164 支配する皇帝、屈服させる主
「おいおい、マジかよ」
ミア達とは遅れてやって来たマックスは、メグとハンナをおんぶしながら竜達を見て言った。
「竜ってサキュバスに欲情するのかしら?」
ハンナは顎に手を当てて、困った表情で竜達を見ている。
「わ、私は最後までお役に立って見せます!」
メグは背中に緑色のスナイパーライフルを背負ったまま、ミアに向かって力強く言った。
「無理しなくて大丈夫だからね」
ミアは優しくメグの頭を撫でてあげた。
「皆んな、このサーフボードに乗ってくれ。操作はオレがやる」
マックスは水で作ったサーフボードをブラントとリタ、そしてシュランとミアに渡した。
「水竜は俺に任せてくれ! 俺の魂之力は強い水使い相手なら無敵だからよ!!」
マックスは両手に青い手甲鉤を取り付けて自信満々に宣言した。
「えぇ、皆んな頼りにしてる……」
ミアは右手に持っているハンドガンと左手に持っている短剣を構え直して、後ろにいる七人のロイヤルティーナイトを感じて嬉しそうに微笑んだ。
「さぁ、次が最後だね……」
エミリアは死竜の頭に乗った。
「自由を与える支配か完全なる屈服。どちらが駒の能力を引き出せるのか……。今日その答えを世界に示そう」
エミリアを乗せた死竜は飛び上がり、その竜とミア達の間の空中を残り十体の竜達が阻む様に移動した。
「ロイヤルティーナイトはただの駒じゃない! アタシの家族だ!」
ミアは怒りの表情を浮かべて言い放った。
「ふっ、やっぱり貴方にその魂之力は宝の持ち腐れね」
エミリアは、ミアの事を見下して嘲笑した。
「うるさい。アンタ達みたいなのは何の資格と権利があって、命を道具として見てんだ! まあ、家族を自らの手で殺したアンタには、他人を屈服させる事しか考えられ無いんだろうな!!」
ミアは短剣で空を斬りながら怒号を叫んだ。
「エミリアにとっては、家族も武力の糧だよ」
エミリアは冷徹な視線をミア達に向ける。
「アンタは本当に……」
ミアは怒りに声を震わせながら静かに下を俯いた。
「アリナに誓う……、アンタは絶対にアタシが倒す!」
ミアがハンドガンの銃口をエミリアに向けた後、静寂が訪れる。
エミリア達とミア達は、空中と地上で暫く睨み合う。
先に静寂を破ったのは、エミリアの方だった。
「やれ……」
エミリアが右手をミア達の方へ向けると、前で飛んでいる竜達がミア達目掛けてブレスを溜め始めた。
「行くよ!」
ミアの合図を皮切りに、ロイヤルティーナイトは力強い返事をした後、空中に浮いている竜達に攻撃を始める。
「ガンマ、俺をぶん投げろ!!」
マックスはそう言いながらガンマにむかつ向かって走っていく。
「任せろ!」
ガンマは斧を地面に突き刺してマックスを待ち構える。
ガンマの近くまで来ると、マックスは飛び上がってガンマに背を向ける形で左足を突き出した。
それを見たガンマは、『硬者』を発動して地面に自分の足をめり込ませて固定し、屈強な右手でマックスの左足を掴んだ。
「マックス、死ぬなよ!」
ガンマはそう言いながら、マックスを竜達目掛けて思いっきり投げ飛ばした。
「準備はできてるか? ブラント達!」
マックスはそう言ったあと、間髪入れずにブラント達三人が乗っている水のスケボーを発進させて自分の後を追わせた。
「これ楽しい!」
リタは自動で動くサーフボードに興奮していた。
「ちゃんと構えとけよ」
ブラントは深呼吸をしながら竜達を見つめている。
「戦いには楽しむ心も必要じゃ」
シュランは芯のある体幹で体を揺らす事なく進んでいく。
「オォォー!」
マックス達は竜達に怯む事なく突き進む。
しかし、マックス達が竜達に到達する前にブレスが溜まってしまう。
「竜の怒りの矛先に残るは焼け野原だけ……」
エミリアがそう呟いた直後、十体の竜によるブレスが北西区に放たれた。
様々な属性を持つ十体の竜のブレスは虹の様な一つの光線となってガンマ達を襲う。
そのブレスの中には、水竜二体分のブレスも含まれていた。
「オレの魂之特性『神懸之操舵手』は、俺の魔力以上の魔力が込められてたり、あらゆる状態化にある水でも、全部自由自在に操る力。借りるぜ、水竜共!」
マックスは一つになったブレスに右手に付けている手甲鉤を突き刺した。
そして、マックスは体を横に捻りながら円を描く様に手甲鉤のパンチを繰り出す。
すると、一つになったブレスの中に含まれる水のブレスは手甲鉤によって他のブレスから斬り裂かれて8本のブレスに分離した。
「凄いじゃん、マックス!」
後から来ていたリタはそう言いながら、マックスに当たる寸前のブレスをハンマーで叩いて粉砕した。
粉砕されたブレスは炎や水などの元となる小さな粒子へと変化していきながら散り散りになっていく。
その後、マックスが先ほどとは逆方向に体を捻りながら右の手甲鉤でパンチを繰り出すと、分離された8本の水のブレスは四つずつに分かれて宙に飛んでいる岩の装甲を身に纏っている二体の岩竜目掛けて放たれた。
二体の岩竜はそれを防ごうと自身の前に大きな岩の球体を作って縦にしたが、四つの水のブレスは空間を切り裂く様な音を立てながら岩の球体を貫いた。
そして、岩の球体を貫いた水のブレスは勢いを落とさずに突き進み、土と岩竜二体の脳天と心臓部を2本ずつの水のブレスが貫いたのだった。
岩竜二体は白目を剥きながら地面に落下していく。
「ちっ、水竜! 地上に居る二人から潰せ!!」
エミリアは苛立った様子で命令を出した。
命令を聞いた水竜達は、地上に残っているガンマとハンナ目掛けて進んでいく。
その中間にいるミア達は振り返りもせず、二体の水竜に構う事なく進んでいく。
「岩竜相手は正直めんどかったからな。後は任せろ」
ブラントは前に居る炎竜目掛けて剣を構えて振った。
しかし、ブラントが剣を振り切って斬撃を出す直前、雄叫びが轟いて水のサーフボードに乗っているブラント達は白い暴風によって一度引き剥がされる。
「くっ、せめて二人のは……」
マックスは、ミアとブラントが乗っているサーフボードの制御に意識を集中させた為に自分のサーフボードの制御が疎かになり、暴風によって遠くへと吹き飛ばされていった。
「マックス、ありがとう……」
ミアはマックスに対して感謝の眼差しを向けた後、こう呟いた。
「互いの仲間が倒し倒されを繰り返し、先に王の首を取った方が勝ちの戦い。まるで、テンヤと息抜きにやっていたチェスみたい」
「天竜……」
暴風吹き荒れる中、何とか体勢を保ちながらブラントは二体の天竜を睨む。
二体の天竜は雄叫びを上げながら、辺り一体を白い暴風無差別に吹き荒らしている。
「儂に任せぇ」
シュランは一言そう言うと、全身に光を纏わせ、居合抜刀の構えをしながら水のサーフボードを足場にして天竜二体目掛けて飛び上がった。
「『光神』流、極の太刀……」
シュランがそう呟くと、極限まで魔力と大きさを圧縮され、目に見えず、魔力も感じ取れぬ程極小光の球がとある形へと広範囲に広がって、骸骨の竜以外の竜達全てを取り囲んだ。
少し遠くに居た雷竜二体と炎竜一体は、危険を察知して範囲外へと逃げていく。
しかし、ミア達を迎え撃つ為に距離を詰めていた炎竜一体と雄叫びを上げている天竜二体は逃げることができなかった。
『神吹斬』
シュランがそう呟きながら居合の構えのまま刀を鞘から抜くと、シュランの体は光に包まれて一瞬にして姿を消した。
それを目撃していた全ての者がシュランを探したが、姿を捉えられる者は誰一人としていない。
音も無く、殺意も魔力も感じられないそんな技が三体の竜を襲う。
光となったシュランは竜達の周りに散りばめた極小の光球に屈折しながら、次々に竜を斬り刻んでいく。
そして、シュランの通った軌跡がある花を描いていく。
その間、たったの3秒。
シュランの動向を探っていたエミリア達が次にシュランの姿を捉えた時には、既に三体の竜は叫ぶこともできぬまま細切れに斬り裂かれて大量の血を空中に放出していた。
シュランが刀を鞘に収めた時、黄色い光線で描かれたガーベラが空中に現れた。
「すまんな。三体しかやれんかったわい」
シュランはブラント達にそう言って楽しそうに笑いながら地面へと落下して行った。
「逆に残してくれて安心しましたよ、シュランさん」
ブラントは落下していくシュランを見ながらそう呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃地上では、ガンマとハンナが二体の水竜と戦っていた。
「うふふ。竜に試した事は無かったのだけれど、ちゃんと魅了されてるみたいね」
ハンナの魅了に掛かった二体の水竜は、ハンナを奪い合うかの様に争い合っていた。
「ハンナ、よくやった。後は俺に任せろ」
ガンマは斧を握りしめ、『硬者』を発動して全身を鋼鉄の様に変化させた。
ガンマは争い合っている水竜達にゆっくりと歩み寄る。
二体の水竜は、互いの尾鰭をぶつけ合って押し合いをしていた。
そして、水竜達が互いの力の反発で後ろに怯んだその時、ガンマが走り出す。
「今だ!」
水竜達に向かって走るガンマは、右側にいる水竜の首目掛けて斧をぶん投げた。
ぶん投げられた斧は水竜の首に突き刺さり、水竜は悲鳴を上げる。
その間、ガンマは悲鳴を上げている水竜目掛けて飛び上がる。
「叩き斬る!」
ガンマは首に突き刺さっている斧を鋼鉄の様な拳で殴りつけた。
すると、斧はガンマの拳の衝撃に押されて水竜の首を切り落とした。
それを見たもう一体の水竜は、正気を取り戻したのか、空中にいるガンマに向かって咆哮の準備を始める。
それを見たガンマは、切り落とした水竜の首を足場にして咆哮を放とうとしている水竜の方へと飛んだ。
空中を飛んだガンマは、水竜の頭上で一回転して頭の後ろに着地した。
そして、左手を剣の様な形にして構える。
ガンマは一呼吸した後、水竜が咆哮を放つ寸前に体を後ろに捻りながら水竜の首を鋼鉄の手刀で切り落とした。
二体の水竜は頭を切り落とされて地面に倒れる。
数秒後。
「竜の鱗は流石に痛いですね」
『硬者』を解除し、少し青くなっている左手を優しく撫でながら、ガンマは水竜の体から飛び降りた。
「後はあの子達に託しましょう」
ハンナとガンマは、シュラン達が落ちてくるのを横目に、ミアとブラントの勇姿を見上げている。