビスの呼び掛けに応えて姿を現した白炎纏った純白鎧の魔物とその他魔物対シエル達三人とその他ナイトサンダーズ達の奇妙な戦いが繰り広げられていた。
「この魔物、私達を狙ってない!」
カルラによる影魔法の追撃やその他ナイトサンダーズ達の追撃を華麗に避けながら、純白鎧の魔物は王城中央目指して走っていく。
その周りでは、他のナイトサンダーズ達が元から居た魔物達と戦っている。
「止まれ!」
白いオーラを纏ってフロー状態に入っているアイが、魔物と両手を掴み合っての押し合いを挑む。
「コイツ、ライトニング様達の所に向かってる!」
アイは踏ん張っているものの、後ろに押されてきつそうな表情を浮かべてフロー状態が切れかかっている。
「我は純白の太陽騎士『太陽之騎士』、アビス様によりこの地に産み落とされ、アビス様に絶対の忠誠を誓う者」
低く感情の感じられない淡々とした声が、鎧の口から発せられた。
「うぐぐ、アビスは知能ある魔物も生み出せるんだね」
きつさを紛らわせそうと笑っているアイの視線の先では、純白のオーラを纏ってゾーンに入って重たい空気を纏っているシエルが居た。
シエルが深呼吸をしながら魔力を解放すると、右背中から悪魔のような大きな赤雷の翼が生え始める。
赤雷の片翼が完全な状態になると、シエルは深呼吸をした後、迷い無くアイと押し合っている太陽之騎士に雷鳴と共に片翼を使って飛び出して行った。
飛び出して行ったシエルは、雷の様にジグザグに移動しながら魔物に迫り、太陽之騎士はアイから離れようとしている。
しかし、シエルが来ているのを太陽之騎士越しに察知したアイが再びフロー状態に入って押し合いにのめり込んだ事で太陽之騎士はアイから手を離すことが出来なかった。
ジグザグ移動で近づいたシエルは、そのままの勢いを殺さずに赤雷纏った右拳で太陽之騎士の背中を貫いた。
背中を拳で貫かれた太陽之騎士の背中の真ん中には空洞が出来、それを見たアイは手を離す。
太陽之騎士の鎧から放出されていた白い炎は完全に消え、前に倒れていく。
「戦場を駆ける赤き片翼、『不揺之赤雷片翼』」
シエルは前に倒れていく太陽之騎士を見下しながら、カッコよく呟いて片翼を解除した。
解除された片翼を形作っていた赤雷は、大気中を散り散りに散らばっていく。
それから二秒程、シエル達や他の魔物は前に倒れていく太陽之騎士を静かに見ていた。
そして膝を付く所まで倒れたその時、太陽之騎士が再び白い炎を纏って動き出す。
太陽之騎士は膝を付く寸前で踏ん張り、瞬時に鎧全身を包む様な白炎を燃え上がらせ、シエル達がいる方向に一歩目からトップスピードで走り始める。
「アイ!」
シエルがそう叫んでいる時には、太陽之騎士は既にシエル達の遥か後ろを走っていた。
「分かってる!」
アイは純白のオーラを纏い、信じられない速さで振り向いて太陽之騎士目掛けて走り出す。
そんな戦場の上空に、夜の暗さ以上に空を黒く染める漆黒の魔力が現れる。
「君達、ナイトサンダーズだろ? 安心しろ、この国には大陸一の騎士団ラストナイトが居る! 全員、その場から一歩も動くな!!」
威厳が感じ取れ、よく通るお姉さんな大きな声が上空から聞こえてくる。
その声を聞いたアイは、瞬時に走るのを辞めて上空を見上げる。
その視線の先に居たのは、漆黒の炎纏わせた白い大剣を天穹に掲げ上げ、その炎の起こす風で黒のウェーブロングヘアを揺らめかせているラストナイト団長フィオナ・ロワーリであった。
フィオナは漆黒の炎纏わせた白い大剣の先を地面に向ける様に持ち直し、物凄い速さで急降下していく。
「死誘の黒炎で焼き尽くせ、『死誘黒炎之地獄!』」
そう叫ぶフィオナは、黒炎の鍔が付いている白い大剣を地面に突き刺した。
「そして、私フィオナ・ロワーリは、最強の騎士だ!」
フィオナがそう啖呵を切っている間に、太陽之騎士と戦場に居たその他魔物達全ては、漆黒の炎に包まれて断末魔を叫びながら灰と化していった。
「鎧の魔物を一撃で……」
カルラはただ、フィオナの勇敢な立姿を眺めている。
「他の魔物達も全部纏めて焼き尽くしちゃった。これがラストナイト団長の力……。あ、集中力切れたらお腹空いてきた」
アイは、初めはフィオナに感心していたが、白いオーラが消えて集中力がなくなった事でお腹が空き、雷鳴スーツに忍ばせていたクッキーを食べ始めた。
「フィオナさん、援軍に感謝します」
シエルは深く頭を下げた。
「いえいえ、元々私達だけで守らないといけない国だ。感謝は私達からの一方通行じゃ無いと申し訳ない」
フィオナは照れくさそうに言った。
「そんな事はありません。わたくし達はこの世界の脇役で、各々の役目を背負い切る力は持っていない。だからこそ支え合い、それを当たり前にせずに感謝の気持ちを忘れず伝える事が大切なんです」
「へへっ、そうですね。ちなみに、貴方達の思うこの世界の主人公は……」
フィオナがシエル達の方を見て話しかけると、シエル達三人は迷いなく食い気味にこう答えた。
「「「勿論、ライトニング様です!」」」
「フフッ、当たり前ですよね。ま、大多数の人にとっては、間違い無く勇者ゼーレが主人公ですよ。だって勇者は……」
フィオナはそう呟きながら、月と星々が輝く夜空を見上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一方ラスファート北東区では、未だホノカ達とセイカの戦いが続いていた。
「影に貫かれろ、『邪蛇之幻影牙』」
影の蛇がセイカに噛み掛かる。
「ふっ、分かっている攻撃など、避ける価値も無い」
蛇の時間を止めたセイカが自信満々な表情でステラを見下していると、水滴の様に地面に落ちて行く小さな金と黒の魔力の粒を全身の周りに纏わせているマーシが背後に密かに回っていた。
「そうか、なら星に堕ちろ……。究極之魂『足枷之星重』、『足枷之重力』」
マーシが右手を地面につけた瞬間、セイカを中心とした半径二メートル程の重力は何倍にもなり、その範囲では金と黒の魔力が水滴の様に素早く落ちていっていた。
重力が重い範囲では、徐々に地面が凹んでいき、小さなクレーターが出来ている。
が、水色の炎を全身に纏ったセイカは平然と立っていた。
「時の神の前では、全て無意味」
マーシを嘲笑っているセイカの背後に、突如として巨大な影の蛇が壁の様に起き上がっていた。
「今度は仕留める。『邪蛇之蛇締』」
ステラがそう言うと。巨大な影の蛇はセイカに覆い被さる様に口を大きく開けながらセイカに突進した。
それを見たセイカは、寸前の所で誰かの元へと飛び出した。
巨大な影の蛇はそのまま地面に衝突して、影の中へと消えて行った。
「影魔法は重力の影響を受けないのか、勉強になった」
セイカは水色の炎纏った剣を上に振り翳しながら、ライアンの目の前まで移動する時間を早めて移動した。
「速度の再演。『時神之反復演舞燐火』」
セイカの水色の剣が、ライアンの白い剣と激しくぶつかり合い、にぶい金属の衝突音が鳴り響く。
が、それで終わりではなかった。
セイカの持つ水色の剣が纏っている水色の炎が小さくなったり燃え盛ったりを繰り返し始め、水色の炎が燃え盛るたびにライアンを衝突の時に味わった剣同士がぶつかり合う重さが襲った。
「お前の魂之力は厄介だ」
セイカは嫌悪を露わにした表情でライアンを睨んでいる。
「それは嬉しい言葉だな」
ライアンは下から振り上げた剣に一定間隔で乗っかってくる重さで後ろに下がらされていく。
「褒めてるんじゃ無い。ホノカに当たったらどうするんだって話だ!」
セイカはライアンの剣を押さえつける力を更に増した。
「いや、過保護すぎんだろ。リサから聞かされていたから知ってるが、コイツは『烈日之帝王軍』の元帥、つまり虹雷剣の一人だぞ。認めたくねぇが、個々の実力は間違い無く全員大陸トップの連中だ」
ライアンは、セイカに上から押さえつけられて片膝を地面に付きながらも、戦意を燃やしている水色の瞳でセイカを見上げて睨んでいる。
「黙れ。ホノカは俺にとって欠かせない存在。俺にとって世界で一番輝かせたい勇者である前に、俺を救ってくれた世界一可愛い女の子なんだよ。万が一にでも傷を作りたく無い」
セイカは嫌悪感が伝わってくる震えた声で話している。
「美しく艶めいている真っ赤な長い髪に、ルビーの様に煌めき鋭い眼光放つ生き生きとした赤い瞳。それらを際立たせる軍服の上からでも分かる真っ白い肌と鍛え抜かれた肉体美……」
セイカは暫く下を俯いていたが、急に御空に浮かぶ月を仰いでこう叫んだ。
「まさしく英雄! 勇者! 最高のヒロインであり、この世界の太陽!!」
セイカは完全に感情が昂っていた。
「ホノカは神に選ばれた子なんだよ、ホノカは俺の生きる意味なんだよ! ま、お前らの様な薄汚れた奴等には、誰かが生きる意味と言う思考が分からないだろうがな!」
セイカは、そう叫びながらどんどん水色の剣を握る力を強めていく。