165 チェックメイト
同時刻。
ラスファート北東区のとあるバスケットコートがある広場。
そこでは、ホノカとライアン・デストレー、そしてマーシ兄弟がセイカと死闘を繰り広げていた。
「ここはスラム街だからな。フィオナ様の許可もあるし、思う存分戦えるぜ!」
ライアンは白い剣を左腕で掲げ、その剣に激しく流動する灰色の水を纏わせている。
「俺達はどうでも良いが、汚ねぇマンションだって誰かの大事な家なんだぜ」
電柱の上から戦場を見下ろしているマーシは、金色の魔力を全身に纏っている。
「分かってる。でも、どうせ北東区の建物は古くて危ないから再建設するってリサが言ってた。ま、だから魂之力使用許可が降りてんだ」
ライアンは自信満々な笑みを浮かべながら、右手に持っている白い剣を後ろに構える。
「君の力は知っている。私たちの事は気にせず暴れてくれ」
ホノカは冷静な口調で話す。
「サンダーパラダイス。お前ら今まで陰でコソコソしてたのに、いきなり表に出てきやがって。ま、強さ的に味方で良かったよ」
ライアンは不敵に笑った。
「じゃあ行くぜ! この波は抗う事も流れに乗る事も許さない……、崩壊の波を知れ。『灰壊之水波!』」
ライアンが灰色の水を纏わせた白い剣を横一線に振り払うと、灰色の津波がセイカに押し寄せながら、建物を崩壊させて行った。
「悪いな……。どんなに派手な技も、当たらなければ意味が無い」
セイカは棒立ちのまま、灰色の津波に飲み込まれた。
「この感じ、嫌な記憶が……」
ライアンは顔を歪ませながら、津波が引くのを待った。
数十秒後。
津波が引き、薄暗かったスラムの街並みが綺麗に更地になり、月明かりが直接照らす下。
そこには、軍服の一片すら縮れていない無傷のセイカが立っていた。
「やっぱりかよ!」
ライアンは苛立ちを抑えられず、白い剣を地面に強く突き刺した。
「ホノカ! 兄ちゃんは、ホノカ以外には殺さないぞ!!」
セイカは真っ直ぐとした水色の瞳でホノカを見つめた。
「ちっ、あぁもう分かったよ、お兄ちゃん!」
舌打ちをしたホノカは深く溜息を吐いた後、地面に顔を向けた。
「ディストラさん……」
そう呟くと、ホノカは徐々に影に包まれたいく。
「サンダーパラダイスのホノカは、お兄ちゃんを倒すのに躊躇する……」
そう言ったホノカは、影に包み込まれた。
数秒後、影がホノカから離れていき、『烈日之帝王軍』の軍服を着たホノカが姿を表す。
ホノカの着ている軍服は、通常の『烈日之帝王軍』隊員が着ている物とは大きく異なり、白基調の軍服に赤の装飾が施されているまでは同じだが、その上にまるで焦げて消えたかの様に下半分が無い白基調に赤の装飾がしてあるコートを羽織っている。
そして、そのコートの背中の真ん中には、真っ赤に燃え盛っているかの様な荒々しい太陽が描かれている。
「だから! ライトニングに貰った新たな私でお兄ちゃんに勝つ!」
ホノカはそう言い放ちながら、悪滅光爆剣を振って、宙に舞っていた影の残りを振り払った。
その勢いで、羽織っているコートも靡く。
「この服を着てる時の私は、ライトニングの友達であるサンダーパラダイスのホノカじゃ無い。ライトニング様より下された任務を全うし、勝利だけを追い求める、『烈日之帝王軍』の元帥ホノカだ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
舞台は変わり、ラスファート北西区のエミリア対ミアとロイヤルティーナイトの戦場。
「竜共、そこを退け!」
ブラントは水のサーフボードで駆け上がりながら、二体雷竜と炎龍竜に向かって叫んだ。
それを見た竜達は、雷竜は全身に雷を、炎竜は炎を全身に纏わせた後、ブラント目掛けて突っ込んで行った。
「そっちから来てくれんなら手っ取り早い」
ブラントはそのまま飛んでいき、竜三体の雷電と炎を帯びた鉤爪がブラントを襲う。
しかしその鉤爪はブラント一人の力によって抑え込められた。
「へへっ、『停留斬撃』は空間に留まる斬撃。どんな衝撃でもびくともしませんよ」
そう不敵な笑みを浮かべるブラントは、水のサーフボードで空中に留まっており、その前には無数の赤い斬撃に鉤爪の攻撃を抑えられている炎竜と雷竜達が居た。
「止まったな?」
ブラントは不敵な笑みを浮かべている。
「終わりだ、竜共……。『透過斬撃』」
ブラントが小さくそう呟いた瞬間、炎竜と雷竜達の頸に切り傷が出来始めた。
その傷は、左から右へと広がっていき、次第に雷竜の頸全体に広がった。
その時には既に炎竜と雷竜達の意識は無く、目に見えない斬撃は完全に竜達の首を切断した。
大量の血が吹き荒れ、斬撃の衝撃で三つの首は遠くへと飛んでいき、胴体は制御を失い落下していく。
こうして、敵はエミリアと骸骨竜だけとなった。
「ちっ。死竜よ、かの者達の寿命を刈り取れ」
エミリアがそう命令すると、骸骨の竜はミアとブラントの方向へと口から黒い霧を吐き出した。
黒い霧は、骸骨竜が羽ばたいている風によって空中に蔓延していく。
それを見たブラントは、ミアより先に黒い霧へと剣を構えながら突っ込んだ。
「光の斬撃よ、眼前の霧を晴らせ。『浄化之斬撃』」
ブラントが右手を前に突き出してそう言うと、黒い霧の中に無数の白い斬撃が発生し、白い斬撃は黒い霧を吸収しながら霧を払い除けた。
しかし、黒い霧に接近していたブラントは霧を吸い込んでしまい、呼吸困難になってしまう。
「うっ、くっ、息が……」
ブラントは首を抑えながら苦しそうな表情を浮かべて地面に落下していく。
「ブラント!」
ミアは落下していくブラントに声を掛けたが、返事は返って来なかった。
「アハッ。この子のブレスは、少しでも吸い込んだら最後、寿命尽きるまで体を侵す魂之力の効果が乗っているんだよ」
「つまり、お前を殺せば助けられる!」
ミアは再びエミリアの方を振り向き、鋭く青い眼光で睨みながら水のサーフボードで上がっていく。
「死竜、やれ……」
エミリアの命令で、死竜はブレスを溜め始める。
だが、エミリア達は気付いていなかった。
一発の弾丸に全てを込める為、今の今まで息を潜めていた暗殺者に。
場所は、竜達の重さで倒壊した工場に使われていたコンクリートの下。
エミリア達から完全に死角となったそこで、ミア達が戦っている間ずっと、メグは仰向けの低姿勢をキープしながらスナイパーライフルに魔力を送り込んでいた。
「私の究極之魂『確定未来』は、幾千にも枝分かれしている未来から、好きな未来を選択して世界に強制させる事が出来る力。私の魔力量だと、大それた事は出来ないけど……。視界に捉えている敵の立ち位置を狙撃しやすい場所に誘導する事は出来る」
そう言うメグのオレンジ色の瞳は緑色の魔力で輝いていて、手は静かに引き金に添えられていた。
標準を定めたメグは深呼吸をしながら目を瞑った。
そして、再び開かれた緑色の魔力が込められたオレンジ色の瞳は、死竜をスコープ越しに力強く睨みつけている。
「魔力充填量マックス。私が外す事は、無い!」
そう啖呵を切ったメグは引き金を引く。
その瞬間、更地となった工場地帯に大きな銃声が木霊した。
そして一秒も経たぬ内に、ブレスを貯めている死竜の顎に銃弾が到達し、骨を粉砕してよろめかせた。
「きゃっ!」
それと同時に、死竜の頭上に乗っていたエミリアもバランスを崩して膝を付く。
「ふふっ。メグ、最後の最後に活躍するのは他の皆んなが可哀想よ」
ミアは空中から、下に居るメグの方を見下ろして誇らしげに言った。
「さて、亡霊は死なない存在でも、蘇るまでは時間が掛かる。終わりにしよう、エミリア!」
ミアはそう声を張り上げながらエミリアと死竜の下へと昇っていく。
「くっ! そう言えば一人だけずっと姿を見てなかった……」
エミリアはそう言いながら、大鎌を杖代わりにして立ち上がった。
「でも残念だったね。デライパスには生と言う概念は無い。あるのは死、のみ」
エミリアは、水のサーフボードで昇ってくるミアを冷徹な暗い赤色の瞳で見下ろしている。
「不死は生きているとは言えず、不死の竜は全てに死を宣告する……」
そう語るエミリアに普段の明るい雰囲気は無く、た淡々と言葉を連ねた。
「その証拠に、死竜は殺した生物の魂を掌握する私が唯一殺さずに使役している魂」
エミリアがそう話している間に、死竜の顎は段々元に戻っていっていた。
「エミリア、お前は命を軽んじ過ぎている……」
「勘違いしてるみたいだけど、エミリアは命を軽んじてるんじゃ無い。ただ、殺し合いが好きなだけ」
「負けた者は弱者で、強者である勝者の糧となるのが自然の掟。お前らも全員、エミリアの戦力にしてあげる! アハハハハツ」
狂気に満ちた笑い声を発しているエミリアが、赤黒い大鎌を後ろに構えてミアを待ち受ける。
ミアが死竜の超至近距離まで近づいた時、死竜の顎は完全に元に戻った。
顎の骨が元に戻って正気になった死竜の黒い魔力を帯びた左手の鉤爪がミアに迫る。
しかし、ミアの青い瞳はエミリアだけを捉え続けており、サーフボードの上昇を止める事は無かった。
ミアの体に死竜の鉤爪が当たる寸前、少し前に響いた音より少し小さな銃声が鳴った。
そして、ミアに差し迫っていた死竜の鉤爪は砕かれる事は無かったが、弾丸によって弾き飛ばされる事となった。
「ずっと魔力を流し込んでたのに、一発な訳無いでしょ」
「アイツ!」
エミリアは鬼の形相でメグを睨んだ。
「やっつけちゃえ」
メグはスナイパーライフルを地面に置いてエミリアの視線には目もくれず、キラキラと輝いたオレンジ色の誇らしげな瞳でミアを見ながら可愛らしく小さな声で言った。
聞こえていない筈のその言葉に押されるかの様に、ミアは力強く短剣とハンドガンを握りながらエミリアの持つ大鎌の攻撃範囲内まで近づいた。
メグと同様他のロイヤルティーナイト達も、そんなミアの勇姿を静かに見上げている。
「お前を殺して、ロイヤルティーナイトを乗っ取ってやる!」
エミリアは、目にも止まらぬ速さで大鎌を右から左へと横一線に振るう。
「させない!!」
ミアは常人離れした反射神経で大鎌を真正面から短剣で受け流し、更に懐へと潜り込んでいく。
「チェック……」
ミアはハンドガンの銃口をエミリアに向けた。
何で? ミアってこんなに速くて強かったっけ?
大鎌を受け流されたエミリアは、ミアの想定外な強さに驚愕して一瞬思考が停止してしまった。
その隙に近づいたミアは、黒とピンク色に塗装されたハンドガンの銃口をエミリアの眉間に押し付けていた。
「チェックメイト……」
そう呟くミアの青い瞳には、殺意に満ちている。
それを見たエミリアは焦りに満ちた表情を浮かべながら後ろにジャンプして、右手に持っている大鎌を自身の左側に構え、ミアの首目掛けて右に振った。
しかしミアは不敵な笑みを浮かべており、赤黒い大鎌がミアの首に到達する前にハンドガンの引き金が引かれた。
一発の銃声が空に響き、エミリアの眉間には小さな穴が空いており、そこから血が流れていた。
「戦いに必要なのは力じゃ無い、熱意だって軍曹ホノカさんに教わった」
死竜の頭から落ちていくエミリアを、ミアは冷徹な視線で見下ろしている。
「貴方にとっては趣味の殺し合いだったのかも知れないけど、アタシにとっては敵討ちみたいな戦いだったから……。ま、アンタが直接敵って訳じゃ無いけど。熱意を燃やす糧としては充分な相手だった」
ミアがそう言っている中、エミリアは徐々に速度を上げながら地面に頭から落下していく。
そして、死竜の方はと言うと。
ミア達に向けていた敵意が突然綺麗さっぱり無くなり、静かに北へと羽の翼を羽ばたかせて飛び去って行った。
「死竜、デライパス……。本当に魂を使役されていただけだったみたいね」
ミアは、ハンドガンと短剣を手袋の穴から通じている異空間にしまい、北へと飛んでいく死竜を疲れ切った表情で見つめてそう呟いた。
その後、ミアは下で集まっているロイヤルティーナイトに視線を向けて、晴れやかな笑顔を浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エミリアが眉間を撃たれた後直ぐ、北西区の至る所で金色の亡霊達は動きを止めていた。
家を破壊し回っている炎熊や行き止まりの路地裏に逃げ遅れた工場員を取り囲んでいる氷狼等、その他町を徘徊していた魔族の亡霊も全て動きを止め、徐々にに金色の塵となって空気中に舞いながら姿を消した。
ミアに救われたのは住民やラスファートの騎士だけでは無く、勿論この男も救われていた。
「終わったのですね……。あの魔族達には感謝しなければ」
返り血で体中赤く染まったマテオは荒い息づかいをしながら、仰向けに地面に倒れた。
こうして、ミアが放った一発の弾丸が一夜で北西区を危機に陥れた金色亡霊の襲撃に終幕を告げたのであった。